第13話 真剣勝負は面倒
凄い抜刀術を教えてもらったというのに、どこの技かマサヒデは聞き忘れていた。
カオルは呆れてしまい、
「ご主人様・・・」
と冷たい目をマサヒデに向ける。
「いや、凄いなあと感動してしまって・・・」
「・・・」
「ま、まあまあ、出来上がったら取りに行きますし。
研屋さんはいつでも見学自由だそうですし、いつでも聞けます。
それよりカオルさん、別の大事な話がありまして」
「別の、大事な話?」
「この抜刀の練習は後にして、まずこちらを聞いて下さい」
マサヒデは縁側に座り、カオルも隣に座った。
「シズクさん、クレールさんもこちらに来て下さい」
と、部屋の中の2人を呼ぶ。
「はーい」「はい!」
と2人がマサヒデの後ろに座る。
「皆さん、読売は読んでますか?」
「いえ」「読んでないです!」「ぜーんぜん」
「そこの街道を、この町から1日くらい行った所に、強情橋という橋があります」
「その橋で何か?」
「そこに勇者祭の参加者・・・だと思うのですが、2人、『勇者祭の参加者か』と聞いてきまして、そうだと応えると襲ってくる」
「ふーん」
と、シズクが興味なさそうな声を出す。
「と、まあ、ここまでは普通なんですが・・・
その方々、相手の得物を集めているそうでして」
「得物?」
「そうです。もしかしたら、中には良い物があるかも、と思いましてね。
どうです、カオルさんは、私があげた脇差だけで、まともな予備がないでしょう。
もしかしたら、ですが、良い物があるかもしれませんよ」
おお、とカオルが感心した顔で、
「な、なるほど!」
と声を上げる。
「クレールさんは元々得物もいらないでしょうし、シズクさんは・・・」
皆が転がっている鉄棒を見る。
「・・・なので、お二人は来なくても良いのですが」
にや、とマサヒデが笑う。
「どちらにせよ、集めた得物は頂いてきます。
ですが、待っていてもらっても結構ですよ。
途中で野営にもなりますし」
シズクとクレールが顔を輝かせた。
「行く行くー! 楽しそうじゃん!」
「私も行きたいです!」
マサヒデは頷いて、
「では、出立は明日の昼頃にします。
明日は途中で野営。
明後日に橋に到着、立ち会って得物を頂いてきます。
帰り道で遅くなるでしょうから、明後日も野営。
帰ってくるのは3日後ですね。じっくりと得物を見せてもらいましょう」
カオルが嫌らしくにやりと笑い、
「良い物があるか、楽しみですね。
何なら、戦わずに盗んでしまっても」
「ははは! まあ、それもひとつの手ですね。
実際に橋を通った冒険者さんによると、全然強くなさそうだったそうです。
おそらく、見た目が大した事ないだけで、恐ろしく強い方々だと思います」
カオルも頷いて、
「私もそう思います。街道の橋と言えば、勇者祭の参加者が大量に通るはず。
今まで数多くの立ち会いをしてきたはずです」
「相手は一目で分かるそうですから、目立つ格好をしているのでしょう。
では、念の為、日持ちする食べ物を少し買ってきましょうか。
弁当なんかは、街道の休憩所や茶屋でも買えると思いますが」
「そちらはお任せ下さい。すぐに買って参ります」
カオルはさっと立ち上がって出て行った。
「得物は訓練用の物を持っていきますよ」
「ええ? またあ? 気合が抜けちゃうなあ・・・」
シズクが渋い顔をしたが、マサヒデはぴしりと、
「そんな事は言わない。殺したくて仕方がないみたいですよ。
相手が木刀でも勝負してくれるなら、それで良いじゃないですか。
それに、あなたの鉄棒、もし無くしたら大変でしょう。
大体、シズクさんは余程の相手でなければ、素手で勝てちゃうんですから」
シズクはふふん、と笑って腕を組み、
「まあ、その自信はあるね」
「何なら、素手で行ってみます? 石だけは一応持って。
もしもですけど、危ない! となったら、離れて石投げちゃえば」
「素手か! ふふーん、それも面白いね!」
「ううむ、2人組だそうですが、どうしましょうかね。
勇者祭の参加者なら、私1人で戦うことになりますが・・・」
「相手が挑戦してくるなら、別に私達が入っても良いんじゃない?
