第7話 貴重な本
ふうふうと息を切らせながら、馬車に本をぎっしりと詰め込んだ。
詰め込んだ本を眺める。
これは、200貫は軽く超えているのでは・・・
300貫近くはあるかもしれない。
「トモヤ、引けると思うか? さすがに多すぎたか?」
「いやあ、黒影なら大丈夫よ。
もし走り出せないようなら、ワシが後ろから押すわ。
動きさえすれば、後は平気じゃろう」
「俺は降りて歩いた方が良いかな?」
「平気じゃ平気じゃ。黒影はそんなやわではないわ。
ほれ、さっさと乗れ」
言われるまま、マサヒデは荷台に乗り込む。
本が一杯で、何とか後ろに座れるくらいだ。
トモヤも御者台に乗って、
「よし! 黒影、お主の力を見せてやれ!」
と、ぱしん! と鞭を入れた。
「お・・・」
ぐぐぐ、とゆっくり動き出した後、がらがらと馬車が動き出した。
「お、おお! さすが黒影だ!」
「わははは!」
道ではないのに、がらがらと馬車が進んで行く。
荷台がぎしぎしと小さな音を立てるが、全然不安な感じはしない。
馬車はそのまま進み、街道に入った。
まずは寺に行き、坊主にこの本を見せなければ。
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「どうどう! 黒影、ご苦労!」
と、トモヤが寺の門前で馬車を止める。
トモヤは御者台から飛び降り、
「坊様を呼んでくる。この馬車は中まで入れんからの」
「む、分かった」
マサヒデが荷台から降りると、さりさりと玉砂利を踏んで、トモヤが入って行き、しばらくして、坊主を連れて戻って来た。
「おう・・・これはまた、でっかく盗んできたな・・・」
荷台一杯の本を見て、坊主も驚きと呆れで口を開けてしまった。
「どうじゃ、坊様。言うた通り、たくさんあるじゃろうが。
これだけあれば、坊様の気に入る本が1冊くらいはあるじゃろう」
「うむ・・・いや、魂消た。お主ら、良い事をしたぞ。
100年前の本が、これだけあるとは。
当然、もっと前の古い物も混じっておろうな。
貴重な物もきっとあるはずだ。この本達も、助けてもらって感謝しておろう」
「そうじゃろう、そうじゃろう!」
と、トモヤが胸を張る。
「では、2、3借りておくか。ちと見せてもらおう・・・
と言いたいが、これでは奥まで見えんではないか」
「宗教の本が多数ありましたので、まずはそちらの束をお出ししましょうか?
後ほど、魔術師協会の方で、全て整理しておきます。
改めて足をお運び頂ければ、と思いますが」
「うむ」
「では・・・よっ、と!」
とマサヒデが乗り込み、宗教関係の本の束をどさ、どさ、と置く。
「ふうん・・・」
と、坊主は置かれた本の背表紙をささっと流し見ていく。
「これで全て・・・ではないわな」
「はい」
「他のも見せてもらえるか」
どさ、どさ、どさ、とマサヒデが積んでいく。
「ほおう・・・よくもここまで集めたものだ」
すすす、と積まれた本の背表紙を指で滑らせていき、ぴた、と坊主が身を固めた。
「む。ちょっと待て。これは・・・」
1冊の本に、坊主がじっと目を注ぐ。
「どうなさいました? 貴重な文献でも」
「かも、しれぬ。ちと、紐を解いてもらえるか」
紐を解くと、坊主が1冊の本を引き抜いた。
どさ、と上に乗っていた本が落ちる。
「ううむ・・・」
坊主が唸って、ほんの裏表紙を開く。
じっと見てから、ぱらぱらと少し本をめくり、眉間に深い皺を寄せた。
「お主ら、とんでもない本を見つけたな」
「なんじゃ。お高い物か?」
「いや、値がつけられる物ではないが・・・
これは、仏道に携わる全ての者が読むべき物だ。
遥か昔に、火事で焼失してしまってな、一部しか残っておらんでな・・・
拙僧も、残った一部しか読んだことはないのだ」
ぱら、ぱら、と坊主が本をめくる。
「これは失われた仏典のひとつで『鳳凰の巻』という。
この五之巻は、元盗賊の旅の僧と、同じく旅の彫物士の話だな。
輪廻転生について、詳しく、分かりやすく書かれておるのだ」
「輪廻転生と言いますと・・・
ええと、死んだ者は、生きていた間の行いで、別の生き物に生まれ変わる。
そうやって、永遠に命は廻っていく・・・という仏道の教えですね」
「良く知っておるな。簡単にまとめると、そういう事だ。
それを絵物語にしたのが、この鳳凰の巻よ」
「絵物語? それだけ分厚い・・・」
「そうだ。これだけ分厚い本が、全部絵物語なのだ。
ええと・・・1、2、3・・・16・・・全部あるのか!」
1冊ずつ手に取り、ぱらら、とめくっていく。
「うむ・・・虫食いもない。日焼けもない。
これは良い状態で、保存されていたのだな・・・」
坊主は眉間に皺を作ったまま、食い入るように絵物語を見る。
「うむ、今回はこれ1冊で良い。
