第10話 おかしな研師・1
マサヒデとトモヤは職人街を歩いて行く。
トモヤは不安そうに、
「随分と変わったお人じゃと言うておったが、大丈夫かいの?」
「腕は確かだと言っておったではないか」
「大丈夫じゃろうな?
いきなり『駄目じゃ駄目じゃー!』などと、刀を折ったりせんであろうな?」
ぷ、とマサヒデは噴き出し、
「ははは! まさか! 客の物を折ったりするような研師がいるものか」
「ラディ殿もにやにやしておったが・・・ワシは不安じゃ」
「安心しろ。研師であの刀を投げるような者は、絶対におらん」
「そうかの?」
「そうだ」
橋を渡ると、すぐに『イマイ研屋』という看板が見えた。
店構えは随分と小さいが・・・
マサヒデとトモヤは店の前に立ち、
「ここか?」
「うむ。ここだな」
トモヤは店の玄関を指差し、
「小さいが、本当にここかの? 同じ名の別の店ではあるまいな?」
「入ってみれば分かろう」
がらり。
「失礼します」
「はーい! ちょっと待って下さい!」
しばらくして、奥から小柄な男が出て来た。
さ、と座り、
「どうも、イマイです。本日は・・・そちらの? ん? あれ?」
と、マサヒデの腰の脇差に目を向ける。
「ホルニさんからお聞きかと思いますが、トミヤスです」
「あっ・・・」
男が目を丸くして、脇差を指差す。
「あ! トミヤス様!? その脇差、やっぱりホルニさんの?」
「はい」
「見に来た?」
「はい。この私の友人のトモヤも、是非見たいとの事で」
「あ、どうぞどうぞ! さ、こちらに」
そそくさとイマイは中に入って行った。
トモヤは胡乱な顔で、
「のう、あれ本当に研師か?
なんかこう、研師と言えば、無口な感じじゃと思っておったが・・・」
「うむ・・・まあ、気さくな方とは言っておったではないか。
研師としては変わり者、いう意味だったのかもしれんな」
2人も上がって行く。
奥に入ると、8畳程の広さの仕事場に、壁にはいくつも刀が掛かっている。
この町だけではなく、他からも注文が入っているのだろう。
「今ねえ、ちょうど研いでた所なんです、よ・・・」
す、と錆びたコウアンの刀を上げる。
「こちらね・・・うん・・・」
イマイは茎を持って、片目でじっと刀を見ている。
マサヒデは、
「錆びで肌が見えないんですけど、これ、やはりコウアンですかね」
「うーん・・・まーだ確定は出来ないけど、ね・・・
見た瞬間、うわっと来たからね。名刀なのは間違いない、と思うよ。
いや、間違いなく名刀だね」
言いながら、イマイはざじざじざじ、と研ぎ出した。
「こーれー・・・はねえ、間違いなく古刀。うん、古刀だね。
この錆び方もね、間違いなく古刀。形も間違いなくキホ・・・だよね。
ちょっとこれ見てくれる?」
イマイは刀を横に置いて、く、と軽く押した。
くに、と浅く刀が曲がる。
「おいおい!」
トモヤが慌てて声を上げたが、イマイが手を離すと、刀が元に戻る。
「ほら。これね、柔らかいでしょ。
古刀はねー、鉄が今ほど硬くないから、こういう風に柔らかいのがあるんだよね。
さすがに、唐剣みたいに、うにゃんうにゃん柔らかくはないけどね。
でもほら、見て。ちゃんと戻るでしょ。すーごいよね、これ」
マサヒデとトモヤは、顔を近付けて刀を見る。
水平に上げられた刀には、曲がりが見えない。
「これさ、柔らかいから簡単に欠けると思うでしょ?
違うんだよね。捲れるだけだから、簡単に直せちゃうんだよね。
よっぽど深くやられなきゃ、大丈夫だよ」
トモヤが不思議そうな顔で、
「捲れる?」
「ああ、欠けずにさ、ちょっとだけ刃が曲がっちゃう・・・
こう、上にめくれちゃうみたいな? そういうのを『捲れる』って言うんだ。
そのめくれ上がった部分を直せば、元に戻るんだよね」
マサヒデは頷いて、
「ほう。柔らかいように見えて、実はこちらの方が丈夫?」
「まあ、そういう事かな。あまり欠けはしないから、研ぎ直しとかしなくて良い訳。
研ぎもねえ、柔らかい方が良いよ。硬いと大変。
現代刀は硬いのが多いから、正直やりたくないね」
ざじざじざじ、と少し研いで、ぴちゃり、と水をつける。
上げて、じっと見つめる。
「今の所、研ぎ減りもしてないみたいだし、良い肌出るよー、これは・・・
肌が出てくればね、すぐ分かるよ。地斑(じふ)が凄い出るはず。うん。
コウアンだと、しっかり出てるはずだよ。肌・・・見たいね」
「錆の具合はどうでしょう? 深い錆とかないでしょうか?
部分研ぎなどは、さすがにちょっと」
「だよねえ。部分研ぎはね、肉置きがおかしくなっちゃうしね。
今の所はないけどさ、まずは錆、全部取ってみないとね。
とりあえず刀身の錆取りだけは、明日には終わるー・・・と、思うよ。
あと茎もやんないとね。長いからさ、後の工程、中々終わらないけどね。
これー・・・早く、肌、見たいよねえ。うん、良いね」
「研ぎは寝刃研ぎでお願いしたいのですが」
喋りながら研いでいたイマイの手が止まった。
イマイが目を丸くして、顔を上げる。
「え! 寝刃研ぎなの? 研がない? 美術研ぎにしようよ!
刃紋も良く見えないし! 肌、綺麗に見えないよ? 肌見ようよ!」
「使いたいので」
「ええ!? 使うの!? いやいや、それはちょっと勿体ないって!」
「使います。寝刃研ぎで」
「ええー・・・見ようよ・・・見たいなあ」
イマイは鎺(はばき)から2寸くらいの所を指差し、
「じゃあさ、このくらい! このくらいだけで良いから、窓開け(一部だけ綺麗に研ぐ事)しない?
しても良い? どうしてもねえ・・・うーん、肌がねえ・・・」
と、下からマサヒデの顔を覗き込む。
マサヒデはちょっと驚いて、
「そんなに見たいんですか?」
「見たい! 見たいよおー! 研師なら当たり前じゃない!」
「まあ・・・肌も見えないと、本物か分かりませんし・・・
別に、この出来なら贋作でも構わないんですけど」
「じゃあ、やっても良いよね? 肌、見ても良い?」
「構いません」
「うーわあ、ありがとう! やっちゃうよ。早く肌見たいよねえ」
ざじざじざじ、と少し研いでは、ぴちゃ、と水をつけて汚れを落とす。
刀を上げ、じっと見つめる。
「んー・・・」
ざじざじざじ・・・ぴちゃり。
「鞘は、やはり作り直した方が良いでしょうか」
「これはそうしないと駄目だねー。最初、錆びて抜けなかったんでしょ?
これ、すーごい拵えだけどさ、錆が少しでも鞘の中に残ってると、瑕が付くから。
瑕が付いたら、また研ぎ直しだからね。新しく作り直した方が良いよ。
また研ぎとか時間かかるしさ、この鞘は売っちゃいなよ」
やはりそうか。マサヒデは頷いた。
どちらにせよ、今の派手な拵えでは目立って仕方がないので、新しく作り直すつもりではあった。
「む、分かりました」
ざじざじざじ・・・ぴちゃり。
「休め鞘(白鞘)の方は型取って、もう注文出してあるよ。
拵えも頼む? これだったら派手にいきたいよね。
金梨地とか、螺鈿とかさあ・・・」
「適当な塗り鞘で構いませんよ。鍔でもこれだけ贅沢なんですから・・・
ああ、そうだ。拵えと言えば陣太刀拵えはちょっと、と思ってるんです。
これ、長いですから、磨り上げようかと」
ば! とイマイが顔を上げ、
「いやいやいやいや、しないって! しないしない! 長くても抜けるから!
4尺とか5尺とかあるなら別だけど、このくらいなら普通に抜けるから!」
「私でも抜けますかね?」
「抜ける抜ける!」
イマイが立ち上がり、壁に掛かった刀を取った。
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