八 冥界の番犬
やがて3人と1人でズンズン突き進み、
「着いたっと」
4人はかなりの双頭犬を蹴散らしながらあっという間に扉の前に着いた。
ただ、俺はかなり後悔していた。だって…
「このアビス粒子、さっきよりも濃いやん。これやと中にいるExEM、双頭犬どころやないで。何が出るのか怖なってきた」
俺はあまりのアビス粒子濃度に気圧されてしまっている。たかがAR上のバイザーで見える景色のはずなのに。
でも翔夜たちはあんな怖がるセリフを言って震えるふりをしているが全く動揺も緊迫感もない。後の2人も同様だ。ここまで平常心保っているとは余裕を通り越してイカれてるよな。
「剛、連れてきておいて悪いけどこの先は何かあっても助けてやれん」
そうだよね、そうなるよね。ここで悔やんでも仕方ない。
「わかってる。俺も行くよ」
「よう言うた。じゃ、いこか」
翔夜は勢いよく扉を開けた。扉の中は真っ暗で明かりがなく何も見えないが、バイザーの暗視カメラモードのおかげで周りがだんだんと見えるようになっていく。
建物の中にあったのは地面と壁を埋め尽くす檻。大きいものから小さいものまで乱雑に積んである。そして強烈な獣臭。
「もしかしてーーー」
「あー、さっきの双頭犬たち、ExEMになった犬はここに居たんやな」
野犬ではなく飼われていたのか。でもこの環境は…檻というか小屋の中は掃除もされず泥だらけだし、排泄の処理もしていたのかどうか。水飲みの器も空っぽ。劣悪すぎる。
「どれくらい放置されとったんかはわからんがひどいもんや」
いつもは飄々とした翔夜の声に悲しみと怒りのようなものを感じる。
「うっ」
俺はこの建物の醜悪さに耐えきれずうずくまってしまった。景色も匂いもそのアビス粒子も全てが気持ち悪い。
「大丈夫か。バイザーの有る無し関係なくワシでもこの雰囲気の最悪さは分かる。お前には少々きつかったかもしれんな」
翔夜はこういった事を何度も経験しているのかいつもと変わらぬ感じだが。
「こういうもんは何度見てもいい気分はせん。敵陣のど真ん中やからそれっぽい態度でいるだけや。慣れることは絶対ないし、慣れたらあかんのや」
でも俺にとっては平常心を保つのも難しい。SERClではこんなことも起こるのか?いや、俺の知らないところでは起こっていたのか…くそっ! だが、逃げ場なんてどこにもない。進むしかないのか…
「すまない、もう大丈夫」
「よし。でも剛は休憩な、AuVの限界時間や」
俺の装備が元に戻った。が、このアビス粒子濃度の中でも不思議と体調は大丈夫だ。
「やっぱり、お前の眼が金色の時はアビス粒子の中に居ても大丈夫みたいや」
「俺の眼、今は金色なの?」
「ああ、そうなるとここでも平気みたいやな? でもこれだけの濃度でどこまで耐えられるのかはわからんから急ぐに越したことはないわ。俺らのAuVの残り限界時間も少ないしな」
「それじゃあ、やりますか」
言うや否や翔夜と宮本さんと佐々木さんも駆け出して双頭犬に向かっていった。武装は3人とも近接用として剣に変更し、何頭いるのかわからない数だが次々と倒していく。
俺は仕方がないので扉の前で手頃な棒を振り回して、外に出さないよう威嚇する。ExEMに何もできないのでせめてヤバそうな雰囲気を出して、1頭も外に漏らさないようにしないと。
