勇者祭 15 泥棒と達人

牧野三河

第一章 泥棒稼業

第1話 泥棒稼業・1 出発


 翌朝。


 庭で素振りをしていると、がらっと玄関を開ける音がした。


「おはようございます! マツイでございます!」


 トモヤだ。

 マサヒデは袖で顔の汗を拭きながら、庭から玄関に回り、


「おう、早いではないか」


「おお、マサヒデ殿ではござらぬか。昨日はご活躍であったらしいの?

 アルマダ殿から聞いたぞ。不逞の輩を退治したとか」


「ううむ、不逞の輩・・・ではあるが・・・まあ、そんな所だ」


 トモヤはマサヒデの変な顔を見て、


「なんじゃ、なんぞあったのか?」


「まあ、道々話そう」


「ふうん」


「縁側に来い。着替えるまで、待っておってくれるか」


「む。分かった」


 2人で縁側に回り、トモヤを座らせた。

 一緒に素振りをしていたカオルとシズクを見ながら、


「おう、鬼娘殿もカオル殿も、朝から精が出るの」


「おはよ」


「おはようございます」


 マサヒデはそのまま上がり、奥に行って着替える。

 紐の束を持って、戻って庭に下りた。


「カオルさん。シズクさん。行ってきます」


「は」


「行ってらっしゃーい」


「さ、トモヤ、行くぞ」


「おう! 馬車か。楽しみじゃの!」


 と、2人は門を出て行った。



----------



 朝の通りを歩きながら、この町も随分と落ち着いてきたな、と感じる。

 魔の国から遠いオリネオでは、もう勇者祭の参加者もほとんど居なくなったろう。


「で、マサヒデよ。何があった?」


「うむ。アルマダさんから聞いておろう。屋敷から、不逞の輩を追い払った」


「おう」


「で、その後、屋敷の中をうろついておったら、ちと高い物が出て来た」


「ほう? お宝が出て来たか。どんな物じゃ?」


「刀だ。とんでもない物がな」


「とんでもない? カゲミツ様が持っておるような物か?」


「そんな所だ。売れば、一生は楽に暮らせるくらいの額の物がな。

 まあ、国宝になるくらいの物だ。研ぎ上がらねば分からんが、間違いあるまい」


「何、国宝じゃと!? ううむ・・・それはそれは。で?」


「まあ、頂いて来てしまったのだが」


 トモヤはにやにやとマサヒデを見て、


「わははは! お主、ついに泥棒に手を染めたか!」


「いや、同心の方が同行しておってな。

 見なかった事にするから、好きなだけ持って行って良いとな」


「なら良かったではないか。なんぞあるのか?」


「出て来た物が高額すぎる。錆びついておったから、研ぎに出したが・・・

 そんな物が出て来たとなれば、町中に知れてしまうであろう。

 見なかった事にする、と言うてくれた同心の方も、下手をするとお縄だ」


「ううむ、まあ、国宝というくらいなら、確かにそうじゃろうな」


「でだ。ここで、屋敷から出た事にするのではなく、その不逞の輩が持っていた、という事にしたわけだ。それなら問題なかろう。勇者祭の者だからな」


「何? それなら問題ないのか?」


「ない。荷を盗んで相手を弱らせるのも、手の内という訳だ。

 複数の組で襲いさえしなければ、大体は何をしても良い、というのが規則だ。

 お前だって、将棋で金をふんだくったではないか」


「そうじゃな。では一件落着ではないか」


「いや・・・その、斬った者の持ち物にしてしまう、というのがな。

 死人に口無しではないか。やむを得ず納得はした。したが、俺は気に入らん」


「ははは! トミヤス様も腑抜けたの! わははは!」


 と、トモヤが大声で大声で笑い出した。


「お主、ワシに稽古した時を忘れたか。何をしても、と言うておったではないか」


「む・・・」


「とんでもない物を盗もうが、それを死人のせいにしようが、それも手の内じゃ。

 どうじゃ! 違うか!?」


 び、とトモヤがマサヒデに指を差した。

 マサヒデはそっぽを向いて、大声を上げた。


「そうだ! その通りだ! だが、そのような手は、俺は気に食わん!」


 通りを歩く町人が、驚いてマサヒデの方を向く。


「ははは! 子供のように駄々をこねるな!」


「駄々をこねるな!?」


 マサヒデがそっぽを向いた顔を「ば!」とトモヤに向け、睨み返す。


「そうじゃ。手の内と分かっておって、気に食わんから嫌じゃなどと。

 子供が駄々をこねておるのと、同じではないか? んん?」


「くっ・・・」


「わははは! 認めろ認めろ! マサヒデ殿はまだまだ子供よ!

 トミヤスの神童様と呼ばれても、所詮、童は童じゃったという事よ!」


 きりきりとマサヒデが歯噛みする。


「何なら、カゲミツ様に手紙でも出して聞いてみたらどうじゃ。

 良くやったと褒めてくれると思うがの」


「・・・」


「カゲミツ様が憚れるなら、コヒョウエの爺様に聞いてみてはどうじゃ?

