拾四 決戦前夜の出来事
「お待ちしておりました、『火の巫女』様」
街に向かおうとする巫女の前に恭しく礼をする男が。
「先ほどからずっとみておったの。今ごろ出てきて何のようじゃ? 我が『火の巫女』であると知っておったようじゃの?」
「はい。ずっと昔から代々貴方様のことを伝えられ、いつかこのように封印が解けるのを待っておりました」
火の巫女と呼ばれた巫女はその男を測るような目でじっと見つめ、
「昔から我の復活を願うもの、のう。しかも『裏側』の『我』を知り復活を待つ、そうまで願い続け我に何を望む?」
「特に何も」
「ほう、ではなぜ願った?」
「先代までは貴方様の『表側』の封印を解いて、その力を一族の繁栄に利用しようとしていたようですが。私は違うのですよ。私は『裏側』のあなたの存在に気づき、どうしてもお会いしたかった。そして貴方様がこの世界をどうするのかそばで見ていたいだけでございます」
「ただ見たい、か。我は一族に繁栄をもたらすどころか破壊をもたらす者ぞ。それを見たいだけとはなかなかイカれておるの、お主」
火の巫女の声は楽しそうだ。
「良かろう。我についてくるがいい。我のそばでその一部始終を見届ければ良かろう」
「ありがとうございます」
火の巫女は男を連れて暗闇に消えて行った。
ちょうど剛たちが火の巫女に遭遇する少し前日、とあるマンションの廊下を一人の10[#「10」は縦中横]代っぽい少女が歩いていた。黒髪で肩までのボブにセーラー服。
校則通りの制服の着こなしが今風の女子高生っぽくなくて逆に浮いて見える。
その少女はエレベーターから4つ目の扉を見つけるとベルを鳴らした。
「どなた?」
中から迷惑そうに女性の声が応対する。
何かの勧誘セールスと思っているのだろう。
「アタシだよ」
その姿に似つかわしくないしゃがれた声、真凛だった。
「…」
少しの沈黙のあと、扉が開いた。
「久しぶりね。そろそろ来るんじゃないかと思っていました」
「何年ぶりかの」
「ここではなんですからどうぞ」
セーラー服の女、真凛はリビングに案内にされた。
真凛は入るなり仏壇を見つけ、
「手を合わせて良いか?」
家の主人である女性は頷き、真凛はその前に座り長い間、手を合わせた。
その後、しばらく仏壇の写真を眺めていたが、女性の座るテーブルの前に座った。
「急に来て悪かったね」
「ええ、本当に。準備も何もあったもんじゃありませんよ。とはいえ、いつ来るのかと待っていましたよ」
「もっと早く来るつもりだったんだけどねえ」
「そう? 随分と楽しんでいらしたようですけど?」
「そ、そんなことはないよ。これでなかなか忙しかったんじゃよ」
女性は物腰ことを穏やかだが、容赦のない言葉を真凛に浴びせてくる。
「ふーん、私に会う余裕もないほど、ねえ」
「いや、取ろうと思えば取れた、かもしれんな」
真凛はだんだんバツの悪そうな顔になっていく。そしてーーー
「すまなかったー!!」
やっと出たのがこの一言だった。
「何に対して謝ってらっしゃるんですか?」
真凛を相手にここまでの迫力で接することができる人間はそういないだろう。この女性はそれくらいの下手な事を言わせない迫力で接している。
「相談もなく剛をSERClに巻き込んでしまったことにじゃよ…」
「全く、一言相談があってしかるべきです。それさえあれば良かったことですのに」
女性はかなり怒っているようだ。
「重ね重ねすまん、沙耶香。母であるお前に連絡も入れずに動いたのはまずいのは分かっておったのじゃが、こちらも色々あってだな…」
この真凛をも圧倒する迫力をもつ女性こそ剛の母『沙耶香』だった。
今も穏やかな笑顔のままで真凛を見つめ続けてはいるものの空気は凍ったままだ。
「まあ、何か事情もなしにこんな行動までする人ではないのは分かっているつもりです、が! ちょっと酷すぎではありませんか?」
真凛のただでさえ小さな身体がさらに小さく見えてくる。
「まあ、次は無しにしてくださいね」
やっと真凛は解放され、ほっとした顔をした。
「ところで、いつからアタシだと気づいた?」
「最初から。あんな特殊なバイザー急に持ち出したり怪しいでしょ? あれ特注品でしょ? 普通は持てないわよ、あれ」
真凛は『ああ、そこから…』とため息をついた。
「しかも夜にバイトだってウロウロし始めたりするし、挙句に腕に包帯巻いて帰ってきたら確信したわ」
「怪我の件はすまなかった。アタシのミスだよ」
「本当にあれはビックリしたわ。この世界に入ってしまった以上、怪我は避けられないのは分かり切ったこととはいえ、全く連絡なしじゃ腹も立つというもの。でも怪我のことであなたを責める気はありませんよ。むしろあの子が未熟なのだから」
セーラー服のティーンネイジャーの姿でしゃがれた声、こんなふざけたなりの真凛と日常会話のように話をしているだけでもすごいのだが、真凛が翔夜や剛たちと話す時と違ってここまで対等の相手として話しているのを他のSERClメンバーが見たら驚くだろう。
