拾 窓際の少女
説明も終わり、診察室を出て待ち合いに向おうとした時、院内にある階段の踊り場に真っ白い髪をした少女がいるのに気づいた。彼女はこちらをチラチラ見ている。俺が気づくとバレたことに驚いて少し気恥ずかしそうな顔をして階段を上がっていった。
『誰だろう?』
と不思議に思ったものの、踊り場から指す光でキラキラ光った美しい真っ白な髪の色が脳裏に焼きついて離れない。
「上の階にいるのかな?」
何故かどうしても気になってしまい、いつの間にか少女の後を追って階段を登っていた。そして病院の最上階になる4階まで上がってきてしまった。ナースステーションとかがないようで、病室とかがあるフロアではなさそうだ。会議室、院長室とここは関係者用のフロアっぽい。
そんなことはお構いなしにキョロキョロ見回して見ると、一番奥の扉から少女がチラッと顔をだしてそのまま扉を閉めて隠れてしまった。
あの部屋か。でもここは関係者フロアなのに何故いるのだろう?迷い込んだ感じではなかった。これ以上進んで行っていいものかなあ、と気にはなったものの真っ白な髪の女の子への興味が勝ってしまい部屋の前まで来てしまった。そのまま扉に手を伸ばしノックすると
「どうぞ」
声が返ってきた。扉を開けて入ってみると、ベッドにさっきの少女が座っていた。普通の病院のベッドに座っている少女は窓からの光で髪の毛と共にキラキラと輝いて見え神々しく見える。そしてその目は金色に輝いていた。
金色の目って怪しげだけどとても綺麗なんだな。翔夜が言っていたけど、俺もこういう色になるのか? でも彼女のようにこんな綺麗な色にはならないだろうな。だって目の前の子は天使のように見えるのだから。幻想的な光景に思わずぼうっとしてしまった。
「こんにちは、お兄さん」
か細いが透き通る声での挨拶。あんまり眺めるのも悪いと思い慌てて平静を装い
「こんにちは。君は誰?」
「お兄さんの事が気になって、会ってみたくなったの。私についてきてくれて良かった」
会ってみたかった? さっき初めて会っただけなんだけど…
「どこかで一度会ってるかな?」
こちらの質問には答えず話し続ける。
「私は早乙女院長にずっとこの病院で診てもらっているの」
「ずっと?」
「そう、ずっと。物心ついた時から。もうここが家みたいな感じなの」
かなり長いこと入院しているのか。闘病が大変だろうな。じゃあ、彼女は俺とどこで会ったのだろう?
「何か大変な病気なのかい?」
「病気とかじゃないの。私の体質だって院長が言ってた。実際、病院にさえ居ればほとんど症状が出ないから大丈夫だし」
ふわっと微笑む。しかし、ここに長いこと入院しなければならない体質って…。
「あれー?蒼炎くん?なんでここに?」
早乙女院長が扉に立っていた。
「あ、すみません。勝手に病室に入ってしまって。まずかったですか?」
「いや、まあ。もしかしてその子が自分で呼んだかな? 珍しい事だけどその子が良いんなら良いよ」
ニコニコした少女の顔を見て早乙女院長は少し驚いた顔をしていた。ここに人が来ることがとても珍しいことのようだ。今までこんな風に人を連れてくることがなかったのだろう。
彼女が症状のことを気にして人を避けていたのかもしれないし。でもそれなら何故ここに俺を呼んだのだろう?
院長は俺の顔を見て笑顔になり、その疑問に答えるかのように、
「この子が人といるのって珍しいのよ、本当に。ねえ蒼炎くん、良かったらなんだけど、また治療の際にここに寄ってあげることってできる?」
それを聞いて彼女の顔がパアッと明るくなった。
「俺がですか?別にいいですけどここに来ちゃっていいんですか?」
「この子が言ったか知らないけど、ちょっと面倒な病気でね。病院から出してあげられないの。だから話し相手になってもらえると嬉しいの」
俺はまだ当面は治療に通わないといけないみたいだし、その際にちょっと寄るくらいなら大したことでもないか。って、普段の俺ならこういうことは面倒で断るんだけどな…どうしてOKしたんだろう?
