拾八 黒幕

「やっと終わったーーーー」

 翔夜が地面にへたりこむ。行き当たりばったりのようなやり方だったが美咲を火の巫女から救い出し、その本体を倒し封印できた。

「いやーやばかったよなー」

 メンバー含め、満身創痍だった。それでも動ける者は怪我したり動けない者を助けたりし始めていた。

 そんな中、俺は彼女が最期に言った名前について考えていた。どこかで聞いたことのある名前、どこで聞いたんだっけ?

 俺が火の巫女の最後の言葉について思考していると、急に周りがざわめきはじめた。

「おい、なんか身体ダルくね?」

「ていうか周りのアビス領域が消えてない⁉︎」

「あ、AuVスーツが稼働時間を超えて普段着に戻ってる!?」

 いけない! 俺はともかく普通のメンバーはAuVスーツ無しでこんな濃い領域内にいるのは危険だ。

「早くAuVを再起動して!」

 だが、再起動をしようにもエネルギー残量がもうない上、領域内でのチャージはできない。これじゃせっかく火の巫女を倒したのにみんなやられちゃう。

「ホントにアタシがいないと何もできないのかい?」

 またもやあのしゃがれた声、真凜だ。後ろから何かでかいアタッシュケースみたいなものをゴロゴロ転がしてメンバー付近に寄ってきた。

「簡易のチャージBOXだよ。早く周辺に集まってAuVをとっとと起動しな!」

 フルチャージとは行かないものの、十分に再起動のエネルギーが貯まって全員がAuVスーツを着用することができた。そして周りのアビス領域からゾロゾロと奇怪な形をしたExEMたちが現れ始める。

「美咲から出てきたアビス粒子の残りカスってところかね。火の巫女ですら吸収しきれないくらいだからなかなか手強いよ」

 真凜が話している途中に翔夜は1人飛び出して一体のExEMを一刀両断する。

「ま、こいつらは集合されると確かに厄介極まりなかったけど、バラバラの個体なら大したことないわ」

 他のメンバーも疲労困憊のはずだが翔夜の声にみんなが剣を握り直した。

「最後の後片付け、さっさとやっちまおーぜ」

「この程度のチャージやから稼働限界まで大して時間がないけどイケるっしょ」

「おーい、さっき後方にいたやつ! ちょうどいい。訓練がてらやるぞー」

 みんなが各々掛け声をかけつつExEM討伐をし始めた。

「おれもあと少し頑張るか…」

 と参戦しようとしたら、

「お前はもう休みな」

 誰かと思えば真凛だった。

「さっきの戦いでも無茶してるんだ。後はあいつらで十分だからとっとと早乙女の所に戻ってベッドに寝てな!」

 確かにそうなのだが、目の前でメンバーが戦ってる中で『お疲れ様でーす』と帰れるわけがない。

「そうは言っても…」

「あんまりお前みたいに新人に無茶させると上層部の連中にどやされるんだよ」

 あー、ホワイトな働き方ってやつですか。しかしSERClの上層部ってのは…ってそうだ、あの名前!

