アーグメンテッド・ヴェール

@KumaandTora

ヴェール1 黒炎と出会い

 京都府 紙名市かみなし。製紙工業が盛んな小さな田舎町だったのが5年ほど前、現市長が「ここを世界で最も進んだ街にする」といきなり宣言、どのような人脈からか世界中のIT、デジタル関連の企業を誘致に成功、さらに街そのものを実験都市として現時点で最高のインフラを整備・開発してしまい、世界でも有数のITタウンとして有名になった。

 その後、世界からあらゆる技術者や開発者が集まりだし、その街の魅力に魅せられた若者が増えていきこの5年で人口が5割も増えた事で「最先端の町おこし」と注目を集めるまでになったーーー


「こんなのどかな所がデジタル機器に囲まれた街だなんて今でも信じられないな」

 新歓コンパの帰りに酔い覚ましに歩きながら「僕」は思った。桜もすでに散って日中は暖かくなったものの夜はまだまだ肌寒い。ゆるっとした風が頬に心地よい。

 今見える肉眼の世界は単なる街の風景が見えている。ちょっと様々な掲示板が電光表示になっているもののよくある住宅街の景色。そこに最先端の街の面影はない。

 

 しかしARグラスを通してこの街を見ると違った景色が見えてくる。

 紙名市民なら誰でも持つことができるこのデヴァイスをかけると、ただの普通の建物やビルがネオンが煌めき色鮮やかに点滅して見た目を楽しませ、派手なドラゴンの飾り物のついた入り口ではそのドラゴンがたまに炎を吐いたりして驚かせてくれる。空はキラキラ下広告のついた飛行船や妖精が飛び交い、家々も個性豊かな装飾によって雰囲気が変わる。

 ARーAugmented Realityによって拡張された世界ーーそれが紙名市のもう一つの世界。バーチャルではなく、あくまで実体が拡張されたもので街ごと行われているのは世界でもここだけ。最初はこんな事できるはずがない、失敗するとまで言われていたが今やこの拡張現実に魅入られる人は多い。また最高峰のAIを活用した様々なサービスによって得られる未来的なライフスタイルにも魅了され人が多く移住したことが人口増加の原因と言われている。ITによる町おこしと言われる所以だーー。


 そして、街全体がARで拡張されたことで出来た新たな娯楽。特に有名なのがーー

「現れた!」

 ドロドロとした粘着質の塊、スライムと言われるもの。アプリ「エテリアル・ワールド」に出てくるモンスターだ。このアプリはAR内で様々なことができるものでこのようなRPG的なモンスターを倒して遊んだり、モンスターをテイムしてペットのように

飼ったり、また建物の外観を変えたりも出来たりとこの街を楽しんだりするための基本的なツールとなっている。

 もちろん課金などの要素もあるが街が運営するアプリなのでそれはいわゆる税金となっていて、結果、市民生活に還元されてサービス向上にとつながっているらしい。ちなみに僕は無課金勢だが。


 家にさっさと帰りたいがせっかくなのでスライムを倒そう。スマホを取り出してアプリをタップするとスマホが鋭利な剣に変わった。

「ふんっ!」

 一振りでスライムが塵になる。まあ初級のモンスターだし、僕はそこそこやりこんでるので瞬殺だった。モンスターの跡にはコインがドロップした。このコインはゲーム中の通貨として使えるだけでなく紙名市でキャッシュとしても使えるものだ。これだけで生活してる人もいるとかいないとか。。。

  

 歩きながらいつものルートの神社を通り過ぎようとした時動く人のようなものが見えた。手に炎らしきものを持っている。ゴブリンの表示とステータスが現れたので何気に近寄ってみるとARの画像がとこどころ途切れてぶれ始める。

 おや?と思いグラスを外してみるとそこにリアルな人がいた。


 ARはあくまでAR。リアルな人に対して仮想の世界といえどもモンスターの表示が出るのは変だ。プログラムのバグかな? とはいえ急にリアルに人が現れたので背筋がゾクッとして思わず引いた。しかもその男の手が火で燃えてるーー!

 え、何々?! こんな夜に火を持ってヤバい人なの? 放火!?

 たじろぎつつ男の目を見るとその目が赤く光っていた。背中からドバッと冷や汗が出て止まらなくなった。どうしたらいい? 火を消す? いやいや、ダッシュで逃げるべき?

 こっちの動揺に気づいてか男は火のついた手をこっちに向けて寄ってきたーー。

 全身鳥肌が立ってすくみかけたが何とか自分の手で顔面に触れようとした男の手を弾いた。

「あっつぅ!」

 服に火はつかなかったものの熱い! 本物だ。シャレにならないと思っていると男はもう片方の手にも火、というか炎と呼べるものに包まれている。

『ひとつじゃない! しかも熱くないのか?!』

 そんなことで考えている間に男は炎を投げつけてきた。

『あ、当たる』

 駄目だと目をつぶった瞬間、

「空間のエアウォール!」

 その声と共に何かがぶつかった音。そっと目を開けると目の前で炎が止まっている。何か見えない壁のようなものが炎から守ってくれたようだ。


「大丈夫か? ギリセーフやなあ」

 後ろの電信柱から人が出てきた。暗がりでよく見えないが、背の高い男のようだ。

「その炎に当たるな。ーーー抜かれるぞ」

 抜かれる?何が抜かれるのかわからないがヤバいことはわかった。

「来るぞ! 避けろや!」

 炎男は両手に炎を出して連続してなげつけてきた。助けてくれた長身の男はすっすっと炎をかわす。僕はといえば急に言われて上手くできるはずもなく、あたふたしながらかろうじてかわしていた。

「今や!」

 長身の男はかわしながら炎の男と距離を詰めていくーーーと、炎の男を中心に風、というか衝撃の波が吹き付けた!

