弍拾 エピローグ
「外が気持ちいいですねー」
俺を乗せた車椅子を押しながら美咲が話しかけた。
「そうだね」
俺はうなづいた。久しぶりに外に出たせいか日差しが少し眩しく感じるし、まだ春には少し早い時期のせいかまだ肌寒い。でも車椅子とはいえ外に出られたのは少し嬉しい。
美咲はこの外にもなかなか出られない日々をずっと過ごしていたんだもんな。
改めて彼女が今、外に出られて良かったと本当に思う。
市役所で俺は藤本を『浄化の剣』でアビス粒子を取り払ってやったあと、そのままバタンと倒れたらしい。普通に立っていたのがそのまま真横に倒れていったので真凛も相当焦ったようだ。急ぎ早乙女病院に搬送され気がついた時にはベッドから指一本動かせない状態になっていた。全身怪我だらけだったのを真凜に無理を言って限界を超えて動いた結果、全身怪我と筋肉痛とで痛いし動けないしで2日ばかり悶絶していた。
その間に副市長の藤本は市長室で1人倒れているのを朝方に発見され、他の病院に搬送された。その間に藤本を調べた結果、市長室には無断で入り込んでいたようで、何かを盗ろうとしたのではないか?と疑いがかかった。
その後に警察が事情聴取に動いたのだが、藤本は意識が戻ると半ば気が触れたようになって、ずっと怯えてブツブツと壁に話しかけているらしい。途中、急に正気に戻って今回の騒動についても洗いざらい喋った様だが、ExEMがらみであることと精神的におかしくなってしまった彼の言葉にどこまで証拠能力があるのか?ということになり、生涯檻の中で暮らす方向とのこと。真凛曰く『良い人材だったのにねー』とのこと。棒読みだったが…
そして、その部屋へ侵入された当の市長はと言うと、SERClがそこかしこから探し出した証拠を少しばかり脚色し、ネットワーク混乱の原因は副市長の『うっかりミス』とし、それに責任を感じて体調を崩してしまったと。この件で責任をとるという意味でも副市長を辞任しましたという発表をしていた。
色々申し訳ないとか言いながら、要約すると『僕ちゃん悪くないから』ということを言っていた。実際、副市長は反市長派だったようで、SERClにもスパイとして潜り込んでいたのが調べて発覚したのだ。
そういった事を材料に半市長派の市会議員連中にに突きつけ、市長の都合の良い様にしてしまい『これで次の市長選は安泰だ』とかなりほくほくしていたと真凛が話していたらしい。「あいつは本当に抜け目ないやつだ」と真凛は気に入らない様子だったようだが。
これも昨日くらいからやっと動けるようになったから聞けたことで、それまでずっとベッドで唸っていた。ちなみに、これらの情報は見舞いに来てくれた優璃さんから聞いたのだが、どう考えてもこの人自身がその情報操作に関わっているのでは?という気がしてならない。
そんな優璃さんも数日は入院していた。結構大怪我だったように思うが、俺より早く回復したようで、先に退院していた。
ちなみに翔夜は大した怪我もなかったらしい。だが俺のところに見舞いに来ることはなかった。薄情なやつだなと思ったが、俺には会いたかったようだが、常にそばにいた美咲を恐れて会いに来ることが出来なかったらしい。他のメンバーのところには顔を出していたようだ。美咲が怖いって何を怒らせるようなことをしたのやら…優璃さんは何か知っているようだがそれ以上は語らなかった。
最後にアッシュが市役所でやった事については真凜は何も話さなかったようで、俺から優璃さんに話をした。
「私が任務で留守にしている間に仇を討ちに行ってたなんて。すごい子よね」
「アッシュは帰ってきたの?」
「ううん。あれ以降戻ってきていないの。どこか旅にでも出たのかな?」
気にしていないフリをしているが少し寂しげなのが俺でもわかる。が、それを振り切るように
「蒼炎くんも元気になったらまた任務に復帰してよね」
そう言って帰っていった。
そして、後ろで車椅子を押してくれている美咲についてだが、今までアビス粒子に苦しめられていたのが嘘のように元気だ。病院に搬送されてから1日くらい眠ったままだったけど、急にガバッと起きてそのままずっとハイテンションが続いているとのこと。
今まで体内にあった全てのアビス粒子を『火の巫女』に渡したことで体内のPOS《魂の力》が正常になり本人曰く『絶好調なの!』出そうだ。また、その火の巫女が残した大量のアビス粒子についてはSERClメンバーが「余裕』で全て討伐した。その割に病室にあの時のメンバーが多くいたのだが…何が余裕だったのかな?