ふと、3人が倒した双頭犬の周りを見ていて気がついた。
『倒れた犬が1頭も起き上がらない…普通、ExEMを倒せば元の宿主はPOSを取り戻して息を吹き返すはずなのにどうして?』
翔夜は俺の気持ちに気づ気、首を横に振った。
「たぶんここの犬たちは間に合わんかったんや。1頭もな。ExEMに吸い上げられ始めてからだいぶ時間が経ってたんや」
「そんな…」
だからこんなにも濃いアビス領域が出来てしまったのか。どれだけの時間をこんなところでExEMに吸われ続けたんだろう。剛は間に合わなかった自分に無性に腹が立った。
もちろん自分が居たらどうにかなったなんて思い上がってはいない。でも何も出来なかった事にこのやり場のない感情のぶつけどころがわからなくなった。
「剛! しっかりせえ!」
翔夜の声は剛には届いていない。剛は強い負の感情に心を支配されつつあった。翔夜は近づこうとするが周りの双頭犬を倒すので手一杯になり、なかなか近づけない。
剛は扉の前で立ったままだが、その表情はずっと強張ったままで、何かのショックで爆発してしまいそうな怖い顔をしていた。
双頭犬はその剛を畳み込むかのように何度も襲い掛かり、剛は身体中の服も生身もボロボロになっていた。
ああ、身体中がズキズキと痛い。あの双頭犬にやられているからか。しかしそれすらどうでもいい。この心の痛みに比べれば。ExEMを倒せばバイト代がもらえて街もよくなって、少しは楽しい学生生活が送れるかもと考えていたことが甘すぎた考えだと痛感させられた。
剛は建物内の檻に視線を向け、よく見たらあの檻、ここの犬たちはずっと閉じ込められていたんだな。寂しくて狭くて辛くて。その気持ちをExEMにいいようにされたまま死んでしまったのか。いくら何でもこれじゃあんまりだ…!
剛の感情が徐々に抑えられないくなるほど膨らみ始め、身体からとうとう暗い闇が、アビス粒子が現れはじめてしまった。
「剛がまずい!」
気づいた翔夜は無理矢理駆けつけようとする。
「剛! 飲まれたらあかん! POSを吸われる!」
ああ、翔夜が何かを言ってるが、もういいやーーーそう思った瞬間、
『わん!』
甲高い鳴き声が剛の耳に届いた。この声はーーー
「アッシュ…」
剛がぼそっとつぶやいた。その透き通ったひと鳴きは剛の意識を元の場所に揺り戻した。小さいけれど力強いその声はなぜか剛の心に元気を与える。
全てじゃなかった、あいつが居た。アッシュは間に合ったんだ。そうだった。アッシュに会わないと。
「今や!」
翔夜は剛の懐に飛び込み、剛の指を何かの印のように結ばせる。
「剛!PMFSテクニックや!集中せえ!」
俺は指の絡み方を眺め翔夜の声でハッと気づいた顔をした。『PMFS《Personalized Mental Focus Switch Technique》』は素早く精神統一を行えるよう、自分だけの独自のスイッチを決めてやる方法で俺が戦闘時にパニックなどに陥った時に素早く冷静になれるようにと教えてくれたものだ。
まさに今がその時ーーー。俺のスイッチは指の絡め方にある。すぐさま指を絡めて目を瞑る。すると徐々に穏やかな感情が戻りはじめ、それと同時にとてつもない集中を始めていった。すると、剛のスティックを持っていた右手から明るい光が広がりだし俺の周りを照らし始めた。
「⁉︎」
