ヴェール3 騒動の始まり

 あれから週に数回呼び出されてはバイト《MaW狩り》をやっている。

 とは言っても前の放火魔のようなヤバイ仕事ではなく(後で聞いたが人型との戦闘はかなり危ない部類だったらしい)、カラスやヘビといった動物型の退治をやっている。

 動物などは知能が低いので取り憑きやすいため、街に湧きやすい。ただその分MaWの出来ることも限られてくるので難易度は低いのだが。

 そんな訳でちょいちょい呼ばれては小遣い稼ぎをしている。

 今回の『お仕事』は民家の集合ゴミ捨て場を荒らす奴がいて、人を襲うこともあるらしくMaWではないか?と市から依頼があった。

 SERClって市から依頼を受けたりもするの?という多少の驚きと、行政とも繋がっているということにどんな組織なんだ?と疑問も湧くのだが、割りのいいバイト代ではあったのでそれ以上知ることは厄介ごとにしかならないと気にしないことにした。


 見つけた、あれかあ。

 カラス。狩るのに手間取りそうだ。やれやれといった気持ちはさておき準備に取り掛かる。

「アーグメンテッド・ヴェール起動」

 このプログラムを起動すると半径10mほどの広さの特殊なフィールドがARプログラム上に被せるように形成される。このフィールド内であればSERClメンバーは武装しMaWと戦うことが出来る。だから最初にMaWの周囲を取り囲む。また特殊な力場が発生するため外に戦闘時の音は洩れないし、姿なども認識しにくくなるとのこと。だから安心して暴れて問題ない、らしい。

 ということなので、早速その中でーーー

「スリングショット《ゴムパチンコ》」

 メンバーはそれぞれアクリル製のスティックを持っていて、スティックを触媒として様々な武器を生成している。俺が今回選んだ武器はゴムで金属球を飛ばすもの。だから金属の球をゴムで引っ張って、撃つ!

 球はカラスの翼にパチン!と当たる。でもダメージにはならずそのまま飛び回って俺を攻撃する機会を伺っている。

 本来、このヴェール内ではイメージ次第でどのような武器も生成できる、銃とかも。

 ただそれには構造から含めた強いイメージ力が必要かだ。俺にはその手の才能が皆無で唯一できたのがスリングショットだった。

 俺がイメージ出来ただけあって命中率は良いのだがとにかく殺傷力が低い。翼くらいじゃ怯みもしない。せめて頭に当てないと。

「カァー!」

 カラスはチャンスと見て俺に向かって急降下してきた。

 間近に来るとカラスって案外大きいとわかる。

「うわっ」

 思わず怯んで顔を覆った手に嘴が当たる。

 ヴェール内では攻撃を食らっても直接外傷にはならない。だけど…

『オレノナワバリダ!キエロ!』

『ハラガヘッタ!』

『ニンゲンガジャマダ!』

 カラスのマイナスの思念ってのが俺の脳に流れ込んできてものすごい頭痛が襲ってくる。これがMaWと戦う時のダメージ。

「くっ」

 今は何とか我慢して飛び去る背中に一発当てる!

 カラスは背後の攻撃に驚いたようで逃げようとし始めた。こういうところは賢い。

 一度取り囲んでしまえば、ヴェール外に出ることはできない。でも逃げられると探すのに手間取るのとヴェールには30分という制限時間がある。それ以上ヴェールを使い続けるとプログラム起動に使ったデヴァイスが熱暴走で爆発してしまうので強制終了するセーフティが設けられているのだ。そして再起動には1時間というクールタイムを待たないといけない。ここで決着をつけないと、と思った瞬間に横から矢が飛んできてカラスの頭を撃ち抜いた!

「まだまだ甘いなあ」

 屋根の上から聞こえたのは翔夜の声。その手は弓を携えており、それが放った矢による攻撃だった。古風な武器を使うなあと思いつつもその威力に感心したものの、

「悪いね。パチンコ玉なもので」

「球の問題やないんやけどなあ」

 屋根からヒラリと飛び降りてきた身軽さに『おおっ』と思ったものの翔夜はさらに言いたそうだったので、

「とりあえずありがとう」

 言葉を遮ってやった。なぜか少しばかり悔しくてそれ以上聞きたくなかった。

 SERClとして先輩なのはわかっているんだけど、同じくらいの年齢なのにそのあまりの戦闘技術の差が単なる経験だけじゃない、と思わされるのが癪に障る。

「気にすんな。たまたまヴェールが見えたさかいな」

「そうなんだ」


 すると翔夜は突然思い出したかのように

「今更やけど剛って普段何してるん? 学生か?」

「そうだよ。紙名工科大学KITなんだ」

「おおっ!めっちゃかしこやん。なんでそれで構造が苦手やねん」

「文系なもので」

「それはちゃうやろ」

「とにかく苦手なんだよ」

 珍しく感情を出して不貞腐れる俺を見て翔夜は楽しそうだった。ただ翔夜とのこういうやり取りには悪意がなく、ただ思ったままを素直に話しているだけなので怒る訳にもいかないし、実際怒るほど腹も立たない。

 得だよな、翔夜って。

「まあ、これで仕事は完了や。気ぃつけて帰り」

「ああ、そうするよ」



 広い工場跡のような壊れそうな建物の中。

『ずっと狭いところに閉じ込められて辛いよ、暗いよ、寂しいよ』

『お腹が減ったよ、ご飯食べたいよ』

『ずっと寝てばかりで身体が痛いよ』

『もう怖いよ』

 ひとつだけじゃない、沢山の恐怖や不安の感情が建物内に溢れてかえっている。


「ふふっ、これだけの規模は珍しいね」

 暗闇に現れた何かが建物内をみてつぶやいた。真っ黒なその姿は人の形をしているが、その雰囲気が人ではないと告げている。

「これなら楽しい事が起こせそうだよ」

 その何かは微笑んでいる。とても邪悪なその笑顔は見るものの表情を引き攣らせるだろう。やはり人ではない、単なる人ではこの表情を作ることはできないと改めてわかる。

「さあ、そろそろパーティを始めようかなあ」

 建物内に暗い笑い声が響き渡り、その姿の周りからどす黒い煙のようなものが立ち始めて建物内を埋め尽くしていった。

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