拾六 決戦へ

「早く乗りな」

 真凛がまたがっているのはオートバイ。しかもホンダのCB400F、再販のものではない。

「かっこいいバイクですね」

「このアタシのコレクションの良さがわかるかい? アタシが見込んだだけの事はある」

「でも、この街でこのアナログのしかもガソリンのバイクは走っちゃいけないんじゃ」

「それは、まずはバイザーをつけてみな」

 手渡された俺のバイザーをつけてみた。すると、街中の膨大な情報が濁流のように一斉に流れ込んできて、音声・動画・テキストあらゆるものが目の前を埋め尽くした。

「うわっ!」

 思わずバイザーを外してしまった。なんだ?! 通常はAIが俺の必要な情報をフィルタリングして上手くまとめてわかるようになっているのに。こんなごちゃごちゃの情報を一気に流されたら…

「どうだい? 頭がパンクしそうになっただろう?」

 真凜の言葉に頷いた。真凜の説明によると、火の巫女が街中のネットワークをアビス粒子によってバラバラに置き換えてしまい、AIが情報の整理ができなくなって混乱状態にあるらしい。これにより景色はおろかネットワークの情報もサービスも全てまともに稼働できる状態ではないのだそうだ。

「これじゃ街の様子が大変だ、としかわからない」

「だろう? しかもアビス粒子による書き換えだけど、街全体を麻痺させるくらいのアビス粒子の置き換えなんて初めてさね。大体この街のセキュリティはそんなちゃちな造りはしてないんだけどね」

 確かにこの街のネットワークは全てAI『ラファエル』によって管理され、それをどうこうするのは簡単な事じゃないって聞いたことがあったけど。それを機能不全に追い込んだ力って…

「そんな力なんてあったの?」

「知らないよ。ただこの目の前で怒っている事実を考えたらそれしか答えが出なかった。よってこの街でネットに繋がる端末は全て使いものにならない、というか火の巫女の制御下にあると見ていい。だからこちらの端末からの情報は全て筒抜けだろうし、何が起きるか分かったもんじゃないってことさね」

「そんなことが…」

「てなわけさ。今、一番信用できるのがこういうアナログな機械ってわけさね。わかったかい?」

 バイクの件は分かった。

 だが、もうひとつの疑問が沸いた。真凜ってこのバイクを運転できるのだろうか?


「ぐぐぐっ!」

 今、真凛の運転によるバイクに乗ってる。あまり広くない通りの中を超スピードで…!

「しっかりつかまんなぁ! 振り落とされるよ!」

 ああ、分かってるさ! 狭い道をガンガン倒すし、ドリフトをしてるよね、これ。振り落とされたら火の巫女に受けたダメージどころじゃなくなってしまう! 必死で真凜に捕まっているが、よく見ると家々から人が結構出てきている。ネットワークが混乱をして中も外もおかしなことになっているので様子を見にきている人のようだ。そんな人がバイクの前に出てきてヒヤッとする。それをギリギリで躱わしているのは凄いけど後の俺はたまったものじゃない。

 そんなイカれた走りの中、真凛が

「いいか、よーく聞きな! 実は美咲である火の巫女の場所は掴んでいる! いまSERClの奴らが先行して戦ってる筈だよ」

 え? なんでこんなネットワークが使えない状況でそんなことが…?

「でもあいつはヴェールの装備も効かないし、どうやって戦うの…」

 話そうとしたら突然バイクが急停止した。

 真凛の向いた先にさらに巨大で濃い色のアビス領域が。中がどうなっているのかまったく見えない。大きさといい、濃度といいこんなもの見たことない。

 そして街の外と違って中心街は全く人気がない。起こっている事件に対し静かすぎて不気味だが、さっきあまり外に出ないように市の人たちが触れ回っていて、理由はともかく外に出ないでくれているようだ。でも家の窓から外を見ている人がちらほらいるので気にはなっているのだろう。

「さて、お前の持ち帰ったデータのおかげでAuV《アグメンテッド・ヴェール》プログラムをアップデートすることが出来た。電力消費や処理能力とかの問題はあるがこいつを使いな」

 真凛の手には前と変わらない形をしたバイザーがあった。付けてみたらいつもと同じように情報が整理されている。どう変わったのだろう?

