第5話 泥棒稼業・4 仏の引取


 馬車を魔術師協会前に止め、居間に戻る。

 マツが執務室に入った後、マサヒデとトモヤは本泥棒の算段を考える。


「トモヤ。屋敷にはいつ頃行くのが良いと思う」


「うむ。それじゃがの、次はカオル殿も連れて行ってはどうじゃ」


「周りを見張ってもらうか」


「そういう事よ。さっきは人がおらなんだから、助かったがの。

 あの辺りの百姓に見られたら、ワシらが泥棒に行ったとバレてしまう」


「遅くなると、皆が畑仕事から戻ってしまうな」


「いや、近くで見られなければ良いのじゃ。遠目で見られる分には構わん。

 荷を積んでおる所さえ見られねば、泥棒をしておったとはバレまいが。

 仏を拾いに来た、で、おかしな所は何もないじゃろう」


「ふむ。では、カオルさんではなく、シズクさんを連れて行くか?

 鬼族が睨んでいたら、近付く者はおるまい。

 シズクさんも、カオルさん並みに勘が働くし、目も良い」


「そうじゃ、カオル殿には、一度忍んで屋敷を見てきてもらってはどうじゃ。

 荷が運ばれておれば、奉行所はもう去った後。

 我らも安心して泥棒が出来るぞ」


「うむ。それが良いな。しかし、ひとつ懸念がある」


「なんじゃ」


「まだ本が残っておるな。しかし、俺達が盗んできた分もあるな。

 本棚から、中途半端に本が無くなっておると、怪しまれんか。

 金庫のあった部屋は、あの書庫の隣。きっと書庫にも入るぞ」


「ううむ・・・確かにの。

 では、奉行所が来る前に、急いで行った方が良いかの」


「しかし、それで途中で奉行所が来たら、となる」


 ぽん、とトモヤが手を叩く。


「そうじゃ、馬車を使わずに運び出すというのはどうじゃ?」


「馬車を使わず?」


「マツ様かクレール殿に、風の魔術で宙を舞って、持って来てもらう。

 どうじゃ。中々良かろうが」


「阿呆、それでここに下りて来るのか?

 皆に見られてしまうではないか」


「いや、運び出すだけじゃ。

 屋敷から離れた、人目のない所まで飛んで行って貰えば良いのじゃ。

 後は、我らがそこまで馬車で取りに行けば良いであろう。どうじゃ」


「あの大量の本を持って飛ぶのか?

 遠目から見ても目立って仕方なかろう」


「ものすごく高く飛べば、見えやせぬと思うが」


「ふむ・・・あ、いや、駄目だ。

 空を飛ぶにも、一度、外に本を出さねばなるまいが。

 あんなに本を積み重ねておったら、遠くから見てもバレてしまうな」


「む、確かにそうじゃ。良い案だと思うたが。

 泥棒らしく、夜中にこっそり行くか?」


「馬車がうるさくて仕方なかろうが。

 あの集落の皆が起きてしまうぞ」


「ううむ・・・」


「まあ、とりあえず、本は置いておこう。

 ご住職に仏を供養してもらおう。

 行ってみて、奉行所がおらねば、ついでに本を運び出すか」


「む、そうじゃの」


 頷いて、マサヒデとトモヤは立ち上がった。



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 屋敷の手前で、


「マサヒデ! おるぞ!」


 とトモヤが振り向き、マサヒデも首を出して前を見る。

 奉行所から荷物を取りに来た、同心や下っ引き達がいる。

 ハチの姿も見える。


「構わん! 行け!」


 がらがらと馬車を近付けると、


「止めろー!」


 とハチが走ってきた。

 マサヒデが顔を出し、


「おはようございます」


「あ、トミヤス様」


「仏を寺に供養してもらおうと思いまして。

 ご住職には、許しをもらっておりますので」


「ああ・・・あの、玄関の所の四角い?」


「ええ。獣や鳥に遺体を食われては、と思って、魔術で囲ってもらったんです」


「ああ、やはりそうでしたか。ありゃあなんだと思って見れば、名無しの男がここに、なんて書いてありましたから、そうだと思ってましたが」


「これから運びたいのですが」


「構いませんとも。ところで、あの金庫は? ハワード様が見つけたんで?」


 ぴた、とマサヒデとトモヤの身体が固まった。

 ハチには話しても構わないだろう。

 くる、くる、とマサヒデが顔を回し、周りを確認する。


「ちょっと降りますから、待って下さい」


 さ、と馬車を降り、ハチの隣に立つ。

 ハチの耳に口を近付け、


(とんでもない物が出てきたんです)


