六 人形使い

 その夜、剛は岩田邸の横の電信柱の陰にいた。また探偵っぽいことしてるなって、気分がちょっと乗ってきている。ここでアンパンと牛乳があれば完璧なのだが。とりあえずここに来る前に助っ人と合流し、作戦を教えてもらえたので気が楽になった、という程楽にはならなかったが。

「さてと、何とかしてあのExEMを見つけないと」

 人形使い、糸を使って人やモノを操るExEM。本体は強い訳ではないのだが、本体を見せず、何か操って攻撃してくるのが厄介な奴だ。岩田の家を張っていれば見つけられるはずだとずっと監視しているのだが…

「何も動きがない」

 探偵ってこんな地味なことしてるんだ。俺には無理だ。すぐに飽きてしまった。とはいえ、急に『こんばんはー』って家に押しかけるなんてありえないしなあ。

 助っ人はといえば。その辺は『お前にまかす』と投げられてしまい、まじで困ったと考えていたら玄関の扉が開いて男が出てきた。広樹だ。

 バイザーで見てもわかるアビス粒子っぽい糸の束が広樹の全身から上に張っている。じゃあ、糸の上を見れば人形使いがいるはずだ。

「あれ?」

 空を見上げても何もいない。綺麗な夜空が見えるだけ。そんな馬鹿な。

 どうやって隠れているんだろう?と観察していると、広樹は俺のいる場所と反対方向に向かってフラフラと歩いていく。どちらにせよあっちから出てきたのはラッキーだ。あとは被害が起こる前に人形使いを見つけてしまえば。

 後ろからバレないようについていくと広樹は住宅街の小さな公園に入っていく。気づかれないように木の陰に入ろうとすると、

「蒼炎サンですネ? そこニいらっシャルのハ」

 完全に気づかれてる。しかし、その声は広樹の声だが広樹のモノではない。人形使いが話しているのか。元々隠れたままでいるつもりもなかったので広樹の前に姿を現した。

「家を出タ時から気づイテいましたヨ」

 上手く尾行していると思っていたけど、素人じゃこんなもんか。

「バレてないと思ってたんだけどなあ」

「バレバレでしタヨ」

 あれまあ、と笑って見せる。

「デモね、アナタの尾行に気づイタのはこの男のオカゲなのデス。この岩田広樹って男ハとても神経質で常に周りを気にスル奴でね、感が鋭イんですヨ」

「え? どういうことですか?」

「ワレワレが人間かラえねルギーを吸い取ルときにそのニンゲンの記憶ヤ特性モ身につけられルんですヨ」

 確かにあの放火婆さんの時もそうだった。

「この男はネ、いつモ陰で人を使っテ結構危ない仕事をしてイタようでネ。何かあれバ人ヲ身代ワリにして自分ハずっとバレずに上手くヤル狡猾なヤツなのでス」

 人形使いが広樹の記憶を辿って得た内容は、そうして人を隠れみのにやってきたがとうとう会社での失敗を隠すため自分が身代わりにさせられたという事らしい。

「自業自得じゃないか」

「ワタシでもそう思イまス。デモこの男ハそう思わなイ。会社ノ部下ニ騙されタと、ソノ部下を会社ヲ恨みワタシが呼び出されタのでス」

「だから若い男や中年の男を見るとその部下や切り捨てた上司のような気がして無性に襲いたくなると」

 杏奈ちゃんには悪いが、こいつダメなやつだわ。なんか一瞬でも助けようとした俺を殴りたい。

「ふーん。宏樹さんてそんな人だったんだね」

「私ニは楽に人ヲ苦しめらレる狡猾ナこの男ハ便利なんですヨ」

 さすが広樹から出てきたExEM。だから人形使いなのか。

「私ハそういうヒドイ存在だヨ。コノ男の思考ハ人間社会ではおかしいカモしれないガ、ワタシからすれば彼は自分の欲望ニ正直だと思うヨ」

 そりゃ元が同じだもんな。自分で自分を否定しないよな。でも知りたい疑問はそこじゃない。

「そう。俺はあなたがたの価値観に興味はないです。単刀直入に言えば、『お前の本体今どこにいるのか』が知りたい」

 宏樹は表情を変え、殺気だった顔を一瞬向けたがすぐに笑顔に戻り

「ソレを素直ニ教えるとデモ思いましたカ?」

「俺なら教えないね」

「そうイウことでス」

 広樹人形使いは手に木刀を持っていた。

「コノままヤラれてくださイ」

 広樹は木刀で襲ってきた。俺はExEM用のスティックだけ。これじゃ受けられないから躱すしかない。鋭い太刀筋で何度も攻撃をしてくるが俺はひょいひょいとかわしていく。

 先日の蜘蛛女と戦った翔夜の動き。あの流れるような動きをかなり練習したのだ。ただ身体は動けても俺程度では見切れる訳じゃない。AIに攻撃予測をさせて先読みしている状態で動いているのだ。