「神無市のAIはまだ復旧に力を割いてて使えないが、SERClの『ヘカトンケイル』はこのプログラムのおかげで無事だった。SERCl内でのやりとりも使えるし、AuVも出力系統が前よりもパワーアップしているはずだよ」

 見た限りでは実感湧かないけどね。でもこの状態でネットとAuVが使えるだけでもありがたい。

「さあ、あのアビス領域の中心に火の巫女はいるよ。あいつをさっさと倒して美咲を取り戻しな。今なら間に合うはずさね」

「分かった。ありがとう、真凛さん」

 って、うん?

「ねえ、どうやって火の巫女から美咲を取り戻すの?」

「それを今から考えるんだよ、当たり前だろ?」

「えー⁉︎ 方法わかってないの?」

「分かるわけないじゃないか。初めてのことばっかりなんだよ? とはいえ何もわからないじゃあお前もやりようがないよね」

 うんうん頷く真凛に少しどころじゃない苛つきを覚えながら言葉を待つと、

「はっきりとは言えないが、『火の巫女』の力は美咲によるものだろう。だから美咲をあいつから引き剥がさないことには勝ち目がない。あとーーーー」

 俺は真凛から色々とアドバイスはもらった。一言で言えば、

「無理ゲーだね」

 でもそれしか活路がないのも分かった。それなら…スティックを握り締め、深呼吸をした。覚悟を決めるしかない。

「AuV起動」

 全身がヴェールで覆われていく。

 『バージョン2ベータ版起動開始。アンチアビス領域起動。ベータ版の為、個体識別コードは使用不可、アドミニストレーター権限でスーツ精製開始。バリュアブルPOS放出機能インストール、アンチペイン機能インストール、対ExEM用防護フィールド最大、フィジカルブースト機能インストール…但し今回は機能オフにします』様々な情報パラメータがバイザーに表示され、戦闘用のスーツに変わる。

 見た目は色以外変わっていないようだが…ベータ版だからか? しかし…

「外見に変更はないが、アップデートによって攻守の出力調整ができるようになってるよ。細かい追加機能説明はバイザーに表示されるから後は戦いながら覚えな」

 まじか、なかなか厳しいが目の前のアビス粒子を見たらのんびりチュートリアルしている場合じゃない。他にもアンチペインとかフィジカルブーストとか怪しげな機能も見えたが、とにかく進むしかない。ゆっくりと深呼吸をし、

「行きます」

 ゆっくりと、慎重に俺はアビス領域の中に入り込んだ。

 アビス領域内に入っていった剛を見送ると、

「さてと。あいつらばかり無茶をさせる訳にもいかないね。少しばかり手伝わないとねえ」

 独り言を言いながら真凛は剛の進んだ方向とは別の地点に移動しながら、

「このあたりだね」

 何か確信があるのか迷いのない足取りで真凛もアビス領域の中に入っていった。


 剛がアビス粒子に飛び込む数分前ーーー。

 濃いアビス粒子の最深部では翔夜も含めたSERClメンバー10[#「10」は縦中横]数人が先に対峙していた。

「やっと会えたな。ここで決着つけようや、『古代のおばさん』」

「我にも『火の巫女』という呼び名がある。せめて死ぬ前に覚えておくがよい」

 そう言って彼女はSERClのメンバーたちを一瞥すると、フッと馬鹿にしたような表情をした。どうやら彼女にとっては取るに足らない相手とされたようだ。

「ちっ、えらく舐められたもんや。こっちがやられる前提になっとるし。結構傷つくわ」

 翔夜はそのまま剣を手にゆっくりと間合いを詰めていこうとしたが、すぐに彼女のあの態度の理由を身を以て知ることとなった。

「これは…やばいな」

 間合いを詰めれば詰めるほど感じるプレッシャーがどんどん重くなってくる。あの言葉は虚栄でもなんでもなくあの巨大な力からくる絶対の自信やったんや。

『動ける奴らをとにかく集めただけじゃ到底歯がたたん。これじゃ一撃を与えるどころか被害だけ増えそうや』

 翔夜自身、確かに腕に覚えがある程度には強いと言う自信はあった。しかし、この火の巫女を前にそんな自信は吹き飛んでしまった。

『こいつはあかん。ワシでも油断すると一発でやられる』

 報告ではAuVすら破られる力、そしてSERClの諜報の手練れ2人もやられたその戦闘能力。AuVのアップデートで多少の強化はされても数が居ればなんとかなるレベルじゃない。

