第二章 おかしな研師

第9話 橋の上の者


 冒険者ギルト、食堂。


 馬屋に黒影と馬車を持って行き、マサヒデとトモヤは飯をがっつく。


「のうマサヒデよ。これで本は良し。刀も良し。此度は一件落着じゃろう」


「うむ」


「でだ。また馬車の出番があるかもしれん話があるが、聞きたくないか。

 相手は勇者祭の参加者じゃ」


 また斬るかもしれないのか。

 いやだな、と、口に出そうになったが、ぐっと飲み込んだ。

 旅に出れば自然とそうなるのだ。

 お前は武術家か? と、マサヒデは自分が情けなくなった。


 最初は偉そうにトモヤに対して人を斬る、斬られるなどと言っていたが、実際に人を斬ってしまうと、こうも腰が引けてしまうとは思わなかった。

 だが、これに慣れたくはないものだ。


「ううむ・・・まあ、聞くだけは聞こう」


「そこの街道を進んだ先、橋があるのじゃがな。その上で・・・

 と、読売で見ておらぬか?」


「読売か。そう言えば、全然読んでおらんな」


「アルマダ殿は毎日読んでおるぞ。

 お主、もう少し見聞を広げておけ」


「ううむ、全くだな・・・で、その橋で何があるのだ」


「物騒な輩が2人、橋の上で人を止めては『勇者祭の者か!』と聞いてくる」


「で?」


「そうだと応えると、勝負を挑まれる」


「・・・別におかしな所はないではないか」


「そやつら、今まで負かした者共の、得物を集めておるらしいぞ」


「別に、負かした者の得物を奪おうが、おかしな所はないな」


「ワシが言うておるのは、その輩の事ではないわ。

 そやつらが集めた得物の方よ。

 もしやすると、凄い物が混じっておるかもしれんではないか」


「まあ、それはあるかもしれんが・・・

 既に、凄い物は手に入れてしまったからな。

 今差しておる物だって、父上からもらった物だぞ」


「お前やシズク殿の分は良かろう。シズク殿の得物など、誰も持てんしの。

 だが、カオル殿やラディ殿には、もう1本あるのか?

 無くしたり壊したりしたら、いかんではないか」


 マサヒデが箸を止め、ごくん、と飲み込み、


「む・・・銃などは高額だし、簡単に手に入る物ではないな。

 確かに、万一の時の為、予備の得物はあったほうが良いが」


 マサヒデは、ううむ、と唸って箸を置いて、水の入ったコップを取る。


「だが、例え凄い得物があったとて、持ち主に返してやりたいな。

 思い入れもあるであろうが」


 少し難しい顔をしながら、こくん、と水を飲むマサヒデを見て、トモヤは「はん!」と笑って、


「それほどの物があったとして、それを手放した者が腑抜けだとは思わんのか。

 お前がどうしようと、何を言われる筋合いもあるまい。

 別に、泥棒になるわけでもないしの」


「まあ、それもそうだが」


「それに、お前はそう思うかもしれんが、カオル殿やラディ殿はどうじゃ。

 予備の得物は欲しい、と思うかもしれぬではないか。

 命惜しさに手放したのは、持ち主本人。文句も言えぬわ」


「む」


「それなりの腕の者がおると言うのは、間違いなかろう。

 得物をもらうか、返すかなどは、実際に見た後で考えれば良い。

 行くだけ行ってみてはどうじゃ? 気にならぬか?」


「気にはなるが、その者達、今もおるのか?