そこにいる全員が驚いた。その強く明るい光に双頭犬でさえも一瞬怯んだが、すぐに唸り声をあげて剛に向かって突進していくーーー明るい光に包まれた右手で剛は目を瞑ったまま双頭犬を軽く薙ぎ払うと、そいつは白い光に包まれて消えていった。
「剛、その右手の光は…ここのExEM共のアビス粒子を打ち消す力があるようやな。お前にそんな力が隠れてるとは全く気づかんかったわ」
右手の光はそのまま白く輝く刀になった。いつの間にかAuVを身にまとっていた。こんな短時間でいつの間に…剛は静かに目をあけ、手元の光の刀を見つめる。
「この刀なら双頭犬たちを、闇ではなく光の元に戻してやれる」
何故かは分からないが確信があった。
「らしいな。優しく、しかし強いこの光ならな」
「そうだな、せめてこいつらを送らせてくれ」
剛は両手で刀を構え、元の犬たちの事を強く想い、刀を振り下ろした。
輝く光が刀から一気に吹き出し、周りにいた双頭犬たちを飲み込んでいくーーーー
「これは想像以上や。あの双頭犬たちをまとめて消すなんて」
ほぼ2/3を一振りで消してしまった。
すると、双頭犬同士がぶつかり出し融合し始めた。それは双頭の犬となり神話のママの双頭犬となった。
「ただ頭が増えただけやないで。さっきとは別物の化け物に変わったわ」
さらに残った一部の双頭犬たちは、アビス粒子の状態に戻り、一ヶ所に固まりだした。やがて一塊になってアビス粒子は巨大な3つの首を持つExEM犬に進化した。
なんかゲームとかで見たことあるな、こいつ。
「これってケルベロスってやつ、かな?」
「ラスボスらしいやん、こいつらを倒したら終わりや。剛、できるな?」
「ここまで来て今更できないと言えないだろう?」
全員、剣を構え直した。本当にこれがラストバトルだ。
「行くぞ!」
宮本さんが両手剣でケルベロスの3つの頭を相手しながら注意を引きつけていく。そこへ佐々木くんの長剣が隙ができた1頭の首をぶった斬る。
「よし、残りあと2…」
頭の無くなった首から瞬時に頭が再生された。
「はやっ!もう治ったんかいな」
それから3人が何度か同じように攻撃して首を落として行っても瞬時に生えてくるのでキリがなくなってきた。
「少しは体力を削ってるとは思うんやけど、その前にこっちが切れてまうわ」
すると、やっとバイザーに地獄の
「どうやらあの首を同時に3つとも倒さないといかんらしいな」
なるほど、そりゃ1つ1つじゃ無理な訳だ。
「そうかそうか、3つを同時にパーンとぶった斬れば即解決やな、って簡単に出来るか!」
この後に及んで翔夜は明るい。宮本さんと佐々木さんも目に力がある。
「はあー、なかなかハードル高いけどやるか。ワシらで注意を惹きつけながら宮本、佐々木で同時に首を狙う。剛、お前は最後にその光で一気に殲滅してや」
もう一度、剛は刀にPOSをこめる。さっきの3人の攻撃を見てて半端な火力じゃ駄目だと感じた。今、剣全体に広がっている光よりも、収束した1点に光を集めて威力を上げれないか? よし、やってやる。
「よっしゃ!」
3人が同時に飛び出して各々1頭ずつに散っていく。身体は1つというのに首がバラバラに器用に動き回って3人の攻撃を上手くかわして同時に攻撃する隙を与えない。あの重く早い攻撃をかわしているだけでも凄いのだが、その上3人同時は流石に難しそうか?
