第6話 埋葬
寺の前で馬車が止まる。
用意してくれたのであろう、大八車が門のすぐ脇に置いてあった。
マサヒデは馬車を降り、
「まず、ご住職に挨拶に行こう」
「そうじゃの」
と、中に入って行った。
すぐに、縁側で茶を啜る坊主が見え、マサヒデとトモヤは歩いて行く。
じっと、歩いて来るマサヒデ達を見つめていた。
マサヒデは坊主の前に立ち、頭を下げた。
「お連れしましたので、よろしくお願いします」
「そうか。では、門の所にある大八車に載せて来い」
「は」
マサヒデとトモヤは戻り、馬車から遺体を下ろして、大八車に載せる。
坊主は縁側から降りてきて、寺の横を歩いて行く。
マサヒデ達も、坊主の後ろを離れて付いて行く。
寺の後ろまで来た所で、坊主が足を止めた。
穴が掘ってあり、奥側に小さな五輪塔が建ててある。
「埋めよ」
「は」
トモヤが穴の中に遺体を寝かせ、マサヒデは寝かされた遺体に足を付けるように置いて、上に大小を置いた。用意されていた円匙(えんし:スコップのような物)を使い、土を掛けていく。
「円匙を置け」
マサヒデ達は坊主の後ろに下がり、円匙を置いた。
坊主が袂から数珠を出し、2人に渡す。
「持て」
「は」
2人が数珠を持ち、親指と人差し指の間で垂らす。
線香を墓の足元に刺し、坊主が読経を始めた。
「上来、諷経する功徳は、この仏に回向すー。
伏して願くは、入棺の次いで、報地を荘厳せーんーこーとーをー・・・」
マサヒデは手を合わせ、頭を軽く下げた。
「切におもんみれば生死交謝し寒暑互いに遷る、その来るや電長空に激し其の去るや波大海に停まる・・・」
少しして、読経が終わった。
「線香を上げよ」
坊主が2人の手に線香を持たせると、ぽ、と先に火が着いた。
「え」
魔術を使うのか、と、トモヤが少し驚いて声を出す。
マサヒデは前に出て、線香を刺した。
トモヤも並んで、線香を刺した。
しばらくそのまま手を合わせ、トモヤが顔を上げると、マサヒデはまだ目を瞑ったまま、手を合わせている。
トモヤが立ち上がると、坊主が頷いて、2人は去って行った。
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マサヒデが戻ると、トモヤと坊主が縁側で談笑していた。
「おう、人斬り。こっちへ来い」
と、坊主が手を招く。
人斬り。
言われると、マサヒデの肩がずしんと重くなった。
武術の道を選んだ以上、いつかはこうなる、と分かっていた。
だが、面と向かってそう言われると、ずっしりとくる。
「そうがっくりするな。相手も人斬りだ。
今回は、運良くお主が生き残っただけの事。お互い様よ」
「は・・・」
「さ、茶でも飲め」
トモヤの隣に座り、差し出された茶を飲む。
「お主、これから何人斬るか分かるまい。その数珠は持っていけ。
相手も覚悟はしておろう。毎回、経など唱えんでも良い。
だが、たまには斬った相手に祈ってやれ」
「はい」
「お主は武人だからな、挑まれれば斬る事も致し方ないわ。
だがな、お主が斬った武人の魂は、お主のその肩に乗るぞ。
自分を斬った者が簡単にやられては、お主に斬られた者もさぞ無念であろうな」
「はい」
「では、お主が斬った者の為、お主は斬られるな。
それが、武人が武人に送る回向というものだ。分かるな」
「はい」
「それとな、此度は奉行所の手伝いもあったと聞いた。
悪党の魂など気にするな。肩に乗る側から、閻魔様が引きずり落としてくれるわ。
と、言いたい所だが、悪党にも、家族や友人もおるであろう。忘れるなよ」
「はい」
「ふう、坊主がこんな事を言うのもなんだな・・・
まるで、殺しを良しと言っておるようなものだ」
「じゃがの、坊様。『武人が武人に送る回向』というのは良かったぞ。
まるで、本物の坊主の説教のようじゃったわ」
「そうかそうか。良かったか。ははは!」
ずずー、と茶を啜って、坊主が湯呑を置く。
「ところで若造、此奴から聞いたぞ。
お主、泥棒をしようとしているそうではないか? んん?」
「えっ!」
マサヒデが驚いて顔を上げると、坊主とトモヤがにやにや笑い、マサヒデを見ている。トモヤは泥棒した事を話してしまったのか!?
