七 双頭犬

『野犬に注意!』

 朝からバイザーをつけたら出てきた通知だった。通知を見ると、夜に野犬に襲われる事案が連続して発生しているので夜道に気をつけるように、という事だった。

 添付の地図を見ると発生箇所にマーカーがしてある。かなりランダムかつ広範囲で発生しているようだ。

『最近、夜に増えた遠吠えって…これのことか?』

 などと考えているとコールが鳴った。

「仕事だよ」

 ビクッとして背筋がヒンヤリした。真凛の声だ。優璃さんだと思っていたからガッカリ感が半端ない。

 驚かされるし、テンションが下がるし、嫌な朝だ。

「何かアタシに不満がありそうだが…まあいい。剛、すぐに占いの館に来な」

 そしてその夜、俺は住宅街を歩いていた。

 もちろん適当にというわけではなく、野犬がでたとされる所を順番に回っている。

 これが真凜に呼び出された理由で、この野犬騒動がExEMがらみだと彼女は見ている。

 そこで調べるためにバイザーがなくてもExEMが見える俺がいるじゃないかと思い出し、何か発見できるんじゃね?的なことで召喚となった訳だ。

 こういう案件のたびに呼び出されるが、常にExEMが見えるわけじゃないと言っても真凜は全く耳を貸さない。放火魔の件も、岩田広樹の件もたまたまだと思うのだけど。

「これからこういう時に毎回駆り出されそうだな」

 と、ぼやいていると次の現場に着いた。

「ここは野犬が出たと通報があった場所です。気をつけてください。ガオー!」

 バイザーにアラートと音声が流れてきて、最後に犬のAR映像が出てきて驚かせていた。周りの家の壁にも注意書きやら怖そうな犬の飛び出すサインがポコポコでてくる。

 ちょっと悪ふざけがすぎるよなあ、と感じながらバイザーを取り外して見渡してみる。

 すでに数ヶ所見てみたけど、何も発見できなかった。ここも何もなしかな? と去ろうとすると、フワッと何かが見えた。

「ん?」

 よく目を凝らしてみるとアビス粒子の残滓のようなものが見えた。でも周りを見てもExEMがいる訳ではない。

 そしてその残滓はある方向へと流れていき消えていった。

 あっちに何かあるのか?

 行っていいものか迷うものの他に方法もなし。とにかくその方角に向かってみよう。


 数分くらいその方角に沿って歩いていると

「蒼炎くーん」

 横の通りから声が聞こえた。

 優璃さんだった。ああ…両手で先日拾った子犬を抱いている。

 子犬は体調も良さそうだし体つきもしっかりしてきたようでモフ度が爆あがりしているじゃないか。ああ、つい触ってみたくなる! いかん、と取り乱しそうになる自分を抑えた。でも、優璃さんに拾ってもらえて本当によかったと、これだけは思う。

「散歩ですか? 今は危ないって真凛さんも言ってたじゃないですか」

「そうなの。わかってるんだけど…」

 優璃さんは少し困った顔をした。

「何かありました?」

「この子、『アッシュ』ってつけたんだけど、このところどうしても外にでたがるのよ」

「外に?」

「ドアを必死にカリカリずっと開けようとするの。だから…」

 その子犬、アッシュの顔を覗き込んで、

「アッシュ、外が好きなのか?」

 アッシュはハッハッって目を輝かせている。かわいいい、モフリたくなる。

「ここまで楽しそうにされるとモフリたく…もとい断りづらいですよね」

 俺は咳払いしながら取り繕った。

「ふふ。そうなの。蒼炎くんは…あ、そうか!」

「あ、気づきました?」

「はい、思い出しました。真凛さんの仕事でしょ?」

「そうなんです。全く人使いが荒いですよ、あの人」

「期待されてるんですよ」

 優璃さんに言われるとそうなのかも、と一瞬思ったが、

「いや、限界までこき使おうとしているとしか思えないですけど。まあそれはいいとして、優璃さんとアッシュだけじゃ心配なんで途中までですが付き添いますよ」

「いいんですか?真凜さんの件は…」

「大丈夫ですよ、実際散歩してるようなものですし」

 そう言うと優璃さんは少しホッとした表情で

「ありがとう、正直ちょっと怖かったから」

「翔夜さんみたいに役には立ちませんけどね」

「そんなことないですよ。いつも頑張ってるじゃないですか。ちゃんと見てますよ」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