「思い出した!」

 でも、あの人がなぜ火の巫女と関係している? どうにも話が繋がらないけど、あいつがあの最期でつまらない嘘をつくなんてありえない。しかしーーー

 これには美咲がからんでいた。有耶無耶って訳にはいかない。このタイミングで決着をつけないと駄目だ。

「ねえ、真凛さん」

 真凛の元へもたもたと駆け寄る。

「そろそろ帰るかい? 仕方がないから病院まで送ってやるよ?」

「いや、あの運転は勘弁してください」

「じゃあなんだい?」

「これから会いたい人がいるんだけど」

「こんな夜中にかい? いくらこの騒ぎでもこの時間はまずいだろう? 明日にでも改めてーーー」

「今じゃないといけないと思う。それにまだあいつは起きてるはずだし、どこかで見ているだろうから」

 真凛は剛の話す内容に『おや?』という顔をした。そしてその目を覗きこみながら、

「何に気づいたんだい? ふむ、もしかして会いたい奴はうちの関係者かい?」

「たぶん、ね」

「そうかい。これからアタシも会わなくちゃいけない奴がいるんだけど、もしかして同じ奴かもしれないね」

 真凛はニヤッと笑う。

「アタシはこれから市役所に向かうつもりなんだよ。ついでだからお前も来るかい?」


「おい! お前たち! これからアタシと剛はこの場を離れるよ! あとはお前たちで何とかしな!」

「なんや、二人でどこ行くんや?」

「デートだよ。これ以上野暮なこと聞くんじゃないよ、翔夜」

 それを聞いて翔夜はこれ以上ない哀れみのこもった表情で俺を見て

「お前、フラフラやのにそんな罰ゲームまだするんか? どこまで自分を追い込むねん」

「蹴るよ」

 真凛の不愉快そうな声を聞いても、

「とっとと二人で行ってき。俺やったらこっちでやり合ってる方が何倍もマシや」

「ほんとにこいつらは…さっさと行くよ、剛!」

 ヨタヨタしながら真凛について行こうとすると、翔夜がそばにやってきて

「ここは俺たちに任せてお前はしっかりケリをつけてこい」

 小声で言うだけ言って戦闘に戻って行った。何かを知っていたのかもしれない。もしかしたらあいつも行きたかったのかもな。みんなの分も文句を言ってきてやるか。

 さっきから心配していた美咲についてはアビス粒子を放出し切ったのか、肌艶や血色が今までより健康そうに見えた。でもさっきの大人びた雰囲気ではなく元の可愛らしい少女の姿に戻っていたが。

 周りにそのことを話しても俺しか見ていなかったので誰も信じてくれず、後にメンバーからは『美咲補正』を勝手にかけて見ていただろうと変態扱いをされる羽目になった。とはいえ、美咲自身は蓄積された疲れで意識を失ったままだったので残っているメンバーにお願いをして先に早乙女病院に搬送させた。

「これで一安心だ。じゃあ真凛さん、連れてって」


 もう一つの心配となる街の状態は火の巫女を倒したものの未だネットワークは混乱したままだ。『ラファエル』といえどもそう簡単に復旧はできないようだ。真凛のあの運転は懲り懲りだったのでやむなく歩いて向かうことにした。

 この辺りは神無市の中心街にあたる。普通の都市ぐらいの規模であれば街は様々な明かりで明るいものなのだが、ここは街灯と民家やマンションの明かり以外何もない。これは街をITタウン化させる時に、必要以上に夜の電飾をつけてはいけないという条例を作ったためだ。神無市は元々が田舎町であるため、IT化によって街の風景が変わることを懸念してのことだった。

 これにより、中心街はビルやマンションが立ち並ぶ大都市のような様相を呈しているが、少し離れたら昔ながらの田んぼや畑のあるのどかな風景が広がり、夜も明かりを最小限にすることで風情をある程度残し『田舎の良さ』をバランスよく残すことに成功した。

 また暗くなることでの治安面は『バイザー』を使うことで夜道も明るく歩けるし、また不審者も『ラファエル』によって管理されたことで安全面も確保したのだ。

 まあ、今日の夜道は安全じゃないかもしれないけど。それは悪い奴らにも言えることか。街の風景を見ながらそんなことを考えていると、真凛が独り言のように話し出す。

「実の所、アタシも見当はついていたんだよ。ただねえ、確証もなく動くわけにはいかない相手でね。だから慎重に動かざるえなかったんだよ。結局、剛をはじめみんなに迷惑をかけちまうことになった」

