拾九 怒り
「うわああああ！」
俺は脳に直接流れ混んでくるような情報の渦に気が狂いそうになっていた。
「はははは！ すごいだろう？ それぐらいならアイツじゃなくても出来るんだよ」
「く、ぐあああ…」
「あとはそのまま廃人になったところを私が精神操作をすれば意のままに動く操り人形の完成さ」
藤本は言いながら動かず黙っている真凜の様子に気がついた。
「真凜、あなたはなぜ何もしないのですか？」
「ん⁉︎ そりゃ剛がこんな程度でやられるようなタマじゃないからさね」
あくびをしながら退屈そうに真凜は答えた。
「は？ 今のこれを見てよくそんなことを言える！ もうすぐ我が力の前に落ちると言うのに！」
真凜は心底くだらないといった表情で藤本を一瞥してから俺に向かって
「剛！ お前の力ってのは『浄化』のことじゃない。その『心のありよう』なんだよ。お前、このままでいいのかい？ 美咲はあの男のせいであんな目にあい、お前もそのザマだ。ちったぁやり返しな！」
そうだ。あんな意味のわからなくてくだらない計画のせいで美咲が…みんなが！ このまま何もせずに終わるなんて…
「出来るかーーーー！」
俺はそのまま藤本に突進し思いっきりその顔面をぶん殴った。藤本は壁に吹っ飛んで激突した。そしてふと『あ、そうか』と気づきバイザーを外して壁に投げつけた。
「はあっ、はあ。バイザー外せば情報の渦も入ってこないよね」
藤本は普通に戻った俺を見て唖然とした表情をしているが、普通に気づくだろ？
「藤本はね、賢いし器用なやつなんだけど、こういう肝心なところで抜けたところがあるんだよ…」
本当にうんざりしたような顔で藤本を見ながら真凛はつぶやいた。ここまでのとんでも計画を立てながらこんな簡単なことに気付けないなんて。
「ここまで色々細かいことまで計画・実行してきたのに、あなたがそこまで賢い人だったとは…」
もうそういう勘違いされると何も突っ込めなくなる。
「これで俺の洗脳計画も無理だね。藤本さん、あなたの願いも叶わなくなったよ」
「本当に最後の最後に全て台無しにしてくれて…」
藤本はショックからかなんか虚な目をし始め、ボソボソと語り出した。
「最初に蒼炎くんの話を聞いて、まずはその力が本物か見極めるために元ドッグブリーダーの廃屋に仕掛けをして君を誘い込んだ。君はちゃんと誘いに乗ってくれたし、あの光景を目にすることが出来たことで確信できたよ」
「やっぱりそういう意図だったのかい。あんたが剛をやたら推していたのが気になってたんだよ」
俺はおかげで大怪我したんだけど」
こっちでの話を無視して藤本は喋り続ける。
「だから私は今度はあの犬を使って火の巫女にかかった封印を解かせることにしたのだよ」
そうか、アッシュがなぜあの神社へ行ったのか不思議だったんだ。あれも藤本が…
「あの犬はうまく誘導してくれたよ。あとは事前に中途半端に封印が解けるようにしておき、蒼炎くんが見事にそれを解けば良かった。そして解放が不十分なため力が足りない火の巫女はこちらの思惑通り、美咲さんを探し始めたって訳さ」
ああ、俺が好奇心で封印を解くことも、封印が中途半端に解ける事も全て藤本の手の内だったってことか。なんか淡々と己の悪事を喋るこのラスボスにまた腹が立ってきた。さっきの一発じゃ足りない気がしてきた。
「あとは火の巫女が美咲さんを見つけて融合すると。この辺りのところは馴染めるかどうか半信半疑だったんだが完全に融合してくれたよ」
藤本は高笑いしていた。何をつらつらとこいつは喋ってるんだ？そろそろ聞くのも嫌になってきた。すると藤本は話を締めくくるかのように、
「ただ二人とも私の想定よりも弱すぎたのが落とし穴だったがね。ちょっと良い気にさせて行動させてみたが、あまりの無能さにガッカリだったよ」
自虐的にヘラヘラと笑う藤本の顔に我慢の限界が近づいてきた。こいつ、散々俺たちを振り回しておいて勝手にがっかりだと言わんばかりの言い草！
「いい加減にーーー」
「さてと、長々と話してしまったが、君たちはこんなところにいてていいのかい？」
急に話を切り替えてきた。まだ何か仕掛けでもあるのか？
「どういう事、ですか？」
「だってあの二人の『残したモノ』を片付けないといけないんじゃないの？ あの火の巫女に苦戦する様じゃ大変じゃないかな？ 早く応援に行かないといけないんじゃないのかい？」
こいつは何を言ってるんだ？ 火の巫女には苦戦したがあのＥｘＥＭくらいなら疲労困憊とはいえ負けるはずがない。あれが切り札だと言うのなら、それこそガッカリと言うものだ。状況をまったく分かってない。