「練習した甲斐があった」

「ほ、ナカナカできますネ。ではコレならどうですカ?」

 公園の外から木刀を持った男が2人現れた。なるほど、こうやって広樹と暴行犯を同時に操っていたのか。しかし3人も同時に動かせるなんて。

「卑怯だね、3人がかりなんて」

「極上ノ褒め言葉ですヨ。さて、コレであなたモ終わりでショウから最後にワタシの質問に答えてイタダケますカ?」

「質問によるけどね」

「私ガ聞きたカッタのは、『どうして私が違う人間だと気づいたか?』ですよ」

「特殊体質、だよ」

「体質トハ都合のいい理由ですガ、ソレで私ニ気づくモノですかネ? 最近、ワレワレのように上手く存在を消しテいるナカマを倒しているモノを感じていてネ。疑問に思ってイタのでス」

 あー、これは俺のことを指しているな。結構ExEMの間では有名になりつつあったのかな? ExEMが情報共有をするなんて聞いたことないが。ここは誤魔化すに越したことはなさそうだ。

「あなたたちを見分けるコレのおかげですよ」

 俺はバイザーを指差しながら答えた。

「それデ見えるノですカ? ニンゲンもイロイロと考えルものですネ。次カラは気をつけるトしまショウ」

「次なんてありませんよ。ここで終わらせますから」

「キミだけデ勝てルのですカ?」

 男3人が同時に襲いかかってくる。俺は予測された回避ポイントに合わせて交わし続ける。でも連続で絶え間なく続く攻撃に少しずつ息が上がってきて広樹の木刀が頬をかすめた。さすがに3人はきついなあ。と思っているとバイザーに通知が入った。

『大体の居所が分かった。あと少し耐えろ』

 やっとか! まあいいや。ここからが俺の頑張りどころだな。

「アグメンテッド・ヴェール起動!」

 スティックを剣に変えて構える。当然、これじゃ木刀は受けられない。狙うのは…

「はあっ!」

 俺は男の手の上あたりを狙って剣を横に薙ぎ払った。プツンとした感触を感じ、男の手を見るとブランと下がっていた。俺の狙いはアビス粒子らしき糸だった。操る糸を切ってしまえば動きが止まる、と助っ人から聞いていたのだ。

「?!」

 広樹を含む男たちは動揺の姿を見せ、一気にまとめて攻撃してきた。でも俺はAIに効率よく糸を切れるルートを予測させその通りに動いて見せた。結構ギリギリのルートばかりで危なかったが。

 プツプツプツッと糸が切れていく感触。男たちは糸が切れた人形のように地面に崩れ落ちた。

「綺麗にキマったね」

 男たちは糸の繋がった頭と身体をガタガタ揺らして地面をのたうち回っている。もう手足の糸がないから動きようがないだろう。しかしその内に暴れるのが収まった。

「ククク…やりますネ。ココまでやられるとハ。今日のところはココで引くクことにしまス。マタ会いまショウ」

 全ての糸が消えた。人形使いが逃げようとしている。まずい!そう剛が思った瞬間、


 パンッ!


 空で乾いた音が響き渡る。

「お?やったか?」

 10[#「10」は縦中横]数秒たったころ、空から人形の首のようなものが地面に落ちてきた。その首は地面に落ちるとそのまま地面に消えてしまった。

「やー、ちゃんと仕留められたよ」

 遠くから人が近づいてきた。

「もうちょっとで逃げられるところでしたよ、ロンさん」

「そんな訳ないよ。ちゃんと見極めてやったんだから。しっかり仕留めたんだからいいじゃない」

「こっちはかすり傷程度だったとはいえ、なかなかハードでしたよ」

「いやいや、こっちも見つけるの大変だったんだよ?」

 実際、話を聞いたらそんなところにいたの?って思ったくらい遠くだった。実際、人形使いがどこにいたのか? それは遥か空の彼方、成層圏近い上空にいた。もはや肉眼で見えるわけない。

「そんなのどうやって見つけられたんですか?」

 ここからが作戦の話になるのだが、1人の糸では上を辿るにしても位置がわかりづらい。だから2人以上人形使いの糸を出させてその糸の交わる点で本体を探す、という龍さんの作戦を聞いて、俺は広樹の攻撃をかわし、2人以上の操り人形を繰り出させて龍さんはその間に本体の位置を割り出す、ということをしていたのだ。

 しかし成層圏近い上空をどうやって?