「どうしてそんな人がーーー」

 と話しているうちに市役所の入り口前に着いた。

「ここの5階に居るんじゃないかね。そして色々な疑問はお前自身が聞くといい」

 と言って、入り口を前に促されても現在深夜2時。どうやって入ればいいの?と思っていたらバイザーが道筋を急に示し出した。どうやら通用口への道順のようだ。。

「あちらからのお誘いだよ、剛」

 通用口から中に入り、通路の奥にあるエレベーターに乗ると自動で5階へと上がっていく。

「お前はいつ気づいたんだい?」

「火の巫女が最後に呼んだ名前を聞いて。直接会ってはいないけどSERClにも縁のある人だった気がするし、市政でも色々と露出していたでしょ」

「器用にこなすやつだからね。こんなことまでこなせるとは思っていなかったがね」

 5階に到着し、さらに廊下の奥にある部屋を目指す。『市長室』と書かれた部屋の前で

「行くよ」

 真凛が扉を開けた。


「市長室へようこそ」

 男が一人市長室の椅子に座っている。

「気が早いねえ。もう市長にでもなった気かい?」

「まさか。ですが、もうすぐなれると思いますがね」

 男は笑う。

「もう少し賢いと思っていたんだけどねえ。SERCl創設メンバーの一人で副市長でもある藤本 慎太郎ふじもと しんたろうよ」

 その男、藤本は立ち上がり机の前に出てきた。こいつが火の巫女に何かを吹き込んで今回の騒動を起こした黒幕なのか?

「よく私が火の巫女をけしかけたと気づきましたね。足が付くような動きはしていませんでしたが」

 あ、自分で言っちゃった。少しは惚けたりしないんだ。そんな剛の気持ちを無視して話は進む。

「火の巫女が最後に消える前に言ったのさ。大層恨んでいたよ」

「そうでしたか。恨まれるようなことをしたつもりはないですが」

 惚けながら話すその喋り方にイラつきを覚える。

「まあいい。知りたいことだけ聞かせてくれりゃあね。そもそもお前の狙いはなんだったんだい、藤本? その市長の椅子なんてことはないだろう?」

「もちろん。座り心地は良いですが、興味はありませんよ」

 じゃあ何が狙いなの?と思っていたら藤本から喋り始めた。

「まあ、いいでしょう。私の狙いは最初から美咲さんだったんですよ」

 やはり美咲だったのか。だが今度はなぜ?という疑問がわく。

「あのアビス粒子をあれほど効率よく集められるあの子は、私の叶えたいことののためにどうしても必要だったのです」

「叶えたいことって?」

 俺が聞きたいのはそこだ。

「神無市をここから消して新しく『皇在市かみありし』を創生すること」

「は?」

 俺は何を言ってるのかわからなかった。新しく街を創るというのか?

「ふふふ、やっぱり君みたいな子には理解できないようだね。君にも大事な役があるのにね」

 いや、理解とか以前に何を考えているんだ? アホなのか? と突っ込みたくなる。

「美咲さんを使ってアビス粒子をこの街に集め、その力で火の巫女を復活させて街を潰して新たに『皇在市』という街を創ろうとしているんだよ」

 ん?『創ろうとしている』だって? まだ進行中なのか? でも…

「その肝心な火の巫女は俺たちが倒してしまったよ?」

「そう、そこなんだよ! 太古に封印されていた神だと言うから計画練って蘇らせたと言うのに! 最初は凄いと思ったけど、いざやらせるとガッカリだったよ。出来たのは『ラファエル』を無効化しただけだし、戦えばSERClの未熟者たちに特に覚醒前の君ごときにやられるなんてなんて弱かったんだ!」

「あの火の巫女が弱い? あと、俺が覚醒前ってーーー」

「本当ならアイツは全てのアビス粒子を吸収して物理的にこの街を破壊する予定だったんだ! そして、街が破壊された後に蒼炎くん、君の出番なんだ」

「俺の…?」

「そうさ! 君は今は弱いがその内に大きな力を秘めている。それを覚醒させて火の巫女を滅ぼす、予定だったんが結果は見ての通りだよ」

 俺にそんな力が? それよりも…

「美咲はその時、どうなっていたんだ?」

「いなくなっていた。当たり前だろう? 火の巫女の依代となり、最期は君の力で『浄化』されるはずだったのだから」

 俺が美咲を殺していた、と言うのか?

「そんなことできるわけがないだろう!」

「いやできる、と言うより私がやらせるんだけどね」

 そう言うと藤本は手元のデバイスを操作する。俺のバイザーの目の前に大量の情報が流れ込んでくる! さっき火の巫女がやった情報操作のよりもさらに強力な情報のうねりが。

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