ヴェール9 終わりの始まり

 暖かな温もりに包まれた部屋。隣に優しい表情をした男がこっちを見ている。

『剛、お前の人生はお前だけのものだ。だからお前は好きに生きていい。納得する人生を歩みなさい』

 俺はいつもその言葉に微笑みで返すーーー


「久しぶりにみたなあ」

 俺はぽそっと呟いた。最近は見なくなっていた夢だった。あのそばにいた人は

「どうしたの? 剛」

 母さんが俺の寝室を覗きながら聞いてきた。

「久しぶりに父さんの夢を見たんだ」

 そう、優しかった父さんの夢。でも、俺が2歳の時に事故で亡くなっていてそれから母さんと2人で暮らしてきた。

 だから父さんの記憶なんてあるはずがなく、夢の中の父さんの顔はハッキリわからない。

 でもその声と言葉でなぜかその人は父さんだと断言できてしまう。

 父さんは夢の中で色んな言葉を俺にくれる。常に一方的なメッセージに近いが、それでもその言葉は俺の支えになり父親のいない寂しさはあまり感じずにすんでいた。

「あら、珍しいわね。父さん元気だった?」

「夢の中だからね。元気そうだったよ」

「そう。なら良かった。あ、朝何食べる?」

「コーヒーとトースト」

「わかった。作っておくから早く出てきなさい」

 パタパタと母さんはキッチンにいった。

 実は、こういった夢を見る時は必ず何かに迷っていたり、困っていたり、それか『何かが起こるとき』と限っていた。

 これは何かのサインかもしれない。

「気をつけるに越したことないね」

 俺は着替えてリビングに行った。


「今日はデートとか?」

 ぶふぉっ! テーブルに着いてコーヒーを啜った瞬間の言葉に油断してた。

「な、何をいいだすの!」

「いや、だってさちょっといつもより身なりを気にしてるから何かあるのかとおもっちゃって」

 うわー、母親ってこえー。

「人と会うのは確かだけど、そういうのとは違うよ」

「ふーん」

 さらっと流された。信じてないな。

「最近の剛がさ、いつも楽しそうにしてるから彼女でも出来たかと」

 最近楽しそう?

「よく笑うようになったしね。その分、先日の怪我にはビックリしたわよ」

 あれは心配かけたなあ。すごい剣幕で詰め寄られたし。

「怪我の後、少し暗かったけど持ち直したよつだし」

 すげーよく見てる、俺のこと。何だか丸裸にされていく感じが辛くなってきた。

「時間があるからそろそろ行くね」

 朝ごはんをささっと食べて家をそそくさと出る。

 何もやましいことはないんだが気まずかった…



 10時に病院で待ち合わせの予定だったけど、さっきの出来事があって早めに家を出てしまい、病院に1時間前に着いてしまった。

 早乙女院長は「楽しみだったんだねえ」とニヤニヤされた。

 1時間前にもかかわらず美咲は用意してくれていて、後で聞くと美咲は楽しみすぎて早くから用意してソワソワ待ってたらしい。

 折角出られるんならと病院を出ることにして、まずはバスで街まで移動。

 どこか楽しい所を思っていたのだが、普段から俺が話しをしている場所をと言うので大型のショッピングモールであるKモールへ。

 雑貨屋や、服屋など俺が本当に普段使いにしてる場所ばかりで美咲にはどうかと思うのだが、それとは関係なく話していた場所に来ることができた事が嬉しいようだ。

 ただ、美咲が何回か『聖地巡礼や』と不穏なワードをボソボソ言っていた時はちょっと怖かったけど。


 意外にも楽しんでたのがお昼。俺行きつけなんて言うからフードコートなんて連れて行ったら

「食べてみたいのがいっぱいあって決められない!」

 って30分迷っていたのには参った。結局、シェアしようと3つほど頼んで分けて食べた。

 後は本屋やゲームセンター、本当に俺の休日フルコースでぶらぶらだったが『剛さんの秘密を見た感じがして何か嬉しい』そうだ。


 そうこうしている内に夕方になってきた。

 日が落ちる前には必ず戻るように言われていたのでもう少しだけとごねる美咲を連れて病院に向かう。

 バスに揺られている間に日が落ちていく。

 バスから降りて病院へと歩いていると、ヒュッと風が吹き砂煙が舞った。

 砂煙は目の前で何かを形作りだす。

「アビス・オーラ!」

 前に見た時に比べてその姿は弱々しい感じだが、あいつだ。

『古代の女』

 ここでわざわざ現れたのは…

「やっと見つけたぞ、『光陰の巫女』」

 狙いは美咲! でも光陰の巫女って?