「よし! SERClメンバーに連絡! ここでは入ったばかりの新人は足手纏いや、後方に下がってやられないように回避! それ以外も実力に不安があれば戦闘に参加するな! 安全を最優先し、後方支援に回れ!」

 まずは被害を減らす努力をして、あとは…

「ワシに続くやつ、ここが正念場や。気合い入れろ!」

 言うと同時に翔夜はそのまま火の巫女に突っ込んでいく!

「おらあっ!」

 確実に本体をたと思った剣は空を切り、火の巫女はいつの間にか翔夜の背後に回っていた。

 ぞくっとした気配を感じて振り向くと、翔夜よりも小柄だったその姿が倍ちかい大きさに変わり強烈な威圧感を放血、翔夜は思わず後ろに飛んで彼女から距離を取った。火の巫女は足運びがわからないから動きが読めない。宙にでも浮いているのか?

「ものすごいプレッシャーやな」

 言った瞬間、正面から衝撃が飛んできてさらに後ろに吹き飛ばされる。かろうじてバランスを取って受けたものの、あまりの衝撃に何が起こったのかわからなかった。

「何だ?![#「?!」は縦中横]」

 よく見ると火の巫女の腰の帯が触手のように伸び、彼女の周りを守るようにうねうねと動いていた。あの帯が衝撃波の正体のようだ。

「厄介なもんぶら下げてるな」

「翔夜さん、俺たちも行きますよ! 全員であの帯をなんとかできれば!」

 他のメンバーが彼女の帯に向かって一気に詰め寄るが、帯は縦横無尽に動き回ってメンバーたちを牽制し簡単に攻撃をさせてくれない。だが、たかが1本の帯、物量で詰め寄ったおかげで一瞬だが帯の動きを他メンバーたちに向けることができた。

「いまや!」

 翔夜が隙間から火の巫女である本体に攻撃を仕掛けようとした瞬間、

 

 ドガガガッ!


 帯は力技ともいえる強引さで帯を翔夜そのものと、牽制していたメンバーもまとめて弾き、後ろで待機していたメンバーのところまで飛ばしてしまった。

「うわっ!」

 何人かはぶつかり合って地面を転がる。衝突を何とかかわせた者もいたが、帯の強力なパワーの攻撃を前に次の手を打ちようがなく、とどまらざるをえなかった。

「たった一瞬でこれかいな」

 翔夜は周りで散り散りになったメンバーを見渡しながら言った。

 ここまで強力な威力とはな。どんだけのアビス粒子の量やねん。アビス領域の濃さやその範囲で大体ExEMの強さは分かる。ただここまで濃くて広範囲なモノは当然経験がしたことがない事だった。体感してやっとこの場のSERClメンバーは理解したのだった。

『こいつはほんまにヤバい』

 でもSERClとしても引くわけにはいかない。平穏な街を取り戻すため、そして美咲ちゃんの日常を取り戻すため。みんなこの神無市や美咲ちゃんが好きなのだ。

 だからこいつを倒さなければならない。しかしーーー

「お前らは、迂闊に飛び込むな!」

 翔夜はメンバーの気持ちを分かっているが、闇雲に戦っても被害が増えるだけと即座に考えた。とにかく被害を最小限にするのを最優先やと。

 『しっかし、火の巫女本体に辿り着くどころやあらへん。無闇にメンバーを傷つけずにどうやって戦う?』

 だが翔夜の腹は決まっている。

「それでもここで止めんたるわ」

 考えなんて何もないが、翔夜は剣を構え直し一人突っ込む。そうなって火の巫女はやっと翔夜を認識した。

「その意気やよし。じゃがそれも無駄じゃ」

 彼女が初めて手を動かした。軽く振ったその手からとてつもない風が巻き起こり、その風圧だけで翔夜はただこらえるだけになり、その場から動けなくなった。耐える翔夜の横から流れるように帯が襲ってきた。

