第15話 ラディと酒


「しまった・・・」


 薪を拾いに野営地から離れたが、周りは野原、木がない。

 向こうに森が見えるが、そこまで行っている時間もない。


 小枝と枯れ草は集まる。

 だが、これではすぐに消えてしまう。大量に集めなければ・・・

 少しでも燃えるよう、小枝をがさがさと集めていく。


 もっさりと大量に集めた小枝を、紐で縛る。ぱりぱりと枝の折れる音。

 寒い季節でも山でもないし、皆で焚き火を囲む時間だけ持てば良いのだ。

 カオルも拾いに来ている。これだけあれば、十分だろう。


「よ・・・と」


 ぺきぺきと音を立てながら、マサヒデは野営地に戻った。



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「うん・・・」


 カオルの方も、小枝ばかり。


「薪も持ってくるべきでしたね」


「これだけの量があれば十分かと思いますが。

 余った分は、馬車に載せておきましょう」


「ふう、そうしますか。明日も多分野営です。

 商人の荷馬車が通ったら、少し売ってもらいましょう」


 喋りながら、小枝を重ねていく。


「クレールさん。火、頼みます」


「はい!」


 ぽ、と小さく火が着いて、ぱちぱちぱち・・・と燃えていく。

 シズクが弁当の袋と酒を出して、


「さ、早く食べよう! お腹空いちゃったよー」


 屋根の下に寝袋が並べられ、向こう側にもう一つ壁で囲まれた所がある。

 あれが風呂だろう。

 皆に弁当が配られ、


「じゃ、頂きましょう」


「頂きまーす」「頂きます!」「頂きます」


 蓋を開けて、弁当を食べる。

 三浦酒天の弁当は、やはり美味い。


「マサヒデ様、お酒も飲んで良いですか?」


「良いですよ。飲むために持ってきたんですから」


「やった! あ、ちょっと待ってて下さい」


 クレールが馬車まで走って行き、小さな包みを持って来た。


「これ、この間漬けておいた干し肉、持ってきたんです!」


「ほう、あれですか」


「お父様は、これをおつまみにしてたんですよね?」


「そうですよ。そのまま食べちゃいけませんよ。ちゃんと焼いてからです」


「はい!」


 シズクが受け取って、小枝にぐにぐにと干し肉を刺し、焚き火の周りに並べる。

 ちりちりと表面が焼ける音がして、擦り込んだにんにくの匂いがふわっと広がる。


「んんー! 美味しそうですね!」


 すんすんと、クレールとシズクが鼻を鳴らす。


「私は酒はいりませんから、皆さんで呑んで下さい」


 クレールがはい、はい、とお猪口を手渡していく。


「クレール様、私も結構ですので」


 と、カオルが手を止める。


「じゃあ、私とー、シズクさんとー、ラディさんも呑みますよね?」


「えっ」


 ぱた、と箸を止め、ラディがクレールの差し出したお猪口を見つめる。

 クレールの顔を見ると、純粋で真っ直ぐな、輝く瞳。


「あっ、はい」


「さー、どうぞ! ラディさんと呑むのは初めてですねー」


 クレールが徳利を抱きかかえるように持って、とくとく、とラディのお猪口に酒を注ぐ。


「・・・」


「かんぱーい!」


「乾杯っ!」


 クレールもシズクも、ぐいっと一口で飲み干してしまった。

 ラディも呑もうと口に近付けるが、すん、と酒の匂いがして、


「う」


 と眉をしかめて手を止めた。

 おや、とシズクがその様子を見て、


「むむっ! ラディ、さては酒は初めてだな!」


 と、にやにや笑う。


「はい」


「よーし、シズク先生が酒の呑み方を教えてやるぞ!

 最初は鼻の奥に匂いがするが、我慢して少しずつ呑んでみなさい!

 一気飲みは駄目だぞ! 少しずつね!」


「はい・・・」


 ちみっ。


「んっ」


 鼻の奥で、むわーと酒の匂いがして、


「う?」


 と、お猪口を口から離す。

 皆がにやにやとラディを見る。


「これが、美味しいのですか?」


「もう少し、我慢して呑んでみなさい!」


「はい」


 ちみ・・・ちみ・・・

 ラディの顔は厳しいまま。


「全然美味しくないです」


「ははは! 私もそう思ってましたよ!」


 マサヒデが笑う。


「よしよし。そろそろ干し肉が良い頃だな!

 ラディ、少しだけ干し肉を齧ってみなさい!」


「はあ」


 焚き火の周りに並んだ干し肉を一つ取って、齧ってみる。

 にんにくの香りがして、美味しい。


「どう? 美味しい?」


「はい。この干し肉は美味しいですね」


 クレールが喜んで、


「やった! マサヒデ様、大成功ですね!」


「良かったじゃないですか」


 と、マサヒデも笑って頷く。


「よーし、ラディ、また少しだけ口に入れるんだ」


「はい」


 ちみ・・・


「・・・全然美味しくないです」


「あははは! そかそか!」


 シズクがばしばしと膝を叩いて笑う。


「うふふ。もう少し呑んでると、お酒の方から美味しくなってくるんですよ」


 クレールも干し肉を手に取って、ぐいっと噛み千切る。


「む! この干し肉は美味しいですね・・・

 ううむ、お父様がおつまみにしているというのも、頷けます」


「クレール様、お酒の方から美味しくなるんですか?」


「そうですよー。さ、も少し呑み進めてみて下さい!」


 ちんみり・・・ちんみり・・・

 ラディは首を傾げる。


「ううん・・・?」


 クレールが立ち上がって、ラディのお猪口に酒を入れる。


「まだお猪口1杯。こんなちょっとですから、全然分からないでしょう。

 私も、初めてワインを飲んだ時は、全然美味しくなかったのです。

 でも、呑み進めて行くと、美味しさが分かってくるんですよ」


「そうですか・・・」


「帰りましたら、お父上やお母上と少しだけ呑んでみて下さい。

 何度か呑めば、酒の美味しさが分かります。

 初めての時は、どんなに飲んだって、大して美味しい物ではありません」


「はい」


「酒の味が美味しいと感じるようになると、楽しみがひとつ増えます。

 そして、酒の味が分かるようになると、人生が変わりますよ」


「そういうものですか?」


「そうだよ! でも、呑み過ぎは禁止だよ!

 いきなり、私達みたいに沢山呑む人に合わせちゃいけないぞ。

 朝起きると、身体が革鎧みたいに、ぷんぷん臭う! だから、少しづつね!

 お父さんに呑め呑めって言われても、少し呑んだら逃げるんだぞ!」


 マサヒデはゴロウと呑んだ時の呑み勝負を思い出し、


「ははは! 先日、職人街の船宿の虎徹で呑んだ時は、酷かったですからね。

 2人で店の酒を全部呑み切ってしまって、次の朝の居間の臭いと言ったら!

 マツさんが鼻をつまんでましたからね!」


 クレールとシズクは顔を合わせ、にんまりと笑って、


「あれは楽しかったよね!」


「楽しかったですね!」


 くす、とカオルが小さく笑い、


「ふふふ。シズクさんの肩に乗って、角を掴んで笑っておられましたね。

 シズクさんもぐるぐる回って」


「虎徹で?」


「ああ、ラディさんは知ってますよね。職人街の店ですし。

 あそこで、軍鶏鍋を食べたんですよ。美味しかったです。

 あの軍鶏鍋と一緒に呑んだお酒は、美味しかったですね」


「そうでしたか」


「また行きたいですね!」


「行きたいよね!」


 満面の笑みを浮かべる2人を見て、マサヒデは苦笑して、


「もう呑み勝負なんてしないで下さいよ。

 あの部屋の臭いは、今でも忘れられませんよ。

 ラディさんも、呑み過ぎないように気を付けて下さいね。

 あの臭いだけで、銃が錆びてしまいそうです」


「ふふ、分かりました」


 ラディが少し笑って、ちび、と酒を口に運ぶ。

 また眉をしかめ、少し首を傾げた。

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