とはいえ、何かこの少女の助けになるならといいかと深く考えるのはやめて頷いた。
「良かったわね、
少女、美咲は嬉しそうに頷いた。美咲というのか。確かにその笑顔は美しく咲く花のようで名前がとても似合っていた。
「さ、今日はもう横になって。またいつ苦しくなるかもしれないから」
「えー、もう最近は大丈夫やもん、もうちょっとええやん」
「だーめ。下まで走ってたでしょ?体力ないんだからこれ以上は動かないの」
そう言って早乙女院長は美咲をベッドに寝かせ、俺と一緒に部屋をでた。
「美咲の件、本当にありがとうね。助かるよ」
「これくらい。どういたしまして」
早乙女院長は先に階段を降りて行った。
俺は美咲のことで色々と気になることがあったが、それはおいおい聞けたらいいかと思った。
それに俺も身体中が痛い訳で。これ以上の無茶は俺もしちゃいけないと思い、そのまま待ち合いで薬を受け取り帰路についた。
それから1週間くらいで腕や他の外傷はほとんど治ったのだが、脳の異常が若干残っているとのことで1週間に一度の頻度で早乙女病院での診断に行き、その後で美咲の様子を見るようになった。
それでも真凜にはExEMの討伐には呼び出されていたわけだが。ちょっと怪我が治っただけで本調子でもないのに相変わらず人使いが荒い。
そんな忙しい中での訪問ではあったが、美咲にとっては何気ない外の話やExEMの件はぼかしながらだが俺の妖怪退治話(作り話と思ってくれている)を聞くのが楽しいらしく俺の診断の日を楽しみに待ってくれていた。
1ヶ月が経つ頃にはもう病院に通わなくてもよかったのだが、美咲の所には定期的に通っていた。楽しみに待っている美咲を放っておくなんて出来なかったし、俺がかなり盛って話している妖怪退治(最近は真凜も妖怪扱いにして面白おかしく話を作ってストレス発散させてもらっている)の話も楽しく聞いてくれるので俺も楽しいのだった。
ただ、予想はしていたことだったが困ったことが起こった。話を聞くだけではなく実際に行ったり、見てみたいと言い出したのだ。病院を出てはいけないって聞いているのでそれとなく流していたが、そんな美咲の様子を見てるとだんだんこちらも辛くなってきたので、早乙女院長に会って話をしてみた。
「やっぱりそうなったか」
「色々と喋ったのが原因なんですよね。なんか先生には悪いことしちゃったようで」
「いや、最近の美咲は明るくなったし良かったと思っているのだが…」
俺はどうしても気になる事を聞いてみた。
「あの、どういう病気で出られないんですか? 美咲を見てると体力はなさそうだけど病気には見えないんですよ」
「んー、少し面倒な症状なのよね」
早乙女院長は微妙に濁すような言い方をしてくる。
「それっていいづらい内容なんですか?」
「君たちの活動と無関係でもないからねえ」
「それってどういう…」
続きを言おうとしたら横から美咲が出てきて、
「もうこんなに平気になってるんだよ!そろそろお外に出たら駄目なの?」
「あれ? 美咲ちゃん。いつの間に」
「いつも見てるじゃない!だいぶ良くなってるって!」
「確かに改善傾向だよ、でもね…」
「一回くらい剛さんと外に…」
美咲は話している途中で急に崩れ落ちた。その身体に何かが入り込んでいく。
「これって!」
「アビス粒子だ! 警備を呼んで!」
早乙女院長の顔に焦りが出ている。警備はすぐに飛んできた。
「警戒レベルをAに! 緊急です!」
警備は緊張した表情になりすぐに部屋を出て行った。
そして美咲はアビス粒子のせいか意識を失っているようだ。だが同時に身体からアビス粒子の流入は止まったいた。
「これってどういう事ですか?」
「見ちゃったから仕方がないわね。簡単に言うと美咲は近くからアビス粒子を呼び寄せて吸い込んでしまうの」
「アビス粒子を吸い込むですって? 普通は負の感情から人の中で沸き上がって出ていくものじゃないですか?」
「そう。彼女はその逆。その身体にアビス粒子を取り込み溜め込んだしまうの」
そんなことが起こるものなのか? でも目の前で実際にみてしまった。それよりも問題は、
「どこからアビス粒子を取り込んでしまうんですか? あとアビス粒子を吸い込むとどうなっちゃうんですか?」
「まあ、待って。順番に答えよう。ひとつ目、どこからのアビス粒子か?ってことだが、そこら辺の住民からだ」
「え?」
「人間誰しも負の感情を少なからず持っている。美咲はそれを無意識に吸い上げてしまうの。今のはうちに来た患者の誰かから出たアビス粒子を吸い取ってしまったんだと思う」
「それじゃあ人と会うこと自体…」
「そういうこと。今のちょっと来ただけでこの状態だ。だから病院で隔離して人との接触を避けているんだ」
想像よりも大変なことだ。これじゃ迂闊に人に会うなんてできない。ましてや街中なんて…
「そしてふたつ目の質問だがーーーアビス粒子をずっと体内にとどめてしまうのでPOS《魂の力》が身体の中を巡ったり、また増やしたりすることができず成長を阻害にずっとそのままの姿に止まってしまう」