『やばい、かわせへん!』

 帯が翔夜に当たる瞬間、後ろから光の刃が飛んできて帯を二つに切り裂いた。


 現れたのは剛だった。

「ギリギリセーフみたいだね」

 剛はゆっくりと火の巫女と翔夜の間に入った。

「遅いわ」

「礼くらい言ってよ。これでも全身傷だらけで痛いんだけど」

「らしいな、よう動いとるな。ま、ここまで来たっちゅうことは、いけるんか?」

「うん、大丈夫だよ」

 実際、真凛の術なのか、さっきのアンチペインなのかあまり痛みは感じていない。二人は並んで剣を構える。

「あいつ、ホンマに洒落にならんわ。お前が来るまでに少しはダメージ与えたかったのに、近づくこともできんかったわ」

「翔夜たちがいてもそんな状態か。俺が増えたところでどうにかなる気がしないね」

「普通に考えたらそうやな」

「ハッキリ言うね」

「こんな状態で変な希望的な考え方はせん」

「それもそうだね」

 どう考えても勝ち目がない状況なのに、2人は呑気に笑いながら会話をしていた。側から見れば『とうとうおかしくなった』と思われるところだろう。

「とはいえ、少し無駄な力が抜けたわ。お前のおかげや、剛。ありがとな」

「どういたしまして」

「とは言ってもどうしたもんか」

「まだアレ試してないんでしょ?」

「ああ、アレな。ベータテストがこれやからな。実装って状況が状況とはいえ怖いやん」

 翔夜って適当なようで戦いに関しては慎重なんだよな。

「じゃあ、まずは俺がやってみるよ」

 剛はそのまま火の巫女に向かって歩を進める。

「おい! ちょっ!」

 翔夜が呼び止めようとする前に、火の巫女の帯がすぐに反応して襲ってくる。

「無理だよ」

 剣をふるうと帯はその剣を弾くことができずに切り裂かれていた。

 火の巫女は剛の剣に気づき、

「また浄化の光か。しかし前より光が強くなっておるの」

「そうさ。お前が封印されていた遺跡のおかげだよ」

「ふん、だからと言ってどうにかなるものか!」

 火の巫女は自らの手で剛に仕掛ける。

 ガキッと音がして剛の剣が彼女の手を受け止めた。

「何?![#「?!」は縦中横] 以前はこれを受け取ることもできずに吹き飛んだものを。なぜだ?」

 剛は剣で薙ぎ払い、腕を振り払った。

「ここまで出力を上げても腕を切るまでとはいかないか…」

 攻撃を弾いた剛の剣を彼女は見つめ、

「あの封印から何を得たかは知らんが忌々しい。まだ我に仇なすのか!」

「あのね、忌々しいとかどうでもいいから。俺はお前から美咲を返してもらわなければならない。だから…」

「ここでお前を倒したるわ」

 俺の後ろから翔夜が飛び出して横殴りに剣を振る。

「ぬうう!」

 俺ばかり見ていた火の巫女は突然の不意打ちにかわそうとするが避けきれず左手を盾にして剣を受けた。

「時間稼ぎご苦労」

「どーも」

 翔夜の剣は腕の真ん中、骨くらいまで切り割いていた。

「お前もさっきとは動きが違う。何をした?」

 初めて火の巫女は動揺を見せた。

「奥の手や」

 翔夜はニヤリと笑う。

「でも、これ出力に対して稼働時間が短すぎない?」

「こら、ここで言うことちゃうやろ」

 一旦、2人は彼女と距離を取る。

「これじゃ超短期決戦挑むしかないんだもん」

 翔夜は息を整えながら、

「せやな。でもさっきより希望は見えてきたで」

「まあね」

「よっしゃ、このまま火の巫女を倒して美咲を助けるで」

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