拾五 後悔と決意

「ううっ」

 剛は痛みで目が覚めた。ゆっくりと周りを見回す。どうやら病院の病室といったところか。窓から外を見てみると真っ暗だ。こんな夜にどうしてこんなところに居るんだっけ?

「あ」

 全てを思い出した!

「美咲を取り返さないと!」

 急ごうと、ガバッと起き上がろうとすると全身に激痛が走り、蹲ってしまった。

 目だけ動かして見ると身体中のあちこちに包帯が巻かれている。そうだ、あの巫女に散々吹っ飛ばされたんだった。

 地面を転げまくったせいでところどころが痛くてたまらない。AuVを使っていても物理的な衝撃はどうにもならなかったし、しかもそのAuVすらも突き破ってダメージを受けたので、そのままやられたところも怪我をしていた。傷もそこかしこにあって包帯からは血もまだ滲んでいた。それでも…

『美咲を、取り戻さないと』

 何とか身体を動かして起き上がり、激痛に苛まれながらも身体を引きずって病室を出る。

 そこは何度も足を運んだ見慣れた廊下。早乙女病院だった。

 廊下の壁に持たれながら少しずつ移動する。

 ナースステーションには誰もいない。待合室の時計はすでに深夜を過ぎていた。

 こんな時間に人の気配すら感じないので何かおかしいとは思ったが、俺にはチャンスだった。

 とにかく病院を出て探さなければ…痛みをこらえちょっとずつ前に進む。

「うあっ!」

 激痛に堪え兼ね地面に倒れてしまった。見ると手足からさらに血が滲み始めている。思ったより怪我がひどい。

 だが痛みよりも段々とやられた事に腹が立ってくる。どうやったらあの巫女に勝って美咲を取り戻せる? あの速さ、力、さらにAuVスーツを破壊する攻撃、まさに化け物だった。

 痛みの中、絶望的な相手に対してどう戦うかを考えつつ必死に起き上がろうとすると、ヒョイっと左右から腕を持ち上げられ肩を担がれる。

 左右を見ると狐のお面をした男女が俺の肩を支えてくれている。

 深夜にこんな被り物を見せられ、ぞくっと背筋が寒くなった。

「だ、誰ですか?」

「古くからの真凛さまと付き合いのあるものです」

 なるほど、だからそんなお面なんだ、などとそんな事で納得出来る訳がない。

 無理矢理2人を振り解き、壁を背にして対峙する。

「本当に何者ですか? いや、何の目的でここに?」

 狐面の2人は、顔を見合わしてため息を着いてお面を外す。

 一人はとても見覚えのある、いつもお世話になっている女性。

「優璃さん!? あともう1人は…」

 少し歳をとっているが、全身から生気がみなぎった精悍な顔つきの男性だった。

「はじめまして。ただ、すまないね。私は隠密ゆえ名のることができない」

 男は頭を下げる。

「ごめんね。騙すとか秘密にとか他意はないんだけど」

「私たちはSERClの諜報部隊として活動しているんだよ。だから誰にも知られては行けなくてね」

 じゃあ優璃さんみたいなオペレーターは目立つのでは?と思っていたら

「あれも諜報活動の一つ。色々と情報を集めやすいから」

 優璃さんになんか騙されていたような感じがしてモヤモヤが残る。

「ホントにごめんね。これも任務なの」

 ここで詮索しても意味はないみたいだ。

「とりあえずお二人のことはわかりました。それでどうして姿を晒してまでここにいるんですか?」

 少し落ち着いたら痛みが戻ってきてそのまま蹲る。

「目的は蒼炎くんの無茶をしないか見張っていたの。安静にしててくれたら良かったんですけど、やっぱり動いちゃったよねー」

「そんな、俺だけのために諜報部隊なんてのが動くの?」

 荒い呼吸をしながら聞いた。たかが俺のために2人も割くのはおかしい気がした。

「蒼炎くんなら起きたら無茶しても来ようとするだろうって真凛さんがね。だから手の空いている私たちが来たの」

「ははっ、当たってる。真凛さんには叶わないですね」

 力なく笑った。

「案の定でしたね。無茶をしますね」

「本当だよ、その身体じゃロクに動けないはずだろうに」

「でもあの巫女を倒して美咲を…」

「君の『火の巫女』に対する想いはともかくとして、自分の身体の状態が想像より酷いということを理解してないようだね。全身打撲でところどころは裂傷で傷だらけ。腕の骨にはヒビまではいっている。本当なら動くのも相当大変なはずだし、絶対安静ってやつなのだが」

「このまま行っても何も出来ないどころか悪化したら廃人になる可能性だってーーー」

「うん、やっぱりかなり酷い状態ですよね。すっげー痛いですし、苦しいですよ」

「それを分かっているんだったら…」

「それでもこのままここに居るわけにはいかないんです!! 折角外に出られた美咲がこのままあの女にいいようにされるのを黙っているなんて出来ない!」

 そんな俺を優璃さんはずっと不思議な顔で見ている。カッとなって言ってしまったものの、落ち着いてきてこの人たちに当たるのは違うと感じてしまい、

「すみません、声を荒げてしまって」

「やっぱり蒼炎くん、入った時に比べて変わったよね」

「え、どういうーーー」

「蒼炎くんてさ、結構ドライというかこういう事に首を突っ込むのを面倒くさがるタイプだと思ってた。今までの蒼炎くんなら美咲ちゃんにそこまで熱くはならなかったと思うの」

 確かにそうだ、俺は面倒ごとや厄介ごとは嫌いだし、そこらへんで人が苦しんでいても可哀想とか大変そうと思っても行動に移すような事はしなかった。他人にハッキリと言われるとやっぱり変だなと自分でも思う。だけどーーー

「そうですよね、そうなんだけど。美咲ってさ、あの症状がでてからずっと病院の中でいっぱい遊びたい時に過ごすことになって、やっと外の世界に出れるようになったんだ。美咲が芯の強いというか簡単にこころが折れる子じゃないのは分かっています。でも辛くなかったってことはないと思うんです。だから外出できるということは相当嬉しかったと思うんです」

 2人は黙って剛の語る想いを聞いている。

「ほんの少しの間だったけど、街をぶらついただけの事だけど、すごい楽しそうに喜んでたんだ。そんな女の子の笑顔見ちゃったら俺でもなんとかしたい、なんとかしてあげたいって思えたんだ。もっとあの笑顔が見たいって…!」

 2人はそのまま聞いていてくれた。そしてーーー

「そこまで熱く語られちゃうと止めづらいわね」

「そうだな、これは困った」

 そう言うと2人は黙って俺の肩を担ぎ出す。

「ま、待って…」

 二人は俺を病室ではなく病院の出入り口に向かって進み出す。

「そこまで言われてしまうと止めても無駄だろう。それなら一緒について行って守ってやる方がいいだろう」

「連れて行ってあげるけど無茶は駄目ですからね」

 俺の気持ちをわかってもらえたのが嬉しくて目に涙が溢れてきた。

「ありがとうございます」


 俺の無理を通させてくれる事に嬉しく思いながらふと、2人をよく見ると手とか首とか見えるところに包帯とかが巻いてあってそこから血が滲んでいる!

「これどうしたんですか! 2人とも俺みたいに怪我してるじゃないですか! 何があったんですか?![#「?!」は縦中横]」

 暗がりで気づかなかったが2人も俺と同じように怪我をしていた。

「君が倒れた後、あの『火の巫女』と名乗り出したあいつとやり合ったんだよ」

「あの女王と⁉︎」

「結果はご覧通りだ」

「だからね、美咲ちゃんをあの場で止めることができなかった責任は私たちにもあるし、正直、悔しい。蒼炎くん1人に行かせるわけにはいかないの」

 俺が倒れた後にそんな事があったなんて。

 だからこの2人はそれぞれの責任を感じていたんだ。

「今回のこと、私たちにもそれぞれに守り、闘う理由があるの。私たちはね、美咲ちゃんを小さい頃から見守っていたの。いつも辛そうで寂しそうな顔をしていた」

「私たちはそんなあの子を見ていても任務上、その前に姿を出すこともできなかった。見守るだけ。それだけにあの顔を見ているのは辛かったんだ。だが蒼炎くん、君に会ってから表情が少しずつ明るくなって行くのが俺たちには嬉しかった」

「美咲ちゃんは蒼炎くんが来るのをいつも楽しみしていたわ。私たちはそれだけで気持ちが楽になったもの。そして君との外出許可がもらえた時のあの笑顔を見て本当に…」

「お前たち、こんなところで何を熱く語ってるんだい?」

 自動ドアが開いて入ってきたのは全身レザーのコスチュームの真凛だった。

「切羽詰まった状況だというのに余裕があるねえ。すぐにでも戦えそうだねえ?」

 3人共、真凛の登場にあっけにとられ、段々と冷静になり恥ずかしくなり始めた。

「いや、真凛さま、これは…」

「隠密のお前にしては珍しいね。若さに当てられたかい? まあいい、アタシはいつ出てくるかか待ってたんだがね」

 真凛までここに張ってたのか。

 病室に逆戻りだろうか、と思っていたが

「剛ついてきな。一気に火の巫女まで連れていってやるよ」

「は、はい!ってえ?」

 逆の答えが出てきて驚いた。

「そこの二人じゃないが、お前にじっとしていろと言っても無駄のようだからね。それなら命かけて火の巫女と喧嘩しな!」

 真凜さんまで。嬉しい。

「本当に人使いが荒いですね。そんなにSERClは人手不足なんですか?」

「そんな冗談が言えるなら上等だ」

「ははは…いててて」

「痛くて仕方がないだろうに。しょうのないやつだよ」

 真凛は俺の顔を覗き込んできた。

 よく見ると真凜の両眼が怪しく輝いて、見つめられていると俺の頭の中がボーっとしてきた。

「そんな痛みなんかでガタガタするんじゃないよ」

 そういうと真凜は俺の背中をバチン!と思い切り叩いた。

「いった!」

 何をするんだといった顔で真凜を睨むと

「どうだい?」

「どうだいって、何が!ってあれ?」

 痛みがかなり和らいでいた。

「流石にその痛そうな状態じゃね。気休めだが楽になったろう。それじゃいくよ」

 何が何だかわからなかったが痛みが和らいだことで身体も動かしやすくなった。

「はい!」

 俺は真凛の後をついて出て行った。


「真凛さまの術を見なくなって久しいが、いつ見てもすごいものだな」

「私は初めて見ました。あんなに効果が出るものなんですね」

 真凜が使ったのはいわゆる強力な催眠術、プラセボ効果とか思い込みを使った術だ。タネがわかってしまえば簡単に見えるし、怪しげにも見えるだろう。しかし怪我した者の痛みを取るなんてどう考えても効きすぎであり得ない事を真凛は剛に対して行なっていた。

「今の蒼炎くんには効果のある方法だろうね」

「さて、我々も蒼炎くんたちを追わねばな」

「ええ、行き先は判ってますので」

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