拾弍 封印
「おーい、待てってば」
俺はアッシュと散歩中。あの双頭犬騒動以来、優璃さんが飼うことになったアッシュだが、家で留守番は可哀想とよく真凜の元に連れてくる。
アッシュはSERClメンバーにも喜ばれていて占いの館みんなのアイドルと化している。俺もたまに真凜の元に呼び出されていくとアッシュに会って遊んだりしている。
イナゴ騒ぎ(俺が勝手に命名)の後、俺は気分的にも楽になったし浄化の光剣(あれから真凛が勝手にいい始めた。そんな大層な力はないのだが)の発動が安定して思い通りに出せるようになった。
だから精神的にも余裕ができたため、今日はせっかくだからと散歩に連れ出す許可を優璃さんにもらったのでアッシュとぶらぶら散歩している。
アッシュはとうとう成犬になり、かなり大きくなった。じゃれてのしかかって来ると潰れそうになる。あの子犬が大きくなったなあって感傷に浸りたいところだが、散歩中のアッシュはそこかしこに興味を持って移動するのでグイグイいろんなところに振り回されて意外と余裕なんてない。
「そんなに引っ張るなってば」
とリードを引こうとしたら、手が滑ってリードを離してしまった!
「あ、アッシュ!」
アッシュはタタタッと走っていく。しまった!
「待って!」
とにかく走っていった後を追いかける。
はあはあ息を切らしながらアッシュが神社の中に入って行くのを見た。
あそこは
何の神様を祀っているのか実は知らないのだが、かなり古くからある社と言われている。
どうもその昔にとても強い力を持った神様がいて、この地域の人々を助け護り好かれていたが、他の国を侵略したり暴れたりで嫌われていたそうだ。だから他国の権力者たちが手を組んでその神様を排除しようと企て、陰謀によって神様を孤立させ最後はこの地に封印し、力を奪ってしまったらしい。それが理由でこの地域は神の力が失われた土地として「かみなし(神無し)」と呼ばれるようになったと言われていて、この地域の人ならみんな知っている昔話だ。
そして封印された神様とやらだが、この封印された場所周辺だけは作物が多くできたり災害などでもこの土地だけ被害を免れたりと良いことが多く起こったようだ。そのためか、この地は封印されし神様の力が漏れ出ていると言われるようになって後に祠をその神様を建て祀った。ここには神様の力が残る場所として「皇在神社」と言われるようになった所以だ。
こういった話があるためこの地では大層人気があるし、何かと願い事が叶うとされ今じゃここは隠れたパワースポットとして知る人ぞ知る名所となっている。
それはともかく、神社に動物が入るのはあまり良くないとは聞いたことがあるので早くアッシュを捕まえて連れ出さないと…
そんな気持ちも知らずアッシュはどんどん神社の奥に入っていく。
「こらっ!待て!」
やっと追いついてリードをまずは持ち直してほっとして
「アッシュだめじゃないか」
と軽く叱ってから前を見ると、目の前には小山がありそこに小さな穴が開いている。人ひとりくらいは入れる大きさの穴。この神社には何度か来たことがあるがこんな場所あったっけ? いつの間にか一般では入れない神社の奥に入ってしまったのか?
これは絶対入っちゃいけないところだと思い、引き返そうとするとアッシュはものすごい力で穴の中へ俺ごと引っ張って入っていく。
「こら、アッシュ! 本当に駄目だって!」
なぜかいけないところに行ってる自覚があるのか小声で叱ってしまうのが情けない。穴の奥に引っ張られて入ると、中は少し大きめの空間があり、壁の前に台と鏡らしきものがあった。
あーあ。入っちゃったよ。あ、でもあれって御神体とかか? 本当にまずいところに入っちゃった。隣でアッシュはドヤ顔でこっちを見てる。いや褒めるどころかさっきから俺は叱ってるんだけどなあ。とにかく誰かに見られないうちに出ないと。
と思いつつ周りを改めてみると、壁にある違和感というか不自然さに気がついた。どうにも気になってよく見ると、何かの模様のようなものが入っているのがバイザーごしに見えた。何故バイザーに模様が写るんだ?