「あれくらいでやられるわけがないでしょ？ 何を言っているの？」
「は⁉︎ 弱かったとはいえ火の巫女の残滓だよ？ 簡単に駆逐できるわけが…」
藤本は慌ててバイザーから状況を確認し始める。
「そ、そんな馬鹿な。こんなにあっさりと？ ＳＥＲＣｌとはそこまで力があったのか？！」
「今頃気づいたの？ ＳＥＲＣｌメンバーが集まって本気を出せばこれくらいどうという事じゃない。藤本さん、自分で立ち上げたＳＥＲＣｌをあまりに舐めすぎだ」
俺はゆっくり、そして力強く言い放った。藤本は信じられないという顔をしていたが、やっと状況を把握して大人しく項垂れた。
「あと少しで蒼炎くん、君は英雄になれたというのに…いろいろと残念だったね」
「は？ 何が残念だっただと？」
この一言に俺はどうにも耐えられなくなって藤本の顔をまた思いっきりぶん殴ってしまった。。
「ぐあっ」
「お前の言う英雄って火の巫女にメンバー全員がやられて、そして俺が美咲を俺の手で倒すことを言うのか？ ふざけないでくれ。俺はそんなエンディングは望んでいないし見たくもない」
俺は倒れた藤本に詰め寄る。
「お前の願望とか考えとかは正直どうでもいいよ。でもさ、そのくだらない事のために沢山の動物の命を奪ったり、美咲を命に関わるような事に巻き込んだり、お前にとっても仲間であるメンバーに迷惑をかけるようなことだけは許せない！」
そして藤本の胸ぐらをつかんで
「あとな、美咲を『依代』だの俺を『英雄』だのと俺たちの気持ちも考えず、俺たちの未来を勝手に描こうとするんじゃない！」
怒りの気持ちが止まらない
「俺たちの未来は俺たちのものだ！ 夢見るだけならまだしも邪な気持ちで人の未来に触れるな！ そんなこともわからないお前みたいなやつが『人の未来』なんか語るなんて百万年早い！」
藤本は俺の迫力に圧されたのかただ黙ってコクコクと頷いた。
「スッキリしたかい？」
真凜に声をかけられてハッとした。隣に真凜がいることを忘れるくらい我を忘れていたみたいだ。そこで声をかけられたので急に恥ずかしくなってしまった。
「スッキリ、とはいかないね。でも気持ちに区切りはつけた、と思う」
「ま、今はモヤモヤが残ったような状態でも、時が経てば消化されていくだろうよ」
「そういうものか」
「そういうもんさね」
だといいけどな。
さて、これからこいつをどうしたら良いものか、と悩み始めたところで机の後ろからひょこっと顔を出したものが。
「アッシュ！」
だがアッシュの全身から漏れ出ているもの、それはーーー
「アビス粒子！ なぜお前から！？」
するとアッシュは突然遠吠えをして、全身から溢れ出たアビス粒子が個々に球体になっていって藤本の周りを漂い取り囲んだ。
「な、ななな」
藤本は突然、謎の球体に周りを囲まれたことで何が起こったのかわからずそのまま固まってしまった。そこに「アウウー！」というアッシュの次の掛け声と共に藤本に対し球体が次々にぶつかっていく。しかしそれらの大量の球体は藤本の身体をどんどんすり抜けていく。
「え？」
俺はどうなっているのかとじっと見ていた。すると元々アビス粒子であった黒い球体たちは身体をすり抜けると白い球体になってそのまま次々と消えていくのだ。球体が藤本の身体を通ることで『浄化』されていくようにーーー
藤本は逆にどんどん全身が黒く変色し始めていき、全部の球体が通りすぎて白くなって消えた頃、藤本は真っ黒な人の塊に成り果てていた。
「あ、あああ…」
藤本は全身苦しそうに喘いでいる。
「ねえ真凜さん、あれはなんだったの？」
「多分だけど、藤本がＥｘＥＭに変えた犬達の魂じゃないかね。ちょうど１０８個、それらの恨みや苦しみといった感情を全てぶつけられたのさ。たまたまとはいえ、人の煩悩と同じ数だなんて皮肉としか思えないけどね」
「な、なあ蒼炎くん、いや蒼炎さん。お願いだ、た、助けてくれ…」
あまりの姿に変わってしまった藤本を見て、俺は怒りの感情がどこかに行ってしまった。しかし…
「一歩間違えてたら、さっきの俺ってあの黒い球体のようになっていたのだろうか？」
真凜は見守るような目で俺を見ながら、
「そうはならないよ。ガラじゃないだろう？」
「まあ、そうだよな」
あそこまで恨むなんて俺には無理だわ。
「それでどうするんだい？」
「このまま放っておいたら寝覚が悪いからね」
俺はクリスタルを握りしめた。
「アグメンテッド・ヴェール起動！」
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