第三章 橋の上の者
第12話 強そうではない?
職人街をトモヤと2人でふらふらと歩きながら、マサヒデはくいくいと左手で鞘を出したり引いたり・・・
「おうマサヒデ」
「・・・」
「のう! マサヒデ!」
「は! 何だ、大声を出すな」
「おい、お主、往来で刀をいじるのはやめい。皆が見ておるぞ」
は、と周りを見渡すと、たまにちらっとマサヒデを見て、目を逸らす人がいる。
トモヤは呆れ顔で、
「全く、危ないのう。帰ってからにせい」
「う、うむ・・・すまん」
「あの抜刀を見せられたら、無理もないがの。
あれにはワシも驚いたわ。まさか、後から出したのにマサヒデより速いとは」
「うむ、明らかに俺より後から出したのに、先に抜いておったな。
簡単に出来るなどと言っておったが、出来るかな」
「さあなあ。出来ると言うなら、出来るのではないか?
どちらにせよ、出来ねばあの刀は使えんじゃろうが」
「そうだな。今のうちにしっかり練習せねば。
カオルさんにも教えておこう」
にやにやとトモヤは笑い出し、
「ははは! それにしても、あの研師、全然職人という感じはせんかったの!」
「ふふ、そうだったな。面白い方だった。またお邪魔しにいくのも良いな」
マサヒデも笑う。
「だが、腕は確かだ。何しろ、この脇差を研いだ方だからな」
とん、とホルニの脇差の柄に手を乗せる。
「うむ。では、ギルドに行って冒険者達に聞いてみるか?
帰りに、ワシが寄ってラディ殿に伝えておいてやろう」
「歩きで1日だったな。行くとなると、朝から歩いても着くのは夜。泊まりか」
マサヒデは指を折りながら、
「1日目で途中まで行って野宿。
2日目で橋まで行って、途中まで帰って来て野宿。
3日目に町に戻る、と」
「ラディ殿やカオル殿に野宿2日は、ちと可哀想ではないか?
お二人共、おなごであろうが」
「構わん。そのうち、こういう事も多くなる。
クレールさんも連れて行けば、魔術で風呂も屋根も作ってくれるしな。
馬車の中で寝るとかも、せんで良いのだ」
「何、風呂じゃと? それは贅沢じゃの、野宿の旅で風呂に入れるとは」
「行くとなったら、明日の昼頃にするか。
早めに昼餉を取って、出るとしよう」
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冒険者ギルド。
「こんにちは!」
マサヒデが入ると、受付嬢がいつもの元気で声を掛けてくれる。
「こんにちは。ちょっとお尋ねしたいのですが、最近、隣町まで行った人いますか?」
「ええと、さあ、私にはちょっと・・・
でも、お使いの依頼は沢山あるので、皆さんに聞いてみては?」
「ありがとうございます」
そのままロビーに入って、最初の冒険者に聞いてみる。
「すみません、ちょっとお尋ねしますけど」
「あ、トミヤス様。お疲れ様です」
「お疲れ様です。最近、隣町まで行った人、いませんかね?」
「私、一昨日、行きましたよ。何かありましたか?」
「私も一緒に行きました」
隣の女冒険者も小さく手を上げる。
「おお、そうですか。何か、強情橋で物騒な輩がいるとか聞いたのですが」
あ、と2人の顔が笑顔になった。
「ああー! ははは、あの読売にも載ってた人達ですね。
全然物騒な人達じゃありませんよ。見ればすぐ分かります」
「そうなんですか?」
「転んだ荷馬車を起こすのを手伝ってましてね。
私達も手伝ってくれと呼ばれまして、一緒に起こしました。
で、『ところで、あなたは勇者祭の人ですか?』ときました」
「得物が集まってるってのは本当ですよ。見せてもらいました。
ね、面白かったよね」
くす、と隣の女冒険者が小さく笑う。
男の方もにこにこしながら、
「退治しに行こうとか?」
「退治というわけでもありませんが・・・
まだこの町にいないといけないんですが、何しろ相手がいないもので。
何とか得点を稼ぎませんと、困ってしまいます」
「あはは! そういう事でしたか!」
「まあ、物騒な方じゃないなら良かった。お相手して頂けるでしょうか?」
「どうですかね? 相手されずに降参されたとしても、得点が入りますから。
それはそれで問題ないんじゃないですか?