岩壁に描かれたパターンと見て取れる模様は色褪せて消えかけているところもあるが、さらに詳しく見てみたくなり、いけないとは思いながら模様に近づいて行った。
バイザーを通して近くでみていると模様はうっすらと光っていて、しかも光は一定の方向に動いていた。
どういうことなのかとそっと触って見ると、触れた部分だけ光が強くなった。
「わっ⁉︎」
光が俺に反応したことに驚いてしまった。
何これ? ここってかなり古いところだよな? それこそ遺跡みたいな場所なのに、バイザーで見える光って。やっぱりAR? だとしたら尚更おかしいよな…
どう考えても不法侵入ってやつで早く出ていかなきゃいけないのに、なぜ光が見えて俺の接触に反応したのか好奇心が勝ってしまい、色々と模様を触り始めていると光は触った部分によって止まったり、逆方向に動き始めたりと動き方を変え始めた。
俺はさらに面白くなってしまい、光の方向を色々変えて思うがままに流れをいじっているとあるパターンの図柄ができた。
するとパターンが輝き出して、光は四方に広がり洞窟の中を明るく満たしていく…
「よく見たらコンピューターの基盤みたいだな」
所々に大きなBOXみたいな箇所があり、そのBOXとBOXを様々な光るラインが複雑に繋ぎあわさり、巨大なマザーボードのような絵面を作り出していた。
やはりバイザーで見えるということは何か最近になって手を入れられたってことかな? でもそれならここ数年の話になる。こんな巨大な仮想回路を作って何が目的なのだろう? しかも部分的に模様が消えかけた箇所があり、その部分は光らないため、斑らな光り方になっているところもある。
いや、どう考えてもこの模様は相当昔に引かれた気がする。だから線が途切れたりしているところがあるのか。でもならバイザーでしか見えない理由って…
独り言のようにぶつぶつ思いながら目の前の不思議な模様の事を考える。この街の古い神社の奥にこんな場所があるなんて。想像していなかった光景に様々な想いを巡らせていた。
そして洞窟全体がとうとう光で満たされたその時、
「封印解除システムの起動を確認。続けて第一階層のサーキットを確認、全ての回路に問題なし、このまま第一階層の解除申請しますーーー成功しました」
急に機械的なボイスが聞こえてきてビックリした。え? 封印解除って何? ここに何かが封印されてたの? やばいものが封印されてたらどうしよう…と少し焦っていると、
「続けて第二階層のサーキットを確認、一部の回路に問題が発生、ですが誤差範囲内と捉えてこのまま第二階層の解除を申請ーーー成功しました」
二つ目の階層もあるの? しかも解除って、これ何階層あるんだろう?
「続けて最終階層のサーキットを確認、回路に甚大な問題を発見、修正を試みますーーー失敗しました」
光の線をよく見ると、所々消えかけた柄のところで流れが止まっている。それでも光が無理やり流れ続け、光の色が赤色に変わって溜まっていく。
赤色になった光は配線を突き破り、四方八方に勝手に回路に繋がって行こうとし始めた。そしてその流れはパターンの形を歪め、新たなパターンを形成しつつあった。
「何か通常とは違う形に変わってしまってる?」
新しいパターンによって洞窟が赤い光で染まり、流れる光は奥にある一点に集中していく。
「最終階層サーキットの異常によりエネルギーが反転します。予期せぬ結果が発生しますので退避してくだい」
え? 上手くいった訳じゃないの? それどころか退避だって? これから何が起こるの?
いきなりの宣告に怖くなってきて、さっきの赤い光が集中した先を目で追うとそこにあるのは古びた銅鏡だった。
赤い光が集まった鏡が赤色をおび、鏡面から何かが出始める。
「アビス粒子?! 鏡から?」
たまたま持ってきていたスティックを腰から取り出して構える。
粒子はどんどん拡大し、人のような形を作っていく。媒体と言えるPOSもないのに? アビス粒子が何かの形を作るなんて…当然初めてみる事だし、誰かから教えられてもいない。
そして輪郭から細かいところまで形作られていき、出来上がったその上半身は、歴史の本で見たことのある姿に似ていた。
「古代の女王の絵姿だ!」
その女王を形どったアビス粒子はさらに下半身まで細かく形取っていき、最後に足が作られようとしたが、
パリーン!
鏡が割れてしまった。集まった力に鏡が耐えられなかったようだ。それと同時に女王に形取っていたアビス粒子の塊が徐々に崩れ始めていく。
「アアア、アト少シデ封印ガ解ケタモノヲ…」
とても低く重たい声が響いた。
それはゾッとするほど冷たくて暗い声。
「コウナレバ、ヤハリ依代ガ必要カ…」
モヤモヤした煙だけの形になったモノは、俺めがけて迫ってくる。
「うわっ」
両手で身体を覆って守ろうとしたが、煙の塊は俺をそのまますり抜け、洞窟の外に向かっていったーーー
そして煙は外に出て見えなくなってしまった。
「あー、これってやばいことになっちゃったかな?」
何のExEMであったのかは全く分からなかったが、あれがアビス粒子から形作られたものであることには間違いない。
どんなことが起こるのか想像がつかない。
「何かが起こる前に対処しないとまずいよな」
とか言ったところで俺じゃどうにもならない気がしているが、興味本位で封印を解こうとしてしまい、何かヤバいものの封印を解いてしまった。このまま何もしない訳にはいかない。
「あれは絶対に何か悪いことが起きる。どうにかしないと」
まずは真凛に連絡を、と思ったらタイミングよく着信が入る。
「開けちまったね? 剛」
え? 何故知ってるの? 最初の一言でこの状況を把握されていたこと気づいてビックリしたが、
「真凛さん、神社の洞窟にあった封印らしきものを解除してしまったようで、アビス粒子の塊がここを出ていってしまいました」
「ああ、不用意に封印を解いちまいやがって。とはいえお前に解けるとは思っていなかったから驚いているがね」
なんか微妙にディスられてるのに腹がたったが、
「すみません」
「だが、このことは全くの想定外という訳じゃない。そこの封印のことは把握はしていた」
「え? 知ってたんですか?」
「当たり前さね、しかも本来ならアンタが簡単に解けるようなやわな封印じゃなかった、はずなんだがねえ」
はず、ねえ…どうしてあの封印を俺で解けてしまったのか説明になってないし。やっぱりなんか壊れてた、か?