 思わず目を瞑ってうっすらと目を開けてみると周りの風景がどす黒く禍々しい炎の壁に取り囲まれていた。青や紫色の炎。熱さも感じない。が、どこか幻想的なのに薄気味悪い輝きを放ち揺らめいている。でもその揺らめく姿に感覚的にゾクっとした気味悪さを感じ、身体中からせっかく落ち着いていた冷や汗がまたふき出てきて悪寒が走った。

「ちいっ!実体化してしもたか!」

 長身の男は僕の手を取って炎の男から離れたところに無理やり移動させ話し始める。

「もうこの場からは逃げられへんようなった。でもなんとかしたるわ」

「なんとかって?」

「まあ、見ときぃや。結構おもろいで」

 そう言った途端に炎の男から青い炎を形をしたものがゆっくりと抜け出ていく。そして手のようなものが迫り出してきてその上に頭のようなものが形造り出しーー

 『ニヤリ』

 とその顔が笑った。あまりの気持ちの悪い笑いにビクッとして身体が動かなくなった。

「これが拡張現実の実体化現象。こうなるとあの男もどうにもならん、おしまいや。討伐するしかない。ってお前金縛りになっとるやんか。」

 そう言ってトンと肩を叩かれると身体が軽くなって緊張が解けた。ふううう、息をゆっくりと吐き出して、

「ごめん、目の前のことでいっぱいいっぱいなんだけど」

「あー、あれは人とか生き物に憑いたりする怨念の集合体みたいなもんやな。取り憑かれてるうちはまだええねんけど、その怨念が実体化したらああなる」

「討伐とか言ってたけど」

「そうやな、狩るしか無くなる」

 殺すってこと? あの男ごと? と考えていると長身の男は腰の後ろから透明の棒を取り出して炎の化物になった男に向けた。

「権限せよ、炎のヒノカグツチ

 そう長身の男が呟くと、透明の棒を炎が纏い剣の姿を形作っていく…

「さあ、本当の炎ってやつを見せたるわ」


 炎の剣を向けられた炎の化物はその神々しい炎を恍惚と見つめている。

「ヒ、ヒヒッ! なんて綺麗な炎だぁぁ。昔に放火にあった隣の家を思い出すヨォ。あの時恐怖よりも美しさに感動したんだぁ。」

 炎の化物がボソボソと呟き続ける。

「後でヨォもっと見たくなって自分で火をつけ始めたんダァ。でもね、炎が美しくないんだよぉ。だからあの…」

「感動をもう一度って次々に放火をしたと。くだらねえ、挙句に取り憑かれてちゃ救えねえな」

 長身の男は剣を上段に構え、

「お前のいう綺麗な炎を見せたるからそのまま消えろ…」

 剣を振り下ろすと、きっ先から極彩色の炎が吹き出し化物は炎に包まれた。

「ああっ! なんて綺麗な炎! やっと、やっと見れたぁぁぁ…」

 化物はその場でうずくまり倒れた。姿は元に戻っていた。

「おっ、戻ったか。この男ツイてるわ、憑かれただけに」

 なんか笑えないなあ。

「おい、シーンとすんなや。これで浄化完了なんやで」

 長身の男は倒れた元炎の男に近づいていき、ポケットから出したマジックて額に何かを書いている。

『私が噂の放火魔です。ごめんなさい』

 ぶふぅ! 思わず吹き出してしまった、字の汚さに。

「読みにくい」

「うっさいわ! わかったらええねん、わかったら」

 2回も言った。まあ、確かにわかればいいんだけどさ。

「さて、とワシの仕事は片付いた。あとは…」

「僕のこと、かな?」

「せや、正直この仕事を人に見られたくないねんなぁ」

 さっき見とけって言ったくせに。でもなんかすごい技みたいなの使ってたしなあ。秘密だったのかな? 裏の仕事? だったら現場を見た者は消されるって展開?

「そんな困った顔すんな。別にマンガみたいに目撃者は消すみたいなことせえへんわ」

「そう」

「それに気になることもあるしな」

 どういうことだろう? この事件のこと? それとも俺?

「今日は遅いから帰ろか。明日、時間空けれるか? 駅前の『占いの館 マリン』まで来てくれへん? そこで話をしよか」

「え、ちょっと…」

「じゃ、おやすみなー。って忘れてた! ワシは翔夜、焰木 翔夜ほのき しょうやや」

「あ、俺は蒼炎 そうえん つよし

「じゃあな、剛」

 そのまま翔夜は去っていった。

 どう考えてもいい話にはならない、かといってこのまま逃げるってのは無理だよなあ。

「はぁぁ」

 大きなため息をつきながら家に向かって歩き始めた。

 仕方ない。なんか色々と見たことないことだらけで考えたくない。明日行って話を聞いてから考えよう。すっかり酔いが覚めたよ…

 疲れと、憂鬱さで家路への足取りは重かった。

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