 とっくに集めた得物を売り払って、他に行ってはおらぬか。

 この辺りは、もう勇者祭の参加者も先に進んで、少ないぞ」


 トモヤはふりふりと箸の先を振って、


「それは知らん。知らんが、そう遠くもなかろう。

 見に行っておれば良し。

 おらねば、そのまま遠乗りでもして帰って来れば良かろう。

 此度のようにおっかなびっくりでなく、堂々と行けるのじゃ」


「ふむ。確かにな。カオルさんとラディさんにも、聞いておくか」


 決めて、マサヒデはコップを置いて箸を取り、飯を掻き込む。


「お二方のうち、どちらかが欲しい、いや、見たいとでも言えば行こうではないか。

 街道の橋の上、人は多く通るはずじゃ。祭の者達も当然よ。

 相当に集まっておるはずじゃ。きっと良い物があるわ」


 トモヤは肉をつまんで口に放り込んで、もぐもぐと噛んで飲み込み、


「返すにしろ、売り払うにしろ、貰ってしまうにせよ。

 どうしようが、まずは奪い取ってしまおうではないか。どうじゃ」


 マサヒデはむっと眉を寄せ、


「奪い取るなどと、人聞きの悪い。俺は盗賊でないぞ」


「立ち会った末に持って行く、持って行かれるのは問題あるまいが。

 お主であれば、問題あるまい。

 向こうから降参して、差し出してくるかもしれんぞ」


 マサヒデは箸を置き、ぐいっと水を飲んで、手を合わせる。


「うむ。そうだな、行くだけは行くか。だが、行くにしても明日か明後日。

 お前は、今日は将棋の休みをもらったのだから、駄目だぞ。

 そう何日も続けて休みは出来まい」


「坊様が許してくれたら良かろうが」


「駄目だ。あまりご住職に甘えるな。

 毎日、あそこに寝泊まりしておるのだ。

 本来なら、休みなど無くて当たり前なのだぞ」


「では、代わりにアルマダ殿に将棋に行ってもらうかの」


「駄目だ。お前を連れて行くくらいなら、アルマダさんに来てもらう」


 そう言って、マサヒデは水差しから水を入れ、


「お前は将棋だ」


「むう・・・」


「だが、ラディさんに聞きに行くついでに、例の刀を見に行くか。

 お前にも見せてやる。それで我慢しろ」


「おお! それなら我慢するわ!」



----------



 ホルニ工房。


 がらり。


「こんにちは」


「お邪魔しますぞ!」


「あ、トミヤス様。いらっしゃい。

 またラディに会いに来てくれたんですか? それとも亭主?」


 ラディの母がにやにやと笑う。


「今日はラディさんです。

 また、近日中にご亭主にお世話になるかもしれませんが」


「ありがとうございます。トミヤス様のご注文が来ると、亭主が喜ぶんですよ」


「いや、いつも厄介事ばかり運び込んでますが、有り難いことです」


 ぺこ、とマサヒデが頭を下げる。


「じゃ、ラディ呼んで来ますから、少しお待ち下さいね」


「はい」


 2人が喋っている間、トモヤは店の中を興味深そうに見回っていた。


「ううむ、村の鍛冶屋とは違うの・・・

 鍋とか包丁が転がっておるばかりじゃったが・・・」


「刀剣専門、と看板が出ておったろう」


「これは槍の穂先じゃの? 根本が随分と長いの・・・

 長いというか、穂の部分より遥かに長いではないか」


「根本の先の部分、そこに一番力がかかるからな。

 短いと、ほんの少しずれただけで、簡単に柄の先の方で折れてしまうのだ。

 柄の先を払われただけで、柄が切られてしまうしな。

 長い芯が入っておれば、簡単に先を切り落とされる事もない。

 先が重くなる分、突き入れやすくもなるというわけだ」


「ほお・・・」


 ふんふん、とトモヤがマサヒデの説明を聞いていると、ラディが出て来た。


「こんにちは」


「おう、ラディ殿! しばらくぶりじゃの!」


 にこやかな顔で、トモヤが手を上げる。


「あなたは、確か・・・トモヤさん?」


「覚えておってくれたか! 先日はでかいなどと言ってすまんかったの!」


 ぷ! と後ろでラディの母が吹き出して、む、とラディが顔をしかめた。


「で、本日は」


「ええ、あの刀ですが、研ぎはどちらに?」


 ラディは通りの向こうを指差し、


「この職人街をずっと入って行きますと、橋があります。

 橋を渡ってすぐ、左側に『イマイ研屋』という店が」


「ありがとうございます。

 もうひとつ、ラディさん、読売は読んでますか?」


「いえ、全然」


「私も全くですが、先日、読売に面白い記事が載ってたそうで」


「どんな記事でしょう」


「魔術師協会の方の街道をずっと行きますと、橋があるそうで」


「はい」


「で、そこに、2人の勇者祭の参加者がいるとか」


「はい」


「通る者に『勇者祭の参加者か』と聞き、そうだと応えると襲ってくる」


「それが何か?」


 マサヒデと全く同じ反応だ。

 にや、とマサヒデとトモヤが笑う。


「その者達、勝った相手から、得物を奪い取って集めているとか」


「はあ・・・」


「その者達はどうでも良いのですが、その集めた得物、興味ありませんか?」


「む」


 ぴく、とラディの顔が反応する。


「もしかしたら、中に良い物があるかも。

 あと、銃があれば、ラディさんの予備にしたいと考えています」


「・・・」


「得物を賭けて勝負、ということで。興味ありますか?

 カオルさんも、脇差は私の父の物ですが、小太刀は適当な物です。

 ラディさんかカオルさん、どちらかが興味があると言うなら行こうかと」


「興味あります」


「そうですか。では行くとしましょう。

 ラディさんも行きますか? 後で回収した得物だけ持って来ても構いません」


「行きます」


「ありがとうございます。

 怪我人が出ると思いますので、ラディさんの同行は助かります」


「で、いつ頃」


「む・・・そうだ、トモヤ、その橋はどこだ?」


 トモヤは肩をすくめ、


「さあの。場所までは知らん。

 町の読売に載るくらいじゃから、遠くはなかろう?

 隣町までの間にはあるのではないか?」


「ラディさん、あの街道で隣の町までって、どのくらいあるんでしょう?」


「さあ・・・」


 ラディの母が胡散臭そうな顔で、


「トミヤス様、隣町なら、歩いて2日ですよ。

 橋って、強情橋?」


 ぱん! とトモヤが手を叩き、


「おお、それそれ! 思い出した、その橋よ! お母上、よくご存知じゃの!」


「隣町とのちょうど真ん中辺りだから、歩きで1日ですよ。

 でも、読売の記事なんて、宛にはなりませんよ?

 どうせ大袈裟に書いてあるんじゃないんですかね?」


「後で冒険者ギルドでも聞いてみましょうか。

 冒険者の皆さんなら、最近通った方もいるでしょう。

 本当の事だったら、行ってみるとしますか。

 確認したら、後で報せます」


「分かりました」


「それでは、お邪魔しました。研屋さんに行って来ますね」


「あ、トミヤス様」


 振り向いたマサヒデに、ラディの母が声を掛けた。


「なんでしょう?」


 マサヒデが振り向くと、にやにやしながら、


「イマイさん、変わった人ですけど、腕は確かですから。

 国の職人大会でも、何度も入選してる方ですよ。

 うふふ、驚かないで下さいね」


 ふふ、とラディも笑う。


「変わった人というと、やはり、職人気質というか、気難しい方で?」


「いいえ。とっても気さくな方ですよ」


「では、どう・・・気に入らないと、仕事を請けてもらえないとか?」


「うふふ。会ってのお楽しみということで」


「はあ、分かりました。気を付けます」


 首を傾げながら、マサヒデとトモヤはホルニ工房を後にした。

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