「それは俺の武装のおかげだよ」

 龍さんの武装はAWM《Arctic Warfare Magnum》というライフル。だがそれにつけてるスコープがスティックを使用した特別なスコープ。龍さんはライフルとスコープにスティックを使っていた。これの組み合わせで使うとどんなところにいるExEMも見えるし、狙撃もできてしまうそうだ。ただ遠くになればなるほどちょっとの誤差が大きいズレになるので事前に正確なあたりをつけないと大変らしく、それで先の作戦となったのだ。

「上手くいってよかったですよ」

 スコープの精度もすごいが超々長距離での狙撃を成功させる腕前。ちょっとおかしいでしょ?と思ってしまうが。元は軍隊とかの経験者なのかも。それでもあの距離は普通あり得ないだろうが…。

「これで仕事は終わりましたね」

 龍は宏樹を抱えて公園のベンチに寝かせていた。

「このまま放置しますか?」

「そうだね。どうして?」

「いや、暴行事件の関係者だから警察に通報とかするのかなあと」

「私がかい? 私たちの仕事はExEMを倒すことだけだよ」

 なかなかドライだけどもっともな意見だ。

「それにね、警察に言ったところで証明ができないよ。広樹さんに証拠がないもの」

 そうだった。今回はたまたま俺が見つけることができただけだし。被害を受けた人には悪いがどうしようもないか。いや、個別に犯人は見つかっているが、それも違うんだけど。うーん、結局全てはExEMが悪いんだよな。いや、やっぱりExEMを生み出した広樹が悪いな、あいつかなり酷い奴だって分かったし。とはいえ、事件としては釈然とはしないがこれ以上被害が出ることもないから解決になるんだろう。

『まあ、杏奈ちゃんもこれで心配しなくてすむだろう』


 1ヶ月後、杏奈ちゃんが引っ越したと真凛から連絡があった。

 あれから宏樹は目を醒ましてから何か憑き物が落ちたかのように人が変わったらしい。そして自分のやった数々の事に罪悪感を感じてしまったのだとか。

 ExEMによって体調が悪化していたし、会社でのやってきたこともバレてしまったので責任を取る形で会社を辞職。その後、悪化した体調を癒やすため養生しやすい環境を求め、心機一転と引っ越しを決め、住所を移してしまったらしい。

『杏奈ちゃんならどこへ行っても望みの大学にいけるだろう』

 引っ越してしまったことは残念だし、岩田家にとっては社会的なことを含めて大変なことになってしまったとは思うが、広樹本人もこれからは真面目にやっていくと話していたみたいだし結果としては良かった、と思いたい。

「よし、俺も溜まったレポート提出しないと」

 人に教えている場合ではなかったと、PCに溜まった提出予定のレポートのスケジュールと睨めっこしながら勉強を始めた。


 広い工場跡のような壊れそうな建物の中ーーー

『ズット狭イトコロニ閉ジ込メラレテ辛イヨ、暗イヨ、寂シイヨ』

『オ腹ガ減ッタヨ』

『ズット寝テバカリデ身体ガ痛イヨ』

『モウ怖イヨ』

 ひとつだけじゃない、沢山の恐怖や不安の感情が建物内に溢れてかえっている。

「ふふっ、コレだけの規模は珍しいね」

 暗闇に現れた何かが建物内をみてつぶやいた。

 フード付きのパーカーをすっぽりとかぶり、顔はわからない。

 だが小柄だが真っ黒なその存在は、ただの人ではないアビス粒子が吹き出ている。

「これなら楽しい事が起こせそうだ」

 フードの奥の顔は微笑んでいる。

 とても邪悪なその笑顔は見るものの表情を引き攣らせるだろう。

 やはり単なる人ではない、そうでなくてはこの表情を作ることはできない。

「コレならあの子たちと楽しく遊べそう」

 不安の感情がアビス粒子となり、そのパーカーの者の周りにどんどんと集まり凝縮していく。

「さあ、そろそろパーティを始めようかあ!」

 建物内に暗い笑い声が響き渡り、その姿の周りからどす黒い煙のようなものが立ち始めて建物内を埋め尽くしていった。

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