 ハチもマサヒデに顔を寄せ、口に手を当てる。


(とんでもない物? 何か、お宝ですか)


(そうです。聞いたことありませんか。酒天切コウアンって)


 む? とハチが顎に手を当てる。


(酒天切・・・刀でしたっけか? 確か、絵物語で実際に・・・)


 は! とハチが大きく目を開いて顔を向け、


(ま、まさか)


 こくん、とマサヒデが頷き、


(コウアンの刀が出てきてしまったんですよ。

 酒天切コウアンっていうのは、国宝の刀なんですけど、その兄弟刀が)


 う! とハチの目が見開かれる。


(つまり、つまり、国宝くれえの、どえらい刀が出て来た?)


(多分ですけど、そうです)


(じゃあ、じゃあ、あの金庫の中の書類は)


(中身を誤魔化す為に入れただけです。

 あんな刀が出て来たって知れたら、大騒ぎですからね)


 ハチがきょろきょろと周りを見渡す。


(そいつぁ、今どこに?)


(ラディさんに預けてあります。錆びてしまっていたんですよ。

 固く口止めして、信頼出来る職人さんに研いでもらいます。

 本当にそんな刀なのか、錆でまだ良く分かりませんからね)


(トミヤス様、それはちょいと)


(ぱっと見は、ただの古い刀にしか見えませんよ。

 刀剣年鑑にも載ってない作なので、バレる事はないでしょう)


 ぐぐっとマサヒデがハチに肩を寄せ、にやりと笑った。


(何でもかっぱらってって良いって言ったのは、ハチさんですからね)


(トミヤス様! いくらなんでも!)


 にやにやとマサヒデが笑う。


(あれを奉行所に提出しに行ったら、ハチさんが許してくれたってバレますよ)


(うっ!)


 ぴた、とハチの顔が固まった。


(ハチさんから許しをもらって、そんなのを持ち出した・・・

 なんて知れたら、ハチさん、クビで済みますかね?

 ふふふ。もう、私達は仲間ですよ。バレなきゃ良いんです)


 ハチの額に脂汗が浮かぶ。


(あの金庫の中身は、ただの字の消えた書類でした)


(はい・・・)


(あの刀は、あの名無しの方が隠し持っていました。

 勇者祭の相手の荷物です。でしたら、持ってっても構いませんね。

 金庫は、アルマダさんがここのハワード家の者を調べる為、開けました。

 中の書類は、字が消えて読めなかったので、そのままにしました。どうです?)


(よろしいかと・・・)


(このままだったら、錆びがどうしようも無くなって、朽ちてしまったんです。

 我々は、古の名刀を救ったんですよ)


 ぽん、とハチの肩に手を置き、


「じゃ、今度レイシクランの最高のワインをお贈りしましょう。

 この辺では、滅多に手に入らない逸品ですよ」


「あ、ありがとうございます」


「では、我々は仏を寺へ運びますので」


「トミヤス様」


「なんでしょう」


 ハチは、ふうー・・・と深く息をついて、額に薄く浮いた脂汗を袖で拭った。


「あなたぁ、お若いのに、中々やりますな。コヒョウエ先生みてえだ」


「ははは! また何かあったら、いつでも来て下さい!」


 少し悔しそうな、複雑な顔をしたハチを置いて、マサヒデとトモヤは荷馬車から鍬を出し、名無しの男が囲まれた土の壁に近づき、壁を壊した。


「マサヒデ」


「うむ」


 2人は手を合わせ、トモヤが遺体を背負った。

 マサヒデは切れた足と刀を持つ。

 馬車の近くまで歩いて行くと、ハチが手を合わせ、軽く頭を下げる。

 遺体を馬車に乗せ、


「では、お仕事中、お邪魔しました」


「仏をよろしくお願いします」


 先程までのハチの悔しそうな顔は消え、神妙な顔になっている。

 マサヒデは頷いて、馬車に乗り込んだ。

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