 聞いたぞ、あの爺様、カゲミツ様のお師匠様であったのじゃろう?」


 マサヒデがそっぽを向いたまま、大声を上げ、


「聞かずとも、どう返事が来るか分かっておる!

 だが、だが・・・死人の物にしてしまうなど・・・」


「ならば、よく弔ってやることじゃの。

 立派な墓でも立てて、墓に土下座でもせい」


「・・・」


「一度、カゲミツ様かコヒョウエの爺様に話してみい。

 どう返事が来るか分かっておっても、気分はすっきりするかもしれんぞ」


「・・・」


「今日だって、本を盗みに行くのじゃろうが。

 値が違うだけで、やっておる事は変わらんわ。違うかの?」


「違う。盗みという所ではない。俺が気に食わんのは、死人を使う所だ」


 はあー、とトモヤは溜め息をつき、


「全く・・・卑怯で上等、どんな手を使っても、勝つ事が正義。

 それがトミヤス流であろうが。違ったかの?」


「その通りだ」


「お主、本当にトミヤス流か?

 アルマダ殿に話してみい。ワシと同じ事を言うと思うがの」


「で、あろうな」


「ならば、死人を使おうが問題なかろうが。

 お主は国宝にもなろう刀をもらう。同心殿は助かる。万事解決じゃの。

 では、お主の言うておる事は、子供の駄々じゃ。どうじゃ、違うか」


「く・・・違わぬ・・・」


 俯いたマサヒデを見て、げらげらとトモヤが笑い出し、


「ははは! まだまだ修行不足じゃの!」


「むう・・・」



----------



 厩舎に着くと、馬屋が飼葉を運んでいた。


「おはようございます」


 と声を掛けると、どさっと飼葉の束を下ろし、マサヒデの方を向いて、


「おお、これはトミヤス様、おはようございます」


「今日は、沢山の荷物を運ぶ用事が出来ましてね。

 折角ですので、この馬車を試してみたいと思いまして」


「おっ! 走らせますか!」


「ええ。黒影を出してもらえますか」


「勿論ですとも! 少しお待ち下せえ。すぐ繋ぎますんで」


 小走りで馬屋が厩舎に駆けて行き、少しして、黒影が出された。

 トモヤは黒影を見て、


「お、おお・・・聞いてはおったが、本当にでかいの・・・」


 と、驚いた声を出した。

 馬車を繋ぐ馬具を着けた黒影が馬車まで連れて行かれ、轅(ながえ)が繋がれる。

 ぐ、ぐ、と馬屋が繋がれた部分を確認して、


「よし! ささ、こちらに来て、ご確認下せえ」


 と、馬屋が馬車の下を覗き込む。

 マサヒデとトモヤも下を覗き込む。


「ん?」


 下から覗くと、車軸の上に普通の1本の車軸のような棒がある。

 丸くはなく、四角い横柱だ。


「この上の棒は?」


「こういうのが横に入ってねえと、真ん中の板が抜けちまうでしょう」


「あ、確かにそうですね」


「で、これが噂の車軸ですな。

 左右が分かれてると、普通は重さに耐えられなくて、がったん!

 車軸が傾いて、乗っけてる所が落ちちまう」


「ですね」


「で、ここ。この金具がキモなんですなあ」


 馬屋が奥にぐっと身体を入れて、車軸が入っている金具を指差す。

 筒のような形の金具が着いていて、そこに車軸の縦の部分が入っている。

 随分と分厚い鉄だ。

 下の横の棒と荷台い隙間が空いているのは、間にバネが入っているからだ。


「ぐっと重さがかかって、この車軸が斜めになっちまうと、荷台が落ちる。

 そこで、斜めになるのを、この奥の金具が止めてる訳です」


「なるほど。それでこの金具はこんなに頑丈に作られてる訳ですね」


「で、さらにですよ・・・」


 ごそ、と馬屋が身体を外に出し、縦になっている部分を指差す。

 筒のような物の中に、縦の部分が入っている。


「いくら鉄で出来てるからって、重いもんずっと乗せてたら傾く。曲がっちまう。

 そこを、この金具で押さえて、曲がらねえようにしてる訳です」


「へえ・・・む、ちょっと待って下さい。

 これ、筒じゃないですか。車軸を変える時はどうするんです」


「へっへっへ。ここ見て下せえ。取っ手があるでしょう」


「あ! もしかして!」


「そう! ここを持ってくるりと回すと、開くんですなあ。

 すると、すぽんと車軸が抜けるって訳でさ」


「ううむ・・・良く考えられている・・・」


「荷馬車なんかにバネ付きなんて、こいつだけですよ。

 さあさ、乗り心地を試して見て下せえ。

 トミヤス様、是非とも、後で感想をお聞かせ下さい」


「勿論ですとも! さ、トモヤ!」


「おう!」


 御者台にトモヤが乗り、マサヒデが後ろから乗り込む。


「行くぞ! ははは!」


 ぱしん! とトモヤが鞭を入れると、黒影が歩き出した。

 がらがらと馬車が動き出す。


「行ってらっしゃいませー!」


 後ろで馬屋が大きな声で挨拶をし、


「行ってきます!」


 とマサヒデも顔を出して手を振った。

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