また焼失されては困るでな、1冊ずつ、原版を作りたいと思う。
だが、なにせ絵物語。文字だけではないからな。
原版を作るに、時間がかかる。長く借りる事になるが、良いか?」
「もちろんです。ご住職には世話になっております。好きなだけ」
「そうか。いや、こちらが礼を言いたいぐらいだ。
うむ・・・しかし、どこで手に入れたのか。よくぞ残っておった・・・」
坊主はマサヒデに真面目な顔を向け、
「よくぞ見つけてくれたな。若造、礼を言うぞ。
お主もこの『鳳凰の巻』は読んでおけよ。これはきっと、何かの縁だ。
絵物語だと馬鹿にするな。これは、決して子供の絵物語ではないぞ。
必ず、お主の心の修行に役立つはずだ」
「分かりました。必ず」
「うむ・・・」
は、と再び本に目を向けた坊主が顔を上げ、
「おお、そうじゃ。拙僧としたことが、忘れておったわ。
お奉行様から、お許しはもらっておる。
もう魔術師協会にも報せは届いておるはずだ」
「ありがとうございます」
「腹も減ったろう。もう、帰って良いぞ。
これだけの量、きっと他にも良い本があるはずだ。目を通しておけ」
「は。それでは、失礼致します」
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がらがらと音を立て、馬車が魔術師協会の前に止まった。
音を聞いて、マツが出てくる。
「お帰りなさいませ。お二人共、お疲れ様でした」
「只今戻りました」
「マサヒデ様、先程、お奉行様からお手紙が」
す、とマツが封書を差し出す。
「また、何か事件でしょうか?」
「いえいえ、違いますよ。
この本を持って行って良い、と、お奉行様に許しをもらったのです」
「ああ、そうでしたか」
ぺり、と封を開けて、中を改める。
2枚の書類。
『元ハワード家屋敷内の本・書類の持ち出しを許す。
取扱いは、マサヒデ=トミヤス、並びにオリネオ魔術師協会長、マツに任せる。
火付盗賊改方 ノブタメ=タニガワ』
「ふんふん。これで安心して本は我々の物と」
もう1枚は・・・
『ワインを楽しみにしております。
研ぎが終わりましたら、そちらも是非とも拝見したく思います。
遊び人のゴロウ』
「ハチさん・・・喋ってしまったのか・・・」
はあ、と溜め息をついて、マサヒデは書類を封に戻し、
「マツさん。このお許しの書類、保管を頼めますか」
「はい」
「本はどこに置きましょう。クレールさんの部屋には入り切りませんよ」
そう言ってマサヒデが馬車の幌を上げると、山積みの本。
マツが驚いて、口に手を当てる。
「まあ! こんなに!? ええと、どうしましょう?」
「大工さんに、書庫を作ってもらいましょうか。
とりあえずは、ギルドの倉庫を貸してもらいますか?」
「ううん・・・」
「いっそ、ギルドに寄付して、書庫に保管してもらいましょうか?
貴重な本もありましたが、私達には貸出自由と言う事で」
「貴重な本も! ううん・・・ううん・・・」
マツが腕を組んで、考え込む。
ここまで多かったとは!
増築すると、庭の美観がぶち壊しになってしまう。
しかし、本は手元に置いておきたい!
地下を作るか? しかし、本は湿気に弱いし・・・
「むむむ・・・マサヒデ様、これは難しい問題ですよ!」
「どうなさいました」
「はっきり申し上げますと、私、この本は手放したくありません。
しかし、庭の景観が崩れるので、書庫を作るのも嫌です。
地下は本には良くないし・・・」
「地下は良くないんですか?」
「本は湿気に弱いですから」
「湿気らないような魔術はないんですか?
それを地下室の壁とか床にかけておけば、良いではありませんか」
「むむむ・・・湿気らない魔術・・・」
「お米が良いって言ってましたよね。床にお米でも撒いておきますか?」
「ううん・・・」
「空いてる押入れを本棚にしてしまうとか・・・入り切らないか」
うんうん唸るマツを置いて、
「とりあえず、庭まで運びますよ。
馬車も置きっ放しでは、通りの邪魔になってしまいますから。
トモヤ、庭に運ぶぞ」
「おう!」
ひとまとめの本を運び、縁側からシズクに声を掛ける。
「シズクさん、本、持ってきましたよ。
運ぶの手伝ってもらえませんか?
馬車一杯に積んであるんですよ」
「ほんと!? 手伝う手伝う! 運んじゃうよ!」
どたどたとシズクが出てくる。
玄関前で唸るマツを見て、
「マツさん、どうしたの」
「ええ・・・ちょっと・・・」
ふ、とマサヒデは小さく笑って、
「シズクさん、良いですから、とりあえず庭に下ろして下さい。
早く馬車を返してこないと、通りの邪魔ですから」
「はーい!」
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