 古代の女は物凄いスピードで近づいてくる!

 考えている暇はない。

「アーグメンテッド・ヴェール起動!」

 フィールドが周りを包む。美咲を巻き込見たくない、でもオーラに立ち向かうにはヴェールで包むしかなかった。

「あれは、何なの…」

「え?!」

 美咲にはあれが…

「見えるのか? アビス・オーラが?!」

 俺と同じ見える力。今までも見えていたのか?

「俺の後ろに! あいつは何故か君を狙ってる!」

 俺は剣を取り出し、気持ちを込める。

 剣がうっすらだが虹色に光る。未だに理屈はわかってないが、あれから練習の末に少しだけ出せるようになった。

 これなら止められる!


 ガキっ!!

 俺の振り下ろした剣と古代の女が腕がぶつかる。

「切れない!?」

「ほう、我を止めるか。面白い」

 女は両の手で襲いかかってくる。

 単なるアビス・オーラとはまったく違う。その手から繰り出される一撃一撃は物凄い重さを感じ、剣でも切れず、弾くのが精一杯。

「もうええかのう」

 横殴りの強烈な一撃が飛んできて俺は吹き飛ばされた。

『しまった! 美咲が無防備に…』

 身体も痛いが、頭が割れるように痛くて動けない! だが!

「美咲に手はださせ…」

 言うのが終わる前に女は瞬時に俺の所に移動し、更に蹴り飛ばされた。

「しぶといのお」

「かはっ!」

 身体が動かない。このままじゃ、このままじゃ…

「まだ意識があるのか。まあよい、そこで見ておけ」

「美咲、逃げろ!!」

 美咲は動けなかった。その場に震えて立ち尽くしていた。

「あ、ああ…」

 女は歪んだ笑い顔で、

「すぐに終わるわ」

 その手を美咲に伸ばす。手は美咲の胸にすぅーと入っていく。

「いやぁぁあーーー!」

 美咲の絶叫と共に女は美咲の中にゆっくりと重なっていき、消えた。

 ごおぉぉっ! とオーラの凄まじい唸りが美咲の身体から発せられた。

 目の前に現れたのは白い着物に赤い袴、頭に綺麗な王冠をつけ目から血の涙を流す巫女姿の女だった。

『なん、だ?』

 今までのMaWとは根本的に違う。凄まじい憎しみや憎悪のオーラ。たが同時に感じたのは触れることの許されない神々しさ…

「さすがは『光陰の巫女』よ。我の魂とよく馴染む」

 フィールドの中がその力に侵食されて風景が変わっていく。

 それは歴史書でみたことのある古代の風景。ただ、周りの家々は燃えて人々が逃げ惑っていた。

『これはあの女のビジョンというか記憶?』

 何か悲しい、怒りを感じる情景。

「さて、力もほぼ戻ったことだ。長年封印された事の恨み、晴らさせてもらおう」

 女は大きな声で笑いながら歩いていき、フィールドの端であるヴェールに触れるとそれをビリビリ破った!

 な、MaWでは出来ないはずのヴェールが破られるなんて…!

「ま、待て…」

「もう遅いわ。この女の身体は我のものになった。そのまま、この世界がどうなるか見ておくがいい」

 そのまま女『美咲』は街の方角にゆっくりと歩き出し、俺は意識を失った。



「お待ちしておりました、『火の巫女』様」

 街に向かおうとした光陰の巫女と融合した女の前に恭しく礼をする男が。

「先ほどからずっとみておったの。今の我になるのを待っておったのか?」

「はい。そうでなければ話す事も叶わぬ故」

 『火の巫女』となった女はその男をモノを見るかのような顔をしていたが、急に笑顔になって

「多少は見どころがあるようじゃ。それに今は気分が良い。何か用があるのじゃろう、聞いてやろう」

「話が早くてありがとうございます。ここでは話づらいことゆえ、場を設けましょう。こちらへ」

男は『火の巫女』を連れて暗闇に消えて行った。

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