美咲はその後もネックレスを着用することで新たなアビス粒子の流入も防げているようで、1週間くらいたっただけで身体が急激に成長している。今は成長痛で踵が痛いとか言っているがとても良い感じだ。
「剛さん、改めて色々ありがとう。今こうしていられるのも剛さんのおかげだね」
「俺の力だけじゃないよ。SERClのみんなの力が、美咲ちゃん自身の強い気持ちがあったからだと思う」
「私に強い気持ちがあったのかは自覚ないけど、本当にみんなに助けてもらっちゃったから…」
その表情はとても穏やかな顔をしている。こんな日が来るとは彼女自身願いながら来るとは思っていなかったのだろう。
「今だから言うけど、俺、実は結構やらかしてたってみんなに言われてたんだよね。だから美咲にだいぶ迷惑をかけていたんだよ」
「え?そうなの?」
「そうなんだよ。俺はお礼を言われるどころか、逆に謝らなきゃいけないっていう…」
「何それ⁉︎ そんなに何かしたの?」
「ま、まあね。これ以上は恥ずかしくて言えない…」
美咲は俺の顔を覗き込んだきたが、困っている俺を見て吹き出して笑う。俺もつられて笑ってしまった。本当に平和で穏やかな日々がきたんだと実感した。
「お楽しみのところ悪いんだけどーーー」
後ろに早乙女院長と真凜が立っていた。
「どうしたんですか? 見舞い、なんてことはないでしょ?」
「お前はアタシを鬼畜生のように思ってないかい? まあ、実際見舞いに来た訳じゃないしね」
「少し蒼炎くんと話がしたいんだけど、いい?」
美咲は何か聞きたそうだがそれを言わずに、
「その辺をぶらぶらしてるわ」
とそのまま離れていった。
「それで話って?」
「まあ、とりあえず無事なようで良かったよ」
「ありがとう。でも身体はこんな感じだけどね」
「早乙女が診てりゃすぐに回復するよ。で、話ってのはどうしても謝っておかなきゃいけないことがあってね」
「何を?」
「実は、前からお前の母親とは知り合いでね、母親からお前のことを頼まれていたんだよ」
「あー、やっぱり母さんと知り合いだったんだ」
「気づいていたかい?」
「そりゃ病院でのやりとりを聞けばね」
俺が病院で寝ている時に母さんが知らないはずのSERClの本部に乗り込んで真凜に凄まじい剣幕で延々説教をした、と聞いたからだ。情報元は優璃さん。タジタジで黙ってしょげてる真凜を見たのは初めてらしくとても楽しそうに身振り手振りで話してくれていた。
「あの騒動を聞いてるのかい。ったく誰が喋ったのやら…まあいい、アタシはお前のことを頼まれていたにもかかわらずお前に無茶をさせた挙句そんな長いこと入院させることになっちまった」
「それは俺が望んだことでもあったんだし」
「それでも、だよ。お前の母親にはとにかく謝り倒したけど、剛にもちゃんと謝ろうと思ってね。ここまで無茶をさせたこと、すまなかった」
真凜がすっと頭を下げた。あの真凜が素直に謝ったのに驚いてしまった。
「いやいや、いいですよ。まあ、大変な目に会ったのは確かですけど。俺、これでも真凜さんには感謝してるんです」
「何をさね?」
「真凜さんにSERClに入れてもらったおかげで翔夜や優璃さんをはじめメンバーと仲良くなれた。結構最初は楽しかったんですよ」
「最初はかい?」
「今はこんな状態ですから。あ、皮肉を言ってるんじゃないですよ! みんなで必死になって火の巫女を倒したりってとても達成感があったんですよね。何かをできたって事が俺は本当に嬉しかったんですよ。それに…」
「美咲のこと、かい?」
「え? ええ、そうですね。美咲ちゃんと会えて、今、元気な姿を見れたのは俺には何よりも嬉しいです。これは真凜さんに会わなかったら体験できなかったことですから」
「そこまで言われると照れるねえ」
真凜が少し調子に乗りそうになったが、
「真凜ーーー」