つまり、POSは生命のエネルギーで全ての生き物が持っている。普通は生まれた時から微量ながら持っていて、そのエネルギーを身体に循環させることで心身共に成長させるまさに『全ての生命の根幹となる精神エネルギー』なのだ。そしてPOSは年齢を重ねると共に大きくなり、心身も成長していくという事のようだ。だけど、美咲の場合は、
「アビス粒子を吸い込めば吸い込むほどPOSがどんどん回らなくなり、心身の成長どころか身体を動かしたりすることもできなくなる可能性がある」
「そんな…!」
「だから美咲にはこの病院全体を幾重にもはった特殊なヴェールの中で生活をしてもらうことでアビス粒子から守ってきたの。現状のヴェール性能では守る力としては不十分だから。それでもあの子を守るにはギリギリの状態。だからこういった事が起こってしまうのは避けられない」
それで結界とも言えるヴェールで覆われた病院から出せないのか。
「それでも最近はあなたたちSERClの活動のおかげでこういう事もなかったのよ」
俺は全く知らなかったが俺たちの活動で救われている人って確かにいたんだな。
「それでもあんな強力なのをみたのは久しぶり。街に何かが起こり始めているのかもしれない。蒼炎くんのその怪我も無関係とは言えないのかもしれないわね」
この神無市で何か悪いことが起こるかも、か。
「ねえ、美咲がこのままアビス粒子を吸い続けたら…」
「最悪の場合、POSが動かなくなり身体機能も停止、つまり死んでしまうわ。あの子ね、あれで実は17歳なの。驚くでしょう?アビス粒子を吸いすぎてPOS循環が止まってしまった結果、身体が成長しなくて10歳あたりからずっとあの姿になってしまったの」
「え?あの子17[#「17」は縦中横]歳?!俺と1歳しか変わらないじゃないですか…」
成長が止まったまま…そしてこのままアビス粒子に晒され続けたら…。
「でもね、最近少しだけ背が伸びたのよ。アビス粒子を少しずつ取り除きながらPOSがやっと循環し始めたと喜んでいたところだったんだけどな」
早乙女院長は力なく笑う。そうか、やっと元に戻れそうだったのか。なのに…
「美咲は普通の人に比べたらPOSがなぜかとても大きい。だからあれでも保ってる方。もし普通の人ならあの体質ならすぐに死んでしまっているわ」
「でも、このままじゃ」
「それはわかっているわ。でも現状ではアビス粒子にできるだけ触れないようにこの病院で守り、POSが循環できるように見守ってやるしか今は出来ることがないの」
「そんな…」
「この病院の設備なら美咲も少しずつPOSも戻ってきたと思ってたのに。また振り出しだわ」
「完全にアビス粒子を寄せない方法とかないの? それか吸い込んだアビス粒子を取り出す方法とか?」
「とても難しいわ。さっき見た通り、この特別なヴェールでも完全には防げない。だから街なんてもっての外、今ならあっという間にアビス粒子を吸いこんで死んでしまうでしょう」
そりゃそうだよな。
「あと、吸い込んだアビス粒子は取り出せるけど、時間がかかる割りにごく僅かしか取り出せない。さっきの吸い込んだ粒子は一瞬でも取り出すのは一月くらいかかってしまうの。追いつかないのよ」
SERClの活動のおかげでアビス粒子はかなり駆逐できているのだろうが、街から完全に負の感情をなくすことはできない、人がいる限り。だからアビス粒子もなくなる事もない。特にこの街は常にネットに接続した状態だからアビス粒子の元になる悪意が人からネットからと多く出てきてしまう。これじゃいつまでも終わらないどころか先に美咲ちゃんがやられてしまう。
そして俺がSERClに参加してからはなぜかアビス粒子がよく出現してExEMになる奴が多いと優璃さんも先日話していた。
これじゃあ彼女はつねに死の危険に晒されると言う訳か。あれ? でも、
「美咲はアビス粒子を吸い込んでも留まるだけなの?ExEMが出たりもしないの?」
「一度もない。彼女は吸い込んでも自分で体外に排出が出来ない。だからExEMが現れることはない」
そこは周りにとっては助かるが…
「逆に言えばそれを吐き出せれば彼女は助かるのかもしれない。その代わり、ExEMは現れるだろうね。その場合、一番近くにいる美咲は当然狙われることになってPOSも抜かれるから結果は同じかもしれないが。まあ、あの子にとって良い事は何もない」
でも、このままじゃ美咲にとって辛いのは変わりない…俺にできることといえばExEMを討伐し続ける事以外にないのだろうか…
「そういう訳ですまない、蒼炎くん。外出は許可できないんだ」
「はい…」
意識を失って寝ている美咲の顔を見て、今出来ることが少ない自分に歯痒さを感じた。
「この子にはよく話しておくから、また話し相手になってあげて欲しい。それだけで美咲も私も助かるんだよ」
「そう、ですね。また来ます」
俺が出来ること。ExEMを討伐し続ける。今、あの子を救う方法がそれしかないのなら出来る限りやろう。それしかないのだから。
何とも言えないもどかしさを感じたまま病院を後にした。
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