第14話 強情橋への道中


 翌日、昼。


 馬車はマサヒデが御者になり、カオルが白百合。

 刀の鞘が当たってしまうので、前で差して、刀を横にする。

 クレール、ラディ、シズクが座布団を持って馬車に乗り込む。


 荷物は、弁当、酒、寝袋、松明、非常食の干し肉・干し果物、縄の束。

 あとは、マサヒデとカオルの木刀だけ。


 シズクは、今回は素手で挑戦すると言う。鉄棒もないので、荷は軽い。

 クレールの腰には、魔剣が差してある。

 椅子に座ったシズクが感動して、


「すっごいねー! この椅子、私が乗っても平気なんだね!」


「壊れそうだと思ったら、すぐ立って下さいよ」


 と、マサヒデが振り向いて、目を輝かせるシズクに声を掛ける。


「うんうん!」


「じゃ、マツさん、行ってきますね」


「楽しんで来て下さいね」


 と、マツが笑顔で頭を下げる。

 いつも『マサヒデ様なら大丈夫』と言っているが、内心は不安があるはずだ。

 旅立てば、マツはずっと不安を抱いてマサヒデを待つのだ。


 ちら、と、マツを見てから、ぱしん! と鞭を入れると、馬車が動き出す。

 後ろからクレールとシズクが顔を出し、マツに手を振る。


 町中では、カオルは手綱を引いて歩きだ。

 がらがらがら、と音を立てて、ゆっくりと馬車が走る。


(どんな相手だろうか)


 と、マサヒデは考える。

 冒険者が言うには、全然強く見えなかったらしい。

 だが、一目で分かるとか・・・傾奇者のような格好でもしているのだろうか?


 街道に出て、さっとカオルが白百合に跨り、馬車の前に出る。

 馬車の前に出るカオルの顔が、少し浮かれているように見えた。



----------



 1刻程、街道を走らせ、一旦休憩。

 街道から馬車を避けて止まらせる。

 降りながら、前に差した刀を腰の横に戻し、馬を降りたカオルに、


「ふう・・・御者台の上、意外と揺れる感じがしますね。

 トモヤが『尻が割れる』だなんて言ってましたが、冗談じゃないですね」


「刀を普段の位置に差したまま御者台に乗れない、というのも難しいですね。

 咄嗟の場合は脇差ですか・・・」


「ええ。立ち上がってさっと横に直しちゃえば良いんですけど・・・

 一拍、隙が出来てしまいますね」


 ぞろぞろと皆が降りてくる。


「御者台の後ろは空いてますし、いつも通り差してしまっても」


「いやあ、この揺れでは、鞘が台に当たってしまいます。

 中の人が顔でも上げたら、当たってしまうかもしれませんし。

 がたがた揺れて、もし鞘がへこんでしまったら、それも大変です」


「ふむ。コウアンはもっと長いですし、やはり前で横にしておくしかないですか」


「ですね。まあ、本来は御者台に乗るのはトモヤですから」


 ちら、と黒影を見る。

 全然平気そうだし、少し足を早めても良いかもしれない。


「皆さん、馬車の中はどうです」


「平気ですよ!」「大丈夫です」「暇あー」


「ふむ。少し、足を早めましょうか?

 帰りは荷物が増えるかもしれませんので、あまり早く走らせませんが」


 ぽん、と黒影の前にクレールが水球を出すと、黒影が水を飲み始めた。

 クレールは少し黒影を見て、


「半日くらいなら余裕だって言ってますよ」


 マサヒデは頷き、


「じゃあ、足を早めましょうかね。

 集めた得物がどのくらいの量なのか分かりません。

 帰りは遅くなるかもしれませんから、行きはさっさと進めましょうか」


「そうしようよー。暇だよー」


 ぐったりとシズクが胡座をかいて座る。


「ははは! 本でも持ってくれば良かったですね!

 クレールさん達から、簡単な魔術でも教えてもらったらどうです?」


 くす、とクレールとラディが笑う。


「いーらなーい」


「水は飲み放題、火も小さな物が使えれば、簡単に焚き火が作れるじゃないですか。

 便利じゃないですか?」


「うーん・・・」


「シズクさん、教えますよ! 初歩をほんの少し使えるだけで、変わりますよー。

 ほら、これがあるから、魔術は使い放題!」


 ぽんぽん、とクレールが腰の魔剣を叩く。


「そうだなあ、何もすることないし、クレール様に教えてもらおうかな」


「ラディさんも、私にあの治癒魔術教えて下さい!」


「はい」


 にこにことラディとクレールが笑う。


「ところで、こんなこと女性に聞くのもなんですけど、真面目な話です。

 皆さん、お尻は痛くないですか?

 これで1日走っていても、大丈夫だと思いますか?」


 ちら、とクレールとラディがマサヒデを見て、目を逸らす。


「うーん・・・」「・・・」「私は平気ー」


「1日走るとなると、座布団程度じゃ不足ですか。

 では、もう少し、厚めの物を用意しておきましょう。

 やはり、何枚か皮を買ってきて、厚めに藁でも巻いておきますか」


「それが良いかと。革も藁も、他に色々と使えますし」


「ですね。先日の鹿革1枚では足りませんし、買い足さないといけませんね」


「ご主人様、せっかく狩った鹿と猪の革、あれは鞍の上に被せては?

 大きさもちょうど良いですし、少し折り畳んで、厚めに。

 我々も、馬に乗ったままでは、尻が・・・」


 ぷ! とシズクが吹き出し、クレールとラディも、むむ、と口角を上げる。


「あはは! カオル、痛いんだ!」


 げらげら笑うシズクに対し、カオルは真剣な顔だ。


「ご主人様、我々はまだ馬術の素人。仙骨を痛めないか、少し不安です。

 ずっと馬に乗っていて、もしここを痛めたりずれたりすると、大変です。

 我々武術を使う者には、致命的なものになります」


「仙骨・・・確かに、ここを痛めると致命的ですね」


 真剣なマサヒデとカオルを見て、シズクは指を差して、さらに笑い声を上げる。


「あははは! そんな真剣な顔で、お尻の話しないでよ!」


「あははは!」


「ぶっ!」


 クレールも笑い声をあげ、ラディは口を抑えて顔を横に向ける。


「ラディに治してもらえばいいじゃん! あははは!」


 カオルが真剣な顔をシズクに向けると、3人が笑い転げる。


「笑っていますが、咄嗟の場合、どうするのです。

 いちいち治癒を受けてから戦いに、などと、のんびりしていたらやられますよ」


「その通りです。鹿と猪の革は鞍に被せ、少しでも痛まないようにしておきますか」


「そうしましょう」


「あははは!」


 マサヒデとカオルの真面目な顔が余計におかしい。

 3人の笑い声が、街道に響き渡った。



----------



 もうそろそろ日が沈む。


 街道を進んでいると、何度も馬車とすれ違う。

 店などがなくても、商人の馬車も通るから、食事は彼らから買っても良い。

 この辺りでは、食事の心配は、それほどなさそうだ。

 気候の厳しい辺りでは、ちゃんと食事の準備をしておくべきか。


 マサヒデは馬車の中に振り向いて、


「そろそろ野営しますよー!」


 と、声を掛けた。

 中では、クレールとラディが手を突き出している。

 魔術を教えあっているのだろう。

 シズクは真ん中で寝転がってしまって、完全に寝ている。


「はーい!」


 と、クレールの元気な声が返ってきた。

 マサヒデは少し進めて、街道を外れ、馬車を止めた。

 カオルも近付いて来て、馬を止める。


「よーしよし・・・クレールさん、干し果物、出して下さい」


「はい!」


 マサヒデが御者台から降りて、クレールから干し果物を受け取り、


「黒影、ありがとう」


 と、黒影の首をぽんぽん、と軽く叩き、干し果物を差し出した。

 勢い良く、黒影が干し果物に齧り付く。

 もちゃもちゃと干し果物を食べた後、クレールがぽん、と水球を出すと、口を突っ込んだ。

 カオルも白百合に干し果物を与えて、首を撫でている。

 白百合の顔の下にも、水球が浮いている。


「よし、と。今夜は弁当も酒もありますし、のんびりしましょう。

 クレールさん、屋根、お願いします」


 クレールが顔を突き出して、


「マサヒデ様、お風呂も作りますよ!」


 ふふ、とマサヒデは笑って、


「良いですねえ。じゃ、のんびりしますか。

 カオルさん、日が沈む前に、薪を拾いに行きましょう。

 シズクさん、ここでお二人を頼みますよ」


「はーい」


 ぼん、ぼん、ぼん、と土の壁が出来て、屋根が乗る。

 それを見た後、マサヒデとカオルは薪を拾いに、野営地を離れていった。

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