「ははは! このまま忘れられて朽ちてしまうよりは、まだ泥棒された方が良いわ。
どうだ、拙僧が本はお前の物にするよう、お奉行様に話をつけてやる。
代わりに、拙僧が読みたい本は貸してもらう。本はちゃんと返すから安心しろ」
トモヤはにやにやと笑いながら、
「マサヒデ、悪い話ではあるまいが。堂々と泥棒出来るぞ」
「トモヤ! お前、お前、話してしまったのか!?」
慌てるマサヒデを見て、トモヤが腹を抱えて笑い出した。
「わはははは!」
「ば、馬鹿者!」
げらげら笑うトモヤの腕をがしっと掴むと、坊主も笑いながら、
「ははは! 構わん構わん!
拙僧は、書を読める。
お主らは、堂々と泥棒出来る。
お奉行様は、誰の物かも分からん持ち物を、楽に処分出来る。
万事丸く収まるではないか! ははは!」
「は、はあ・・・」
「よし、マサヒデ! 本を取りに行くぞ!」
ばし! とマサヒデの手を払って、トモヤが立ち上がった。
「行って来い、行って来い! まずはこっちに持って来いよ!
奉行所には文を送っておくからな! 安心して泥棒して来い!」
「おうよ! 坊様、楽しみにしておれ! 仏教の本も沢山あったからの!
さ、マサヒデ! 行くぞ! わはは!」
と、トモヤはさっさと歩いて行ってしまった。
マサヒデが坊主を見ると、
「どうした人斬り。さあ、本を取りに行って来い。
まずはここに持って来いよ」
「は・・・ご厚意に、感謝します」
と、やっとの思いで言葉を捻り出し、マサヒデは立ち上がった。
トモヤめ、なんと口の軽い・・・
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がらがら音を立てて走る馬車の中。
マサヒデが不機嫌な顔で腕を組んでいる。
まさか、犯罪行為を事もあろうにご住職に喋るとは・・・
「く・・・」
確かに、ご住職に知られた所で、それが奉行所に届かなければ捕まりはしない。
今回は、ご住職も本を読みたい、との事であったから、助かった。
き! とトモヤの背中を睨む。
これが本でなくて刀の事であったら、どうなっていたか・・・
ふう、と溜め息をついて、床を睨む。
「よーし! どうどう! マサヒデ、着いたぞ」
「おう・・・」
不機嫌な顔で降りてくるマサヒデを見て、
「なんじゃ、マサヒデ。まだ、あの名無しの権兵衛を気にしておるのか」
「いや、違う」
さっさとトモヤを置いて、マサヒデが歩いて行く。
早足でトモヤがマサヒデの横に並び、
「一体どうした? 何か、坊様が言った事が気に食わんのか?」
ぎり! とマサヒデがトモヤを睨み、
「違うわ! トモヤ、お前だ! 事もあろうに、泥棒すると坊様に漏らすとは!」
「なんじゃ、そんな事で怒っておったのか」
ぷんぷんするマサヒデと正反対に、トモヤは呆れ顔。
「なんじゃとはなんだ!」
「あの坊様はそんな事で怒りはせんわ。他に漏らしたりもせん。
何か良い手はないかと、相談して」
「相談!? ご住職に泥棒の算段をか!?
お前は、お前は・・・一体、何を考えておるのだ!」
「マサヒデよ・・・お主、ワシの言う事が信用出来んのか?
あの坊様とは、毎日顔を合わせておるのじゃぞ」
「その調子で他にも話さないかと、心配しておるのだ!」
「あのなあ、いくらなんでも、他に話などはせぬわ。
ワシとて、それなりに人を見る目はあるつもりじゃ」
ぷい、とマサヒデは顔を逸し、
「ふん! さっさと本を運び出すぞ」
「分かった分かった。早く機嫌を直せ、童殿」
「全く・・・」
「こっちの台詞じゃわい」
マサヒデはぷんぷんしながら、トモヤは呆れながら、書庫の本をまとめだした。
まだうんざりするほど本があるが、黒影なら運べるだろう。
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