今まであそこにずっといたわけだから、結構戦っては・・・いるのかなあ?」
隣の冒険者と顔を見合わせる。
「どう・・・かな? 見た目は強そうじゃなかったけど・・・」
「あれだけ得物が集まってたし・・・強いんじゃないのか?」
「でも、ねえ?」
2人の冒険者が首を傾げる。
『強そうではない』
その冒険者の言葉に、逆に、マサヒデの心がくすぐられた。
「まあ、最近までいたというのは分かりました。行ってみますよ」
「ふふふ。良かったら、お話を聞いてみて下さい」
「ありがとうございます」
頭を軽く下げ、トモヤと一緒にギルドを出る。
「じゃあ、ワシはこれで帰るでの。
ラディ殿には、明日の昼に出発という事で良いな?」
「うむ。よろしく頼む」
「ではの!」
トモヤは手を振って帰って行った。
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マサヒデは玄関から入らず、庭に回って縁側に座った。
庭ではカオルが素振りをしており、マサヒデに頭を下げた。
「只今帰りました」
クレールは雀を手の平に乗せ、シズクは転がって本を読んでいる。
「おかえり!」
とシズクが声を出すと、ぱたた・・・と雀が飛んで行き、
「お帰りなさいませ!」
とクレールも頭を下げる。
「マツさんは?」
「ずっと本読んでるよ。何か良いのがあったのかな?」
「ほう。地下室は?」
「台所に作ったよ。畳の下に入り口あったら不便だもんね」
「はは、それはそうですね」
す、とマサヒデは立ち上がり、
「カオルさん、ちょっと」
「はい」
素振りを止めて、カオルがマサヒデの方を見る。
「面白い抜刀術を教えてもらいました。
カオルさんにもやり方を教えるので、ちょっと真剣を持ってきてもらえますか」
「抜刀術ですか」
「ええ。覚えておいて損はないと思います」
「は」
カオルが中に入って行き、すぐ戻ってくる。
「ええと、脇差は前の方に置いて」
「この辺りですか」
「そうです。で、右手はこの脇差の前に置く、と。
こう、上とか下に動かした時、ひっかからないように」
「ふむ」
「で、この親指と人差し指の間の、ここです。
ここに柄頭を置きますよね。
で、左手で鞘を前に出していくと、鍔が引っ掛かる」
「こう」
「で、後は鞘を引きながら、左足を沈めながら、腰を回すと抜けるんですが・・・
抜けきるまでは、右手は握らず、そのまま添えただけで、動かさない。
鞘の方を引いていくだけ」
マサヒデがゆっくり腰を回す。
する、と抜けた瞬間、握るとぴたりと刀が抜かれた。
「こうですね」
「ふむ・・・」
カオルもゆっくり腰を回し、小太刀が抜かれ、ぴた、と止まる。
「これ、驚いたんですけど、普通に抜くより速いです」
「え?」
「鞘を前に出す所があるから、一手遅いと思うでしょうけど、速いです。
教えてくれた人、私より後に手を出したのに、私が抜き切る前に抜いてました」
カオルが驚いて、
「ご主人様より速くですか!? 後から抜いて!?」
「ええと、試してみたいですけど、出来るかな・・・少し練習させて下さい」
マサヒデは何度かしゅ、しゅ、と抜いては納めを繰り返している。
納め方も特徴的だ。鞘をぐっと前に出してから入れている。
カオルは横で見ているが、速いのか良く分からない。
「ううむ、これくらいで出来るかな?
まだ慣れないから、カオルさんより速く抜けるかは分かりませんが。
ま、試してみますか。カオルさん、そこに居て下さい」
「は」
マサヒデが少し離れ、カオルと正対する。
「じゃあ、今まで通り抜いて下さい。
逆手でなく、普通の居合抜きで。
私はこれでやってみます。カオルさんが抜いたら抜きます」
「は・・・」
カオルがぐっと腰を落とす。
ぴ! と横に払われる途中で止まった。
マサヒデの刀が抜かれている。
「え!?」
「おお、出来た出来た!」
カオルは小太刀。普通の刀よりも短い。
当然、抜くのも速い。
「な、何故!?」
「いや、私にも分からないんですけど、速いんですよ、これ」
「この抜刀術、一体どなたが!?」
「研師さんです」
「は!?」
「いや、あのコウアンかも知れない刀、長いでしょう?
寸を詰めないとな、と思って研屋さんに行ったんですが」
「寸を詰めるおつもりだったのですか!?」
国宝級、でなくとも名刀であることは間違いない刀を、こうも何気なく短くしようなどと・・・
「そうしたら、これなら抜けるからと教えてもらいました。
で、これ抜き打ちにも使える、と言うわけで」
「では、では、寸は詰めない・・・」
「ええ」
カオルがほっとした顔で、小太刀を納めた。
「で、これ凄いんですよ。抜く時の剣筋です」
マサヒデが右手を前に出し、鞘を前に出してくる。
「ここです。左手。これ、鞘の方を回して決めるんですよ。右手じゃないんです」
ぴ、と抜かれた刀が、袈裟に下ろされる。
「という事は・・・前に出した右手は動かないから・・・
あ! 相手から分かりづらい!?」
「そう! 凄いでしょう!?」
「素晴らしいですね・・・どこの流派のものでしょう?」
あ、とマサヒデが口を開け、
「しまった・・・聞くの忘れました・・・」
「・・・」
ふう、とカオルが溜め息をついた。
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