 すると優璃さんは少し申し訳なさそうな顔をして

「あの、蒼炎くんに聞きづらいんだけど…」

「はい、何か?」

「さっきからアッシュに目がチラチラ行ってて…抱っことかしたいのかな?って」

「え?!」

 思わず声が上ずってしまった。

「え、えーと分かっちゃいました?」

「はい、とてもわかりやすかったです。それを我慢しているのも…」

「あー、なんか仕草でバレてるのに気づかれるのってカッコ悪いですね…」

「ごめんなさい、そういうつもりじゃなかったんだけど。とても触りたそうだったから」

「アッシュみたいなモフモフの動物に目がなくて」

「あら、そうなの? ちょっと意外かも。だから最初にアッシュに会った時、挙動不審だったのね」

「そんな風に見えてたんですか!?」

「ええ、かなり」

 すごく恥ずかしい。あまりそういう雰囲気をださないようにしていたんだけど。

「もう優璃さんには白状しますけど、動物に目がなくて…あの、ですので抱っこしてもいいですか?」

「ふふ、どうぞ」

 優璃さんからアッシュを抱かせてもらった。あああー、このモフモフ感たまらない。

 ふふふ、とちょっとにやけてしまった。任務中ということを忘れてしばらくモフっていたら、

「本当に好きなんですね。いつもの冷静な感じの蒼炎くんからすると…」

「やっぱり意外ですかね?」

「そうですね。でも動物が好きなのはいいことだと思うけど」

「どうしてもこういうキャラみたいなのでいなきゃってあって。言い出しにくいんです」

「まだ思春期かな? そこは素直になってもいいと思うけど?」

「そうですかね?」

「そうですよ」

 少し気が楽になった気がする。優璃さんに優しく肯定されたのが嬉しかった。

 そのあと、一緒に歩きながら優璃さんとSERClのことでの内緒話とか、一人暮らしをしていて楽しいだとか話していると、次のポイントに到着したことを告げる通知がでた。

「ここなの?野犬が出た場所?」

「そうですね」

 優璃さんを気遣いながら周りに注意を払う。すると、

 居たか。

 アビス粒子ではなく野犬だったが。しかしこちらを襲う気配はない。むしろこちらを誘うように振り向いて歩き去ろうとしてる。これは、誘われてる? 野犬に?

 胡散臭いし、どう見てもろくなことがなさそうだが今日の任務は何か見つける事だった。いま、目の前にいるコイツは『その何か』のような気がする。

 となると心配なのは…

「優璃さん、ここで別れましょう。俺はあの野犬を追います」

「大丈夫なの?深追いすることにならなきゃいいんだけど」

「本当は行きたくないんですけどね。貴重な手がかりですし気になるので」

「一人で行くんですか? 私もーーー」

「ダメですよ。俺は装備を持ってるからまだ何とかできますし」

 ポケットからデバイスとスティックを取り出して優璃さんに見せた。

「それにアッシュを連れては危ないですし、俺だけなら何とかなるかもだけど、優璃さんまで守るのは無理です」

「そ、そうですよね。でしたら蒼炎くんを追いかけてもらうように他のメンバーに連絡しておきます。だから何かあっても助けが向かうまで無茶をしないで」

「さすが敏腕オペレーター。頼りになります」

「褒めても何もでませんけどね」

「あはは。ではお願いします」

 俺は優璃さんと別れて追いかけた。しばらく歩きながら野犬の跡を追って行くと、とある建物の前にきた。かなり古いというか人けがない。長い間手入れがされなくなって放置されていたようだ。

 これってどう考えても怪しいよね。

 というか危ない雰囲気しかしなくてヤバイ。それにーーー

 あの建物からすごい大きくて濃い色のアビス粒子が見えてしまった。

 多分ExEM出るよな、いやあの大きさのアビス粒子だとヤバイの出るな。

「はあー」

 放って置けないからからと言って見つけるんじゃななかった、とすごく後悔し始めた。

 あのアビス粒子の規模、俺じゃどうにかできないな。

『よし、場所は押さえたのでさっさと引き返して他のメンバーに何とかしてもらおう』

 と振り返った矢先にさっきと違う野犬が現れた。見つかったか。

 その野犬からアビス粒子が漏れ出し、周りの風景がどす黒く書き換えられていく。そしてアビス粒子はそのまま大きめの犬を形づくり、ExEMとなった。

 結構大きい、がそれよりもあのすごい立髪にしっぽが蛇の頭になっている。これはーーー。

『個体名 双頭犬オルトロス

 あ、これは知ってる。本来は双頭だったはずだが、頭が一つで良かったかも。2頭に噛みつかれたら無理だし。でもここを逃げるルートは…この双頭犬を通るしかMAPでも出てこない。

「他に方法はなし、か」

 握ったスティックを前に出し、

「アグメンテッド・ヴェールーーー」

 起動しようとしたら横から、後ろから双頭犬と化したExEMがゾロゾロと出てきた。

 囲まれていたんだ…見事に俺はおびき寄せられたわけか。深追いしすぎたか。かなりマズイことになったな。

 ヴェールの展開可能時間は10[#「10」は縦中横]分。ここでヴェールを展開して時間内にあのExEMたちに勝てるかどうかか…また戦っている10分の間に応援がくればいいが。おや? 3人がこっちに向かっている。到着予想時間は5分。

