ヴェール10 邂逅

 ちょうど剛たちが古代の女に会う少し前、とあるマンションの廊下を一人の10代っぽい女が歩いていた。

 黒髪で肩までのボブにセーラー服。ファミリー向けのマンションの住人には見えない。

 エレベーターから4つ目の扉を見つけるとベルを鳴らした。

「どなた?」

 中から迷惑そうに若い女性の声が応対する。

「わしじゃ」

 その姿に似つかわしくないしゃがれた声、真凛だった。

「…」

 少しの沈黙のあと、扉が開いた。

「来ると思いましたよ」


 セーラー服の女、真凛はリビングに案内にされた。

 真凛は入るなり仏壇を見つけ、

「手を合わせて良いか?」

 家の主人である女性は頷き、真凛はその前に座り長い間、手を合わせた。

 その後、しばらく仏壇の写真を眺めていたが、女性の座るテーブルの前に座った。

「急に来てすまなんだ」

 話のひと言目は謝罪だった。

「そろそろかな、と思っていたから驚きもしませんよ。剛のこと、でしょう?」

「やはり知っておったか。沙耶香よ」

「まあね。あの特殊なバイザー持ってたり、いきなり腕に包帯巻いて帰ってきたら勘付きます」

「あれはすまなかった。アタシのミスだよ」

「剛がまさかあなたの下にいるなんて思いたくなかったわ」

 セーラー服のティーンネイジャーの姿でしゃがれた声、こんなふざけたなりの真凛に驚きもせず会話をしているだけでも奇妙なのだが、真凛が翔夜や剛たちと話す時と違って対等の相手として話しているのが珍しい。

 そう、この若い女性は蒼炎 剛の母、沙耶香であった。

「もう少し、早く挨拶に行くつもりじゃったが」

「あなたの時間で言えば、比較的早かったと思うけど」

「そう嫌味を言わんでくれ」

 真凛が本当に困っている。頭が上がらない、というか過去に色々とあったかのようだ。

「それで剛の事というのは? 怪我の事ならもういいけど」

 真凛は真顔に戻り、

「あの瘴気が見える力の事じゃ。お前は気づいてたのかい?」

 沙耶香はやっぱりその話かといった表情で

「何となく予感はあったけど、気づいたのは最近よ」

「ふむ」

「あの怪我の後、剛のバイザーをハッキングして初めて知ったの。あの子のしている事と、その力の事を」

「単刀直入に聞くがあの力は…」

「私の力に似ているけど根本的に違う、と思う」

「やはりそうか。もしやと思ったんだけどね」

「あの力は『彼方』さん、剛の父親から継いだものでしょう」

「彼方、のか」

 真凛は仏壇を目を向けた。

「もう15年になるか、亡くなってから。早いものじゃ」

「彼方さんがなくなったのはあの子が3歳の時だったから。あれからずっと剛のことに必死であっという間だったわ。最近やっと思い出すようになったの、亡くなったんだって」

 仏壇には剛の父であり、沙耶香の夫、彼方の写真があった。

「そうか」

 真凜は考え込むような表情で

「アタシは、あれからずっと時が止まったまんまさね。悔いて流のかもしれないねえ」

「あれはあなたのせいではないでしょう。彼方さんは為すべきことをやろうとしただけ」

「行かせたのはアタシだよ」

 二人の間に沈黙が流れた。彼方の事は二人にとって忘れられぬ思い出なのだろう。

 だがこの重い空気を断ち切るかのように

「それで、剛はどうなの? お役に立ててるのかしら?」

「今はまだまだというところかね。でも化けるよ、あの子は」

「そう。本当は剛には普通の生活をして欲しかったんだ。でもそんな力が出てしまった以上、いずれは巻き込まれたことでしょう。それなら無防備な状態よりあなたの下にいた方が安全かしらね」

「そう言ってもらえると助かるね」

「危ない事はなしですよ」

「むうう」

 ふふっ。沙耶香は笑った。

「まだまだとは言ったものの、色々と大変な思いをしながら着実に力をつけているよ。沙耶香は母親として心配かもしれんが、しっかりこちらで面倒を見るゆえ見守ってくれんか」

「元よりそのつもりですよ」

「なら良かったよ。さて、アタシはそろそろ帰るとするさ」

 真凜はすっくと立ち上がり扉に向かおうとした。

「一つだけ」

 沙耶香は真凜の背中に話しかける。

「あのMaWと言われるもの、次に大変なことが起こるかもしれません。早く開発中のものを完成させてください。多少のバグがあっても使えさえすれば大丈夫でしょう」

「元巫女の力か? 何が見えたか知らぬが…分かった、急がせよう」

 真凜はそのまま部屋を後にして出て行った。

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アーグメンテッド・ヴェール @KumaandTora

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