「相変わらず仕事には厳しいのお」
「でないと前のように怪我をしちゃう訳だし。あの時はちょっとの怪我で済んだけど、取り返しのつかないことだってある…」
「
「ええ」
真凛は仏壇を目を向けた。
「もう15[#「15」は縦中横]年になるか、亡くなってから。早いものじゃ」
「彼方さんがなくなったのはあの子が3歳の時だったから。あれからずっと剛のことに必死であっという間だったわ。最近やっと思い出すようになったの、亡くなったんだって」
仏壇には剛の父であり、沙耶香の夫、『彼方』の写真があった。
「そうか、お前に嫌な事を思い出させるような真似をしてしまったね」
「あなたもでしょう? 真凛」
真凜は考え込むような表情で
「アタシは、あれからずっと時が止まったまんまのような気がしてるよ。ずっと引っかかっているのさ。悔いても悔いても何も変わらないのにねえ」
「あれはあなたのせいではないでしょう。彼方さんは為すべきことをやろうとしただけ」
「だが彼方を行かせたのはアタシだよ」
二人の間に沈黙が流れた。彼方の事は二人にとって忘れられぬ思いがあるようだ。
「で? 今日きたのはただ謝りに来て昔話をしにきた訳じゃないでしょ?」
「ああ、そうだね」
「剛のもう一つの事でしょ?」
真凛は真顔に戻り、
「あのアビス粒子、瘴気が見える力の事じゃ。お前は知っていたのかい?」
沙耶香はやっぱりその話かといった表情で
「何となく予感はあったけど、気づいたのは最近よ」
「そうかい」
「あの怪我の後、剛に何があったのかバイザーをハッキングして調べた時に初めて知ったの」
「あのバイザーをのぞいたのかい?! 相変わらずいい腕をしているね」
「セキュリティが甘いのよ」
「お前に言われちゃうちのメンバーもかたなしだね。で、話を戻すよ。単刀直入に聞くがあの力は…」
「私の力に似ているけど根本的に違う、と思う」
「やはりそうなのかい。もしやと思ったんだけどね」
「あの力は『彼方』さんから継いだものでしょう」
「それじゃあ、あの力の謎は解けないままか」
真凛は少しがっかりした様子だった。
「それもあって剛をSERClに入れたのね?」
「ああ。蒼炎の名前を聞いて悪いとは思ったが好奇心に勝てなかったよ」
「でもその調子だと何も分かってなさそうね」
沙耶香は真凛に毒付くように言ったが、気を取り直して、
「それで、剛はどうなの? お役に立ててるのかしら?」
「今はまだまだというところかね。よく頑張ってはいるんだがね、あの子は」
「そう。本当は剛には普通の生活をして欲しかったのだけど、本人の意志でやっていると言うのならやめなさいとも言えないわね」
「そう言ってもらえると有難い」
「実際、『見えてしまう』力が出てしまった以上、いずれは巻き込まれる事になっていたでしょうし、それなら無防備な状態よりあなたの下にいた方が安全と思っているわ」
「アタシの力を使ってでも安全は保証しよう」
「すでに危ない事になってしまってますが?」
「それは、本当にすまなかった…」
ふふっ。沙耶香は笑った。
「まだまだとは言ったものの、色々と大変な思いをしながら着実に身を守る程度にはつけている。沙耶香は母親として心配かもしれんが、しっかりこちらで面倒を見るゆえ見守ってくれんか」
「元よりそのつもりですよ」
「しかし、久しぶりに会うたが腕は衰えておらんのお…」
「そうですか? すでに全盛期の力なんてありません。もう以前のようなことはできないですよ」
沙耶香の変わらぬ姿と立ち振る舞いに真凛は怪訝な顔をしたものの
「これ以上言うても仕方がないか…」
消え入りそうな声でぼそっと言った。
「それほどまで人手が足りないのですか?」
「いや、そうでもないのじゃが…惜しいと思ったのさ、お前のことが。その力があれば剛のことにしても…」
「SERClがらみであの子に関わる気はありません。あの子も知らないことですし、知らなくていいことです」
「そうか…」
「でも、あの子が自ら知りたいとなればあなたからでも教えてあげてください」
「沙耶香の口から言うつもりは…」
「ありません」
「分かった。そのようにしよう」
沙耶香の強い意志のこもった言葉に真凛は頷くしか無かった。
「さて、やっと許してもらったしアタシはそろそろ帰るとするかね」
真凜はすっくと立ち上がり扉に向かおうとした。
「あ、一つだけ忘れていたわ」
沙耶香は明るい声で真凜の背中に話しかける。
「あのExEM、と言われるものがらみで大変なことが起こるかもよ。だから早く開発中のものを完成させた方がいいわ。そうね、多少のバグがあっても使えさえすれば大丈夫でしょう」
「元『巫女』の力か? 何が見えたか知らぬが…分かった、急がせよう」
真凜はそのまま部屋を後にして出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます