第8話 トモヤの望み
本を山積みにして、玄関に回る。
まだマツが顎に手を当てて、考え込んでいる。
「さ、マツさん、中へ入りましょう。
ここで考え込んでいては目立ちますよ」
「は・・・そうですね・・・ううん」
唸りながら、マツが中に戻って行った。
マサヒデは庭に回り、本の山を前に腕を組む。
どうしたものか・・・
「ご主人様。茶を用意しました」
縁側からカオルの声。
「あ、ありがとうございます」
気付いて縁側を見れば、トモヤは座って茶を飲み、シズクは寝転がり、クレールも座って、2人で本を読んでいる。
マサヒデも縁側に座り、
「カオルさん、これどうやって保管したら良いでしょうかね?
マツさんは書庫は増築したくない。
でも、手放したくない、側に置いておきたいと言うんです」
「土の魔術で地下室でも作って、置いておけばよろしいでしょう」
「それだと湿気ちゃうそうです」
カオルはにやっと笑って、
「菓子の紙で包むとよろしいですよ」
「菓子の紙? どんな紙です?」
「ケーキなどの菓子を包んでいる、薄い白いあの紙です」
「それで包むと、湿気ないんですか?」
「はい。我らは古書などをそうやって保管しております。
箱詰めにしておいても、100年は持ちます。
古の伝も、そうやって保存されております。
湿っぽい地下でも、10年に1度くらい紙を替えてやれば、永く持ちましょう」
「ほう? あの紙に、そんな使い方があったんですか。意外ですね」
「ブリ=サンクのレストランに頼めば、いくらでもお譲り頂けるでしょう。
洋菓子も多く作っておりますし」
「うん、では地下室を作って、そこに入れるとしましょうか。
マツさん、聞いてましたか?」
湯呑を前にじっと考え込むマツに声を掛けると、
「は? 何をです?」
「カオルさんが、地下でも本を保存出来る方法を、教えてくれましたよ」
「え!?」
マツが驚いて声を上げた。
「ケーキとかを包んでいる、あの白い紙で本を包むと良いそうです。
地下でも、10年に1度くらい紙を替えれば良いそうです」
「え? ええ? そんな方法があったなんて・・・
では、地下室を作ってしまいましょう!」
「では、私とトモヤは馬車を戻してきますが・・・
クレールさん、ちょっとお願いが」
「あ、はい! 何でしょう!」
ぱ! とクレールが本から顔を上げる。
「最高のワインを、お奉行様とハチさんに贈って頂けませんか。
今、ホテルに置いてある中の物で構いません。
この本の持ち出しを許してくれましたから、お礼です」
「え、でも、この本、結構な数ですよ?
お礼でしたら、実家に連絡すれば、もっと良いワインも届けてもらえますが」
「それでは時間がかかりますからね。
今、手持ちの中で良い物で構いませんので」
「はい! 分かりました!」
クレールが立ち上がり、ぱん! ぱん! と手を叩く。
「聞いておりましたね! 今すぐホテルに使いをなさい!
手持ちで構わないので、最高の物を!
贈り先は、火付盗賊改のノブタメ=タニガワ様と、同心のハチ様です!」
「は!」
「うお!?」
誰もいない所から声がして、驚いたトモヤが茶を溢した。
きょろきょろと庭を見回す姿に、皆がくす、と小さく笑う。
「な、なんじゃあ・・・?」
「ははは! あれはクレールさんのお付きの忍だ」
「何!? 忍か!? こんな真っ昼間だというに、何者も見えんかったぞ!?」
「何だ、驚いたのか? 気付いていなかったのは、お前だけだぞ。ははは」
「皆、気付いておったのか!?」
くるっとトモヤが部屋に振り返ると、皆がにやにやしてトモヤを見返す。
「そうだ。勇者祭に出ると言う事は、ああいう者も相手にするのだ。
どうだ。降りて良かっただろう? ははは!」
「全くじゃ・・・恐ろしいのう。
マサヒデ、ワシは馬車に乗っておるだけじゃ、襲われんじゃろうな?」
「分からんぞ。馬車を盗もうとする輩もおろうからな。
勇者祭以外にも、野盗の類もおろうし」
「おいおい・・・」
「俺に付いてこようとするなら、覚悟はしておけよ! ははは!」
「村に帰った方が良いかの?」
「別に構わんぞ。だが、共に魔王様に会おうとは思わんのか?
俺の新しい父上だと言うのに・・・友人が来てくれぬとはなあ」
「む、厳しい所を突くの」
マサヒデはわざとらしく天井を仰ぎ、
「ああー、残念だ! ううむ、寛大な魔王様の事だ。
それはそれは、豪勢な土産がもらえるかもと、思っておったがなあ。
お前も一緒に来ればなあ・・・」
「む! お主、ワシの欲をしっかりと見抜いておるの。
だが、全くその通りじゃ。魔王様は何をくれるかの?」
「さあな。宝石かな? 金かな?
小さな領地くらいはくれるかもしれんぞ?」
「むむむ・・・それは行かねば・・・
と言いたい所じゃが、別に褒美はいらん」
「ほう?」
「正直に言うと、もう勇者祭でなくても良いのじゃ。
ワシは、魔王様に謁見が許されれば、それで良い」
「何?」
「先程、お主の言うた通り、ただお主のお父上を見られれば、それで良い。
お褒めの言葉とか、褒美も別にいらぬ。
もちろん、道中は楽しませてもらうがの! わはは!」
「・・・」
皆、驚いて、笑うトモヤの背中を見つめた。
道中は危険もあろうに、ただマサヒデの義父に会えれば良いとは。
「それでは、最初に勇者祭に出よう、と言っていた時と全然違うではないか」
「おお、そうよ。お主が勇者になろうとする所を見るつもりじゃったがの。
今はもう、それもいらんくなったわ。
最初は金銀財宝、貴族の位なども考えておったが、どれもいらん。
もらえるに越したことはないがの」
「ではなぜ?」
「お主なあ・・・機会があるのに、友の新しいお父上に会いにも行かぬ、などと言う薄情な友人はいらんじゃろうが。今はそれだけじゃ! 今はな! そのうち増えるかもしれんがの! ははは!」
「・・・」
やはり、トモヤが友人で良かった。
皆も心に響いたものがあるのか、トモヤを見る顔から、笑いが消えた。
くるっとトモヤが部屋の方を向いて、
「わはは! それにこの部屋を見よ!
見ての通り、お仲間もまた華々しいではないか!
危険もあろうが、それ以上に、楽しい旅になると思わんかの!」
皆を見て笑うトモヤを見て、マサヒデも笑い、
「ふふ、ははは! そうだな!
では、さっさと馬屋に行くか。馬車を返して、黒影を休ませてやらねばな。
俺達も腹が減った。メシを食わねばな」
「おう、そうじゃ! もう昼はとっくに過ぎておる。
今日はギルドでがっつりと肉を食うぞ!」
「よし、行くか!」
「おうよ!」
トモヤとマサヒデがいなくなり、部屋が静かになった。
ふ、と小さくマツが笑って、湯呑を取る。
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半刻後。
オリネオ奉行所。
ささ、と廊下を歩いて来る音がして、
「タニガワ様」
と襖の外から声がかかった。
ノブタメは筆を止め、
「なんだ」
さら、と襖が開き、
「トミヤス様から使いの者が来て、こちらを」
「何、トミヤス殿から?」
まさか書を出して即日届くとは。
「は。タニガワ様に世話になった礼に、と」
「礼、か」
少し気まずそうな顔で、袱紗に包まれた箱が差し出された。
「タニガワ様・・・その・・・」
「ははは! 賄賂ではないわ!
トミヤス殿のお仲間には、まだ祭の者でない者もおってな。
あの屋敷でたむろしておった者共、あれにハチを送ったのだ。
予想通り血も流れたし、ハチがその証人となった。
おそらく、その礼と言いたいのであろう」
本当は、ノブタメから持ち出しの許可にこっそり催促したのだが、部下の手前。
らしく言っておかねば。
「そうでしょうか?」
ノブタメは深く頷き、神妙な顔をして、
「此度は血が流れた。そこに、引け目を感じたのであろうな・・・
これは礼というよりも、詫びのような物であろう。
しかし、危険な目にあわせた。礼を言い、詫びたいのはこちらの方だ。
元はこちら側から頼んだ事、しかもあれだけの不逞の輩を捕らえられたのだ」
「死人が出てしまった事に?
相手は、勇者祭の参加者であった、と聞きましたが」
「トミヤス殿の年齢を考えてもみよ。
人の命を奪ってしまったのは、初めてであったのだろう」
は、と部下が気付いた顔をして、少し暗い顔で俯いた。
「ああ・・・左様でしょうね・・・」
「立ち会いも、まずは木刀でと仰り、真剣を望む、と言うお方ではない。
武術家であるし、覚悟はしておるつもりでも、引け目を感じて当然だ」
はらりと包みを開くと、桐箱。
きっちりとはまった蓋を少し力を入れて開けると、中にはワインが入っていた。
この蓋の閉まり具合、箱も一流職人の物だ。
くすんだラベルが、年月を感じさせる。年代物なのだろう。
箱の中が、少し冷たい。
温度を保つよう、魔術が掛かっているのだ。
「ほう。これはまた・・・レイシクランのワインだな。高い物であろうに。
む、もしかしてハチ宛にも、同じ物が届いておったか?」
「中身までは分かりませぬが、ハチ殿宛にも同じような届け物が」
「今夜には呑まねばな。温度が変わると、あっという間に味が落ちる。
ハチが帰ったら、今夜中に呑みきるように、と伝えて渡してやってくれ」
「は」
「む、手間を取らせたな。下がってくれ」
「は」
さー・・・とん、と静かに襖が閉められた。
ノブタメは箱にワインを戻し、静かに蓋を閉めた。
「さて、ふたつ目の礼、どんな出来上がりになるかな・・・」
にやにやと笑いながら、窓の外を眺める。
今まで眠っていた、コウアンの刀。
ノブタメの胸が踊る。
<<※本を包む紙は中性の物を使いましょう>>
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