だったら…刀を見ると1点に力が大分集まってきている。あと少し…きた、 俺は刀を頭上にかまえ、圧縮した光を解放するかのように振り下ろした。一気に解放された光は巨大なレーザーとして地獄の番犬に放射され胴体を貫いた。その衝撃で3つの頭の動きが一瞬止まった。
「今だ!」
赤い光が三閃!1つ1つの閃光は3頭の首に吸い込まれていき、3人は首を同時に切り落とした。
「よっしゃ!」
光が爆発したかのような輝きが建物内をあまねくてらし、首のない地獄の番犬と双頭犬もろとも全てを消し去った。
光はゆっくりと消えていき、建物の中が暗闇に戻り静寂に包まれる。
身体の疲労も限界をとうに超え、翔夜たちのヴェールが限界時間を迎えゆっくりとカーテンが消えていった。
「ふう。討伐完了、や」
全員がその場にへたり込んで、ただ一言つぶやいた。
4人でふらふらと建物の外にでたら、SERClのメンバーや真凜がいた。
「剛、あんた! その傷は⁉︎」
そういえば腕は噛まれているし、他も擦り傷や切り傷だらけでボロボロなのを思い出し、緊張が解けたのかその場に倒れ込んだ。
「おい! 剛!」
「聞こえてるよ。ただ、ちょっとだるいから休んでいい…?」
俺はそのまま気を失った。
戦いの後の建物近くにて。
「何とかなったようだね」
「ああ、剛のおかげでな」
「でもあんなに怪我させて。お前が盾にならないでどうするんだい?」
「結構、色々あったんやで」
翔夜は真凜にここで起こった出来事を詳細に報告した。
「へえ、ExEMを消し去れる光ねえ」
「ああ、あんなことは俺でも出来へん。俺の炎はせいぜい切れ味が増す程度や。でもあの光は全てを消す、というか浄化させてる感じやったわ」
「色々と面白いことをしでかしてくれる。ちょうど治療に送ったのは『桜』のところだし、診てもらうとしよう。あいつも喜ぶさ」
「あいつ、全身隈なく診られるんやろな」
翔夜はブルッと震えた。何か嫌なことでも過去にあったらしい。
「ただなあ、この中ほんまに胸糞悪かったわ」
「みんなに嫌な仕事をさせちまったね」
真凜はただ翔夜の肩をぽん、と叩いた。
「特に剛には悪いことしたわ。思ったより繊細なやつやってんな」
「普段はあんな態度だからね」
「ああ、せやな」
残りのメンバーたちは建物に入っていったり、周りを調べたりと動く中、メンバーの中に無精髭を生やした知らないおじさんが立っているのに翔夜が気づいた。
「ん? あのおっさんは?」
男は少し怯えた様子でいた。
「その人がこの建物の今の持ち主よ」
優璃さんが横からアッシュを抱いて現れた。
「今の?」
「そう。その人のお父さんがこの建物で犬たちを育てていたようなんだけど、お父さんが病気で亡くなってしまい今のようになったそうよ」
「それで、放っておいたってわけか?」
疲れ切った翔夜の声には怒りがこもっている。
「だってどうにもやりようがなかったんだ! もう市の保健所に相談するしかないと思っていたんだよ」
ただ次の言葉にメンバー全員が凍りついた。
「でも助かったよ。全部処分してくれたんだね。本当に困っていたんだありがとう」
疲労困憊のはずの翔夜が拳を振り上げて殴りかかるーーーー
「がああぅ!」
アッシュがその翔夜よりも早くおじさんにの足に噛み付いていた。
「ああああ! 痛い! 痛い!」
おじさんは足をぶんぶん振るがアッシュは離れない。
しばらく経つとアッシュは気が済んだのかおじさんから離れ優璃さんのところに戻っていった。
「くそ! この犬が! だから犬は嫌いなんだ! 親父のせいで!」
再びアッシュが唸り声おあげると
「ヒイィ!」
男は情けない声をあげ、足を引きずりながら建物から去っていった。
「あのおっさん、放っとくんか?」
翔夜はゴミを見るような目をして真凜に言った。怒りはさっきので無くなったらしいが、その分嫌悪感が出てきている。
「そのまま逃すつもりはないよ。ま、住所とかの情報は押さえてあるから後でじっくりと取り組むさ」
「どうしたって、大した罪にはならないし」
優璃さんがアッシュをギュッと抱きしめた。
「まあ、やりようは色々あるさ」
真凛はにやっと笑った。
ある意味一番怖い人に目をつけられたんちゃうか?と翔夜は少しあの男に同情した。
それから深夜になってメンバーで犬の遺骸を集めていた。
「あれ? あのおっさんの話じゃ109頭って聞いてたんだけど1頭いないぞ」
「数え間違いか? それとも…」
「まあ、1頭逃したところでどうとでもなるだろう」
「明日に改めて調査をするんやし、今日はここで終わろう」
そしてSERClのメンバー大勢を巻き込んだ犬騒動はひとまず終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます