第11話 おかしな研師・2
イマイが手に取った刀は、彼には長すぎる物だが・・・
「見ててね。これ、普通に抜こうとすると、僕じゃ抜けないよね」
抜こうとした刀が、切先近くが引っ掛かって抜けない。
「ね? 抜けないね」
「はい」
刀を納めて、ぐっと柄を前に出す。
「こうやって、ぐっと前に出すでしょ」
「はい」
「で、鯉口切るよね。ここ、右手が前で添えてあるよね」
「はい」
「で、こう、左の膝を外に下げながら、腰を回して、鞘の方を下げる、と」
ゆっくりとイマイの腰が回ると、する、と刀が抜けた。
「おお?」
「今度は抜けたぞ!」
マサヒデとトモヤが声を上げた。
ふふん、という顔で、イマイが2人を見る。
「こうなんだよね・・・こうすると、少しくらい長くても、抜けちゃうわけ。
この刀は反りもあるから、ぐるっと腰回してもいけるいける。
収める時も、こう、鞘からね。迎えに行く感じ」
する、と鞘が刀の棟に置かれ、綺麗な動作でイマイが刀を納める。
「ううむ」
「良いでしょ? これね、今差してる刀で少し試してみて。
居合でも、この鞘を前に出すって使えるよ。
ふふん、これ前に鞘を出すって動きがあるから、一手遅く見えるでしょ」
「ええ」
にやり、とイマイが笑う。
「これねー・・・実際比べてみると分かるけど、この方が速いんだよ」
「え? 速いんですか?」
「うん、速いんだよ。
この脇差に引っ掛からないように、右手を前に出しておくのね。
それと、右手で抜くんじゃなくて、鞘の方を後ろに引くって感じ」
「ふむ」
「速いだけじゃないよ。まだあるんだよね。
ちょっと、僕の前に立ってみて」
マサヒデがイマイの前に立つ。
イマイがぐっと鞘を突き出して、柄をマサヒデの刀の柄に乗せる。
「こう、柄が前に出てるから、柄で相手の刀抑えちゃうことも出来るでしょ。
そしたら、相手は抜けないでしょ。でも、こっちはこう」
イマイが鞘を下げると、すらっと刀が抜かれ、ぴたりとマサヒデの前で止まる。
「ね? この抜き方だと、こっちは抜けちゃうんだよ。どう?
抜かなくても、柄頭で相手の腹にどん! てね、入れるとか出来るわけ」
「なるほど・・・」
この研師、ただの職人ではない。抜刀術の心得もあるようだ。
イマイは刀を納め、マサヒデの手を取って、
「ほら、右手はこの辺ね、この辺。
脇差に引っ掛からないように、前に出しておくだけ。
脇差に当たると、抜けないからね」
マサヒデの親指と人差し指の間の上に、柄頭を乗せる。
「で、鞘を突き出して、柄頭をここに持ってくる。まだ握らないでね」
「こう・・・握らないんですね?」
「そうそう! 抜き切るまで握らない! 抜き切るまでね、それが大事!
抜き切る前に握ると、刀が横向いて、筋がブレちゃうから。
右手はそのまま、鞘の方を前に出す。で、鍔が親指の根本で止まるでしょ。
そしたら、後ろの左膝を落としながら、腰を回すと抜ける。
鞘の方を動かすんだよ。握るのは、抜き切ってから。ゆっくり、やってみて」
左手で、ゆっくり鞘を引く。左膝を落とし、腰を後ろに回す。
ぴん、という感じで、面打ちのような形で刀が抜ける。
「お、おお・・・抜ける・・・抜けますね」
マサヒデは驚いて、右手に持った刀を見つめる。
「剣筋は、右手で握ってからじゃなくて、左手の鞘の方で変えれるんだよ。
左手をちょっと回すだけで変わるから、右手は動かさなくて良いの。
納める時も、右手じゃなくて、鞘の方が迎えに行くみたいな感じでね。
これ、中々良いでしょ?」
「前の右手を動かさないから、どの筋で抜かれるか、相手には分からない・・・
これ、これ! すごい抜き技じゃないですか!」
にやにやとイマイが笑いながら、
「速いって言われても、ちょっと信じられないでしょ。実際に速さ比べてみようよ。
ほら、その辺の、隅に立って。今まで通りに抜いてみて。
そこら辺なら、間違っても当たらないでしょ。あ、壁は気を付けてね」
「む、分かりました」
「トミヤス様、先に抜いて。それから、僕が出すからね」
「・・・」
イマイは普通に立っているだけ。
マサヒデはぐっと身体を沈め、
「ん!」
と抜いたが、抜きかけで刀が止まった。
後に抜かれたはずのイマイの刀が、ぴたりと抜かれている。
「うっ!?」「何じゃあ!?」
トモヤが驚いているが、マサヒデはもっと驚いた。
明らかに、イマイの方が後に抜いた。
「ね? ね? 僕の方が後だけど、速かったでしょ?
この抜き方、今のうちに練習しときなよ。
トミヤスさんなら、出来上がる頃には、これで抜けるようになるから」
マサヒデが感動して驚いていると、イマイがにこにこしながら刀架に刀を戻し、研ぎ台の前に座る。
「どう? これなら、腰回せば、まだ後ろに引けるでしょ?
てことは、少しくらい長いのも抜けちゃうわけ。
だからさー、磨り上げたりなんかしたら勿体ない!
普通に抜けるんだから。この抜き方、トミヤス様なら簡単に出来るよ。
簡単。すっごく簡単。だから、磨り上げたりなんかしないって。
どうしても抜けないなら、背負っちゃえば。左肩に乗せて抜けば簡単だよ?」
くい、と茎を持って、錆びた刀を構える。
「このねえ、持った時の釣り合いの良さ。こーれが凄い! 凄いんだよ。
トミヤス様、刀納めて、ちょっと持ってみて」
マサヒデが納刀して座ると、す、とイマイが両手に載せて、刀を差し出した。
軽く頭を下げて受け取り、構えてみると、確かにバランスが良い。
長い分、重さはあるが、確かに扱いやすそうだ。
「どう? これだけ長いのに、すっ・・・ごく釣り合い取れてるでしょ?
すっと手に収まる感じ、分っかるよねえ。これは正に匠の技だね。
磨り上げたら勿体ないよ! せっかくのこの釣り合いも崩れるよ。
これだけ長さあるのに、扱いやすそうじゃない?」
くい、くい、と手を上下に動かす。
ぴたっと収まる。
「ふむ・・・確かに、しっくりきますね」
「でしょお? だから磨り上げなんかしなくても良い訳よ。むしろ駄目!
ね。これすごく良い刀だから。寸詰めたら駄目だよ。さっきの抜き方ね。
古いから勿体ないってだけじゃないよ。こーの釣り合いよ、釣り合い」
す、とマサヒデが両手に載せて、刀をイマイに差し出す。
イマイが軽く頭を下げて受け取り、またざじざじざじ、と研ぎが始まる。
「ううむ、イマイ様、勉強になりました。
抜き方まで教えていただいて、ありがとうございました。
お仕事中、お邪魔して申し訳ありませんでした」
頭を下げるマサヒデに、イマイが顔を上げてぶんぶんと手を振る。
「あー全然全然! うちは見学も自由なんで! また、いつでもね」
「では、失礼致します」
「また来て下さーい。はい」
マサヒデとトモヤは頭を下げ、イマイ研屋を後にした。
研屋を後にして、マサヒデは呆然と手を見つめていた。
あの抜刀術は一体何だ!?
まだ、右手に柄が乗った感覚、手の平に、抜けて握った時の感触が残っている。
この感触を忘れる前に、練習しておこう・・・
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