早乙女の言葉ですぐに元に戻った。俺の母さん以外に真凜が叶わない人がここにもーーー
「おほん。あのね、アタシからもう一つ言いたいことがあったのさ」
「今度は何?」
「感謝だよ。お前はアタシのおかげかのように言ってくれたが、それはアタシにとってもなのさ。お前に会ったことで今までの騒動が解決できたと思ってる。美咲のことはお前が居なかったらどうにもならなかっただろう」
俺は真凜の顔をじっと見つめた。
「美咲の笑顔を取り戻したのはお前だよ、剛。SERClの代表として、アタシ個人として礼を言う。ありがとう」
最後の一言を聞いた時、俺の目から止めどなく涙があふれだし止まらなくなった。誰かのためにやったことだとは思っていなかったけど、『ありがとう』の一言で全てが報われた気がした。
俺は涙をふきながら
「もうすぐ退院してみせますからその時はまたお願いします」
「ああ。また占いの館にきな。いくらでもこき使ってやるよ」
「ははは」
「お前の母親には内緒でな。あれだけは叶わん」
「無理だと思いますよ。すごく感が鋭いですから、母さんは」
今度こそみんなで大声で笑ってしまった。笑い終わると「美咲をこれ以上待たせちゃ悪いね」と言って剛の元を去ろうとした時が不意に
「剛、今の美咲からアビス粒子は見えるかい?」
「え?」
「どうなんだい?」
真凜の真剣な表情に俺は美咲をじっと見つめてみる。だがーーー
「アビス粒子のカケラも見えないよ」
「そうかい、良かったよ。ありがとう」
どういう理由で聞いたのかさっぱりだったが、その声に満足したのか早乙女と真凜は院内に戻っていった。
二人は歩きながら、
「初めて見たが、あれが『例の眼』なんだね」
「ああ」
「私たちでも見ることが難しいアビス粒子を見ることができる目、不思議な力だね」
「あれがあの子にとって良いことか悪いことかはアタシにはわからない。でも美咲にとっては大きな助けになったと思っているよ」
「そうだね、同感だ」
「そして神無市か…」
「急にどうしたの。なぜその名前を?」
真凜の独り言に早乙女院長が応える。
「いや、ここは昔に火の巫女が封印されて神様のいない土地と言われて『神無し』と呼ばれるようになったと言われてるだろう?」
「そうだったわね」
「今回、その神様を浄化して本当の意味で『神無し』の土地にしちまったねえと思ってね」
「それと蒼炎くんの目とどんな関係が…」
「ない。が、どうにも無関係とは思えなくてね」
「勘、ですか?」
「そんないいものじゃない。願望に近いのかもね」
「あら、あなたが願望を口にするなんて珍しい」
「ヤキが回ったかね」
「良いんじゃないですか? そんなに彼に何かを感じているんですね」
「どうだかね。でもあの子の眼から『何か』が始まったんじゃないかと思うんだよ」
真凜は懐かしむような目で空を見上げている。
「私にはまだ分からないけど、何かが変わりつつあるのは確かね。でも、この街が神様のいない土地になった事は悪いこととは思っていないわ」
「ほう」
「だって、おかげで一人の変えられない運命だった女の子が助かったじゃない。一人の医師としてずっとあの子を見てきた者としては私にはそれ以上に良い事はないと思っているわ」
「なるほど、確かに」
2人は歩きながら
「これからもExEMは出るだろうし、2人にとって大変な事が起こることもあるだろうさ。しかしあいつらなら何とかしてしまうんじゃないかという期待をしてしまうのさ。その為にさ、アタシは出来る限りの力を貸してやるつもりだよ」
「私もだよ」
真凜は空を見上げてニヤリと笑う。
『あいつらならこの世界でとんでもないことをやらかしてくれそうだーーー』
拡張されし現実世界の退魔師たち〜金色の瞳の青年と光陰の巫女 その日常〜 @KumaandTora
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