 だが周りを見てると、双頭犬はさらに増えてる気がする。

 あと5分ほど凌げばいいと。耐えられるかな? 俺…。

 少しばかり悩んでいる隙に1頭の双頭犬が襲いかかってきた。噛み付いてきたので咄嗟に手でガードしてしまった。

「あぐっう!」

 すごい力で噛みつかれた。焦って無理矢理引き剥がす。

「!!!!!」

 ヴェールの展開をしていなかったため、腕を見ると噛みつかれた部分の服は裂け、血がドクドクと流れ始める。ものすごく痛い! 本当に怪我をしてしまっている。当たり前のことだったがヴェールを展開していなければ、ExEMからの攻撃で怪我もするし、POSを吸い取られるし、最悪の場合は死ぬこともある。

 しかもかなりの濃度のアビス粒子内にいるために、実際微量だがPOSが吸われ始めている。多少は平気と言ってもこの濃度じゃ保たない。背中は冷や汗でビッショリになっていた。

「本当に命の危険を感じちゃうよ…」

 もう笑える状態ではないし、躊躇っている時間もない。

「AuV《アグメンテッド・ヴェール》起動!」

 一気にヴェールが覆って戦闘スーツを身に纏う。

 このままでは反撃ができない上ただやられるばかりになってしまう。ヴェール展開中であれば痛みはあっても、外傷を追うことはない。ヴェールが守ってくれる。

「やれるところまでやるしかない!」

 怪我をしていない手で銃を握る。たかがあと5分じゃないか!

「さあ、相手してやるよ」

 そこからはもう必死だった。バイザーの回避ルートの沿ってかわすが、想像より連携した攻撃を仕掛けて来るので回避ルートに俺の身体がついていかず全てをかわしきれない。しかも銃をガンガン撃つが狙いを上手く定めることが出来ず、中々当たらず当たっても致命傷にならないようで簡単に倒れない。避けるのに必死で照準を合わせて撃ってられないからだ。牽制程度にしかならない。

 たかだか5分がこんなに長く感じるなんて。前の人形使いの時よりかなり疲れている。一度危険を感じてしまった為に心理的な緊張感が半端なく、身体の消耗が激しくなって、俺はすでに息が上がっていた。腕の痛みでどんどん集中力が削られていくし、四方八方から襲ってくる双頭犬の猛攻でヘトヘトになっていた。

 異常な緊張感が続く中、想像以上の疲労に心が折れそうになってきた。

 結構できるようになってきたと思ってたのにな。

 少し出来ると思っていた自分の思い上がりを反省する。なんだかんだ数打ちゃ当たるで結構な数の双頭犬を倒したはずなのに双頭犬の数は減ったように見えずジリジリとにじり寄られてさらに逃げ場がなくなっていく。

 もう無理かも?と思った瞬間、ガンガンガン!と音がして双頭犬の頭を正確に撃ち抜いていく。

「剛ー、無事かー?」

 翔夜とSERClメンバー2人が気の抜けた声をかけながら走り寄ってくる。こっちはもう少しでやられるところだったんだけど。

「なんとか。ねえ、来るの遅くない?」

 安心からかその場に膝をつく。

「何をいうとんねん。4分30[#「30」は縦中横]秒で現着やで。お前がヘタレすぎ」

「スパルタすぎるよ」

「これぐらいは耐えて欲しいところや、と言いたいけどかなりヤバイよな、これ」

「本当に。すごいアビス粒子濃度だよ」

 呼吸が荒いので途切れ途切れに話す。

「剛にはちょっと早かったかもな。でも次からは特訓内容のハードルあげてこれぐらい余裕になってもらわなあかんな」

「まじか」

 二人は顔を合わせて笑った。疲れはあるが、やっと余裕ができてきた。やっぱり翔夜はすごい。

「さて、と。剛にはもう帰れって言いたいところやけど周りは完全に囲まれとる。あの建物まで行ってこいつら含むExEMを全滅させるしか手はない。もうちょいいけるよな?」

 俺は他のメンバーに怪我した腕を応急処置してもらいながら、

「行くしかないでしょ。今更戻れないし」

「分かって貰えて嬉しいわ。ほないこか!」

 翔夜たちはずんずん前に進んでいく。この3人、前後左右、上からと襲ってくる双頭犬に対して位置を変えながら銃を撃ちまくっていく。

「すごい連携だ」

 素直に感心した。射撃の腕前、各々の位置取りとても滑らかな連携。俺は3人に守られながら進むだけだった。話には聞いていたがこれが翔夜とそのチーム『焔木隊』の実力…翔夜ってソロだと思ったらチームの隊長してるんだったと今更思い出した。

 両手で2丁の銃を撃ちまくっているのが『宮本』さん、全部に目が付いているのかと思うくらい両手の銃でバラバラな方向を撃ち命中させていく。

 もう一人のショットガンを駆使して攻撃しているのが『佐々木』さん、大物なので宮本さんに比べて撃つ玉は少ないが、威力が高く散弾なので1発でまとめて2頭を仕留めたりしていてこちらもすごい。

 連射の宮本さん、豪快な佐々木さんとタイプは違うが腕前はピカイチだ。

『ドラマのアクションをまじかで見ているようだ』

 などと呑気に思えるくらい俺抜きで倒していくーーー

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