売られた喧嘩を買っただけだもん。問題なしじゃん。
得点は減っちゃうだろうけどさ」
「そういえばそうですね。
ただ、真剣勝負で・・・となったら、私1人で相手しますよ」
かくん、とシズクが肩を落とし、
「なんでえ?」
「まだ、シズクさんは勇者祭の参加者じゃないんですよ。
売られた喧嘩を買った上での真剣勝負だった、という証人が必要です。
奉行所に証人を連れて行って、証言をしてもらいませんと。
で、勝負は正当なものだった、と証明されても、得物は遺品扱いで没収です」
「ええー! 没収されちゃうの!?」
「おそらくそうなります。だって、その人の持ち物なんですから。
誰にも見られてなければ、そのまま逃げてしまう事も出来ますけどね。
場所は街道のど真ん中なんです。人目しかありませんよ」
「むーん・・・」
「真剣勝負じゃなきゃ、ただの喧嘩扱いです。死人が出なければ、ですけどね。
殺さないで下さいよ。面倒事にしかなりません」
クレールがシズクを見ながら、
「マサヒデ様、得物は持ち物を賭けた勝負にすれば良いではありませんか。
それなら、もし相手に死人が出ても、没収にはなりませんよ」
「あー、そうじゃん! それなら証人がいれば問題ないじゃん!」
「まあ、そうですが・・・どちらにしても、奉行所には行かねばなりませんよ。
証人になってくれる人に、立ってもらわないといけませんし。
その橋の辺りがどこの管轄かは知りませんが、もし隣町だと面倒ですよ。
隣町の奉行所に出頭することになるんですから」
「そっかあー、そりゃ面倒だなあ」
「勇者祭の参加者同士なら、真剣勝負になって死人が出ても問題なしなんです。
証人も、奉行所への証言もいりません。
ですから、真剣勝負になるなら、私が1人で立ち会いますよ」
「分かった・・・」
ごろん、とシズクが寝転がる。
「はーあ、面倒だねえ・・・
私、今まで真剣勝負って何回かしてきたけど、殺さなくて良かった」
「全くです。何も知らずに、真剣勝負なんてするものじゃありませんよ。
良い事はひとつもないんですから・・・
もし相手が死んで証人も居なかったら、シズクさんは今頃檻の中ですよ」
「あーっ!」
クレールが急に声を上げた。
「ど、どうしました?」
「分かりました! 死人が出ると面倒だから、絵物語とか活劇だと、誰もいない荒れ寺とか、誰もいない野原の真ん中とかで決闘するんですね!」
「多分ですけど、そうじゃないですか?
絵物語だと、描くのが面倒で、野っ原にしちゃえってのもあると思いますけど」
「あ、じゃあですよ。勝負の場は別で! ってやれば良いじゃないですか!」
がば! とシズクが身体を起こし、
「そうじゃん! さすがクレール様!」
「誰も見てないならともかく、人目のある所で勝負ときますよね。
それで、勝負の場は別で、としますよね。
で、私達だけが戻って来てます。
分かりますよね、あいつら死んじゃったんだって」
「あ、そうですね・・・」
「叩きのめした、ビビって逃げたって言っておけば良いじゃん」
「奉行所はそれで『あ、そうですか。じゃあ問題なし』なんて甘くありませんよ。
死人が出たかも、となれば、しっかりと探されます。
獣人の方なら、1里先からでも血の匂いが分かっちゃうんですよ?
同心や衛兵の方々には、獣人族が多いんですから、すぐバレます」
「めんどーい!」
シズクが声を上げ、ごろーん、と大の字に転がった。
「そうですよ。真剣勝負って、本当に面倒なんですよ」
「じゃあじゃあ、今のうちにお手紙を送っておくのはどうでしょう?」
「クレールさん、どこの誰からか分からない呼び出しの手紙が来て、人気の無い所に行きます?」
クレールはしゅんとして、
「行かないです・・・」
「私の名は広がったので、知られているかもしれませんけど『トミヤスです。斬り合いがしたいので、人気の無い所に来て下さい』なんて、怪しすぎるじゃないですか。こっちだって、待ち伏せされて闇討ち、なんて間抜けにも程があります」
「ですよね・・・」
「なので、クレールさんやシズクさんも勝負するなら、真剣じゃない場合だけです。
真剣じゃなくても、間違っても殺さないようにすることです。
参加者でないと、過失致死で、奉行所に引っ張られますよ。
殆どの場合、ただ喧嘩であれば、傷害までなら、お目溢しをしてくれるんです」
「あ、そうだ! マサヒデ様、またハチさんに同行を頼んでは?」
「駄目ですよ。今回は奉行所から頼まれたって訳ではないんですから。
同心の方を、何日もお借り出来るわけないじゃないですか。
相手は野盗の類でもなし、同心の方が見届けに出張る理由は一切ありません」
「得物を奪ってるのに、泥棒じゃないんですか?」
「勇者祭の参加者が、参加者の得物を奪っても何の問題もないでしょう?
参加者じゃない人がそうだと言って得物を奪われても、奪われた人の自業自得。
相手はちゃんと事前に『勇者祭の参加者か?』と、往来の人前で尋ねてるんです。
そうです、と答えた上で勝負して負けてるんです。
むしろ、参加者だと偽った方に身分詐称でお叱りがあると思いますよ。
全く問題なしですね」
「うーん、確かにそうですね。泥棒じゃないです・・・」
「今までずっといるって事は、その辺もちゃんと分かってるって事です。
自分から真剣勝負は仕掛けない方じゃないかな、と思います。
思いますが・・・まあ、実際に会ってみませんと分かりませんよね」
一体、橋の上の者はどんな者か。
マサヒデの胸が踊る。
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