「封印解除の謎はおいおい調べるとして、今は煙になってどっかにいったアビス粒子を探すことが先決だよ」
「わかった」
「でもその前に、もう一度洞窟全体を見回してくれないかい?」
何が見たいのかは分からないが、俺はバイザーを通して真凛に洞窟内の様子を見せる。
「ふーむ、やはりね。この封印はすでに誰かが触っていたようだ」
「誰かが触った?」
「そう。本来この封印は非常に強力で、その力で『何か』を封じ込めていたものの危険という程ではなかった、むしろ善い力を出していたくらいさ。だから放っていたんだしね」
「じゃ、なんでそれがアビス粒子に?」
「封印のプログラムを改ざん。書き換えをおこなって効果を『反転』させたんだよ」
「反転って…?」
「簡単にいやあ、白を黒にしたってことさ」
「?」
「でもそのプログラムも完全ではなかったようだね。身体を形作るまでいかなかったようだ」
「今は不完全な状態ってこと?」
「安心は全くできないがね」
少しの間、沈黙が流れた。
「あと剛、もう一度まわりを見て何か違和感があるところはないかい?」
違和感? ぐるーっともう一度見渡してみる。
すでに回路に流れる光は止まっているのに、割れた鏡の周辺が線香花火のようにパチパチと光を放ってる。
「鏡の周辺だけ光が残ってる?」
破片の飛び散る鏡の前に近づく。
「これだよ剛、その破片の光る所を拡大して調べな」
光る部分を改めてバイザーでよく見てみる。ん? この光って。バイザーを使って光を拡大して凝視すると、光は0と1の数字の集まりになっていることに気がついた。
「え!? これって数字の塊?」
「ビンゴだ! もしかしてと思ったが残っていて良かったよ」
「なんなの、これ?」
「封印解除プログラムのコードだよ。普通は解除と同時に全部消えてしまうんだけど、半端に封印解除なんてしたからカケラでも残っているんじゃないかと思っていたが当たりだったようだね。まだアタシらに流れはあるようだ」
「これをどうしたらいいの?」
「もう少しだけ写しておいとくれ。アタシのところにコードを転送してるから。できる限りコードのカケラを集めるよ」
俺はバイザーで他にもある光の破片を映像として真凛に送りまくった。。
「軽く見ているだけだが、これは中々いい拾い物だよ。封印に使ったコードや、解除コード、この場所を隠蔽するためのコードまで。カケラとはいえかなり肝心なところが解析できそうだ。これは色々役立ちそうだ。よく見つけたよ」
真凛は送った映像を見て少々興奮気味だ。さっきからコードと言ってるけどこの洞窟の模様自体は古いもののはずなのに、なぜコードとして認識できるんだろう?
「大昔のものになぜコードなんてものがあるの? 大体動かすハードも打ち込むソフトだってないでしょう?」
「まあ、不思議だろうねえ。ただ言えるのは昔は昔でこういったことができる技術ってのがあったんだよ。とても高価で一部の存在でしか扱えない、そして今はもう失われた技術だがね」
「古文書を読む感じ?」
「微妙な表現だけど、そんな感じだと思っていいよ」
「ふーん」
「まあ、アンタも上手く封印を解くのに利用されたってことさ」
そこだよ。何で俺だったんだ? たまたま運が悪くってこと? それとも他に俺じゃないといけなかった理由が…ないない、そんなもの俺にある訳ない。
「どっちにしたって不完全とはいえ解けたものは仕方ない。気に病んでも仕方がないよ」
まだ被害が出てないし、上手く使われたと言われてもそう簡単には切り替え出来るか?といえば難しい。
「少しでもこの失敗を取り返したいんだけど」
「簡単には挽回できないと思うがねえ」
そんな速攻で人の責任感というかやる気を削ぐこともないだろうに、と不貞腐れると、
「何かアタシに意見があるのかい?」
え? 心の声が聞こえた? と焦りかけたら、
「まあいい。お楽しみは後にしてまずは占いの館に戻りな。あのアビス粒子はアタシらで探しておくよ」
そうだ、あの逃したアビス粒子を早く見つけないと。下で得意げにしているアッシュに気付き、、
「というかアッシュ、そもそもお前がここに入り込まなきゃ良かったんだぞ」
アッシュはなんのことか分からないといった顔をしている。
「はあ、お前のマイペースさには呆れるよ」
アッシュのリードを握り直して急いで占いの館へ戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます