第4話 馬車試し


「じゃあ、マツさん、座布団を持っていきましょう」


「座布団?」


 ふ、とマサヒデが小さく笑い、


「下が板ですからね。トモヤは尻が割れそうだ、なんて言ってましたし」


「うふふ。尻が割れるだなんて!」


 マツが押入れから座布団を出し、マサヒデが抱えて外に出る。

 馬車の隣で、


「ほれ、トモヤ。お前の分だ」


「うむ」


 と、トモヤに座布団を渡し、どさっと座布団を荷馬車に置いて、乗り込む。


「さ、マツさん」


 と、マサヒデが手を差し出す。


「あら。クレールさんとのお見合いを思い出しますね」


 む、とマサヒデの顔が少し赤くなった。


「やめて下さいよ。さあ」


 ぐっとマツを引っ張り上げる。


「はあ・・・」


 と、マツが中をゆっくり見渡す。


「屋根が高いですね・・・」


 足元を見て、


「ここに座るんですね?」


「そうです。その長椅子、上にあげると、中が物入れになってるんですよ」


 マツがしゃがみこんで、ぱかっと椅子を上げる。


「あら。凝ってますね」


「でしょう?」


「中に、炒ったお米を入れておくと良いですよ」


「米ですか?」


「ええ。炒ったお米を入れておくと、湿気を吸ってくれるんですよ」


「へえ! それは知りませんでしたよ」


 ぱたん、と椅子を閉めて、座布団を上に乗せ、座る。


「うん、これなら悪くはないですね!」


「良し、トモヤ、少し街道を歩かせてくれ。

 途中で外れて、野っぱらに出よう」


「ほいきた!」


 ぱしん、とトモヤが鞭を入れ、馬車が動き出す。

 がらがらがら・・・

 マツがにこっと笑い、


「あら。快適じゃないですか。

 前が開いてるから、風も入りますし」


「ほら、幌の横にも開けれる所が」


 と、マサヒデが幌の布の窓を開ける。


「良いではありませんか! これがただの荷馬車だなんて。

 揺れも少なくて、とても良いと思いますよ」


「おお、そうですか!」


 がらがらがら・・・

 マサヒデが立ち上がって、トモヤの横に顔を突き出し、


「良い物だそうだ!」


「おお、そうか! ワシも座布団のおかげで、尻が割れずに済むわ!」


「街道を外れてみてくれ!」


「おう!」


 ぐるりと回って街道を外れ、森の方に馬車を進める。

 マサヒデが戻って座ると、


「今、道を外れたのですね?」


「そうですよ」


「道ではないのに、揺れがこれだけですか・・・」


 ううん、と唸って、マツが腕を組む。


「どうでしょうか?」


 マツはぱっと明るい顔をを上げて、


「素晴らしいと思います。特許を押さえておいて良かった!」


 マサヒデは笑って頷き、顔を突き出した。


「良し! トモヤ、一度止めろ!」


「おう! どうどう・・・」


 馬車が止まり、


「マツさん、一度降りましょう。

 ちゃんと重い荷物が運べるか、見てみたい」


「分かりました」


 マサヒデが先に降り、マツに手を差し出す。

 すとん、とマツが降りて、


「まずは、どのくらいの重さを積めば良いでしょうか?」


「ううん、では、100貫で」


「はい」


 ぼん! と荷馬車の中に大きな石が出来た。

 ぎし、と荷馬車が沈むが、下が抜けそうな感じはない。

 心配だった車軸も大丈夫そうだ。


「トモヤ! 少し回って戻ってきてくれ!」


「ほいよー!」


 ぱしん、と鞭が入り、荷馬車が動き出す。

 ぐるぐるとゆっくり歩いて回るが、平気そうだ。

 しばらく馬車を走らせ、戻って来た。


「トモヤ、どうだった?」


「変わらんの。100貫程度は余裕じゃな。

 それに、重くなった分、前より揺れが無くなった気がするわい」


「うむ。では、マツさん、50貫足して下さい」


「はい」


 ぎし、と荷馬車が音を立てる。

 ふむ。やはり、変わりない。

 150貫も積めれば、十分なのだ。


「よし、走らせろ」


「ほい来た!」


 がらがらと馬車が動き出す。


「凄いですね・・・さすが黒影ちゃん」


「マツさん、荷馬車って、普通の馬でもこのくらいは余裕で積めるんですよ」


「そうなんですか?」


「ほら、米俵を山盛りにした荷馬車とか、見た事ありません?」


「あ! あります!」


「この荷馬車は大きいし鉄の部分が多いから、その分、重いでしょう。

 それでも、馬屋さんが言うには、黒影なら、300貫も引っ張って行けると」


「そんなに!?」


「でも、実際は坂道なんかもありますから、余裕を持って200貫です。

 ほんの少し坂になってるだけで、ぐいっと後ろに引っ張られますからね。

 どれだけ積んでも、250貫(約1t)までにしておこうと思います」


「はああ・・・そんなに・・・」


「ヤマボウシいるでしょう? あの小さな馬」


「ええ」


「あれにも荷物を積んでいけば、十分に持っていけますよ。

 20貫は積めるでしょうし」


「馬って凄いんですね・・・」


「でも、荷馬車はよく転がりますからね。これは転びにくい物で良かった」


 しばらくして、馬車がマサヒデ達の前で止まった。


「トモヤ、どうだ?」


「余裕じゃな! ほれ、黒影も全然疲れておらんじゃろう。

 このガタイは伊達ではないの!」


 黒影は少し「ふうん」鼻息を出したが、全然疲れた感じは見えない。

 良い運動になったな、という程度の顔だ。


「うん、ではマツさん、あと50貫。これで、合計200貫ですね」


「はい」


 また、ぎしっと荷馬車が音を立てる。


「トモヤ、いいぞ」


「よし、黒影! 行くぞー! わはは!」


 ぱしん! がらがら・・・

 全然変わりがない。これなら、300貫でも積めそうだ。

 車軸も大丈夫そうだ。


「すごいですね・・・200貫も積んで・・・」


「車輪が付いてますからね。

 一度、前に出さえすれば、引っ張るのはそうでもないんですよ」


「最初の一歩が踏み出せれば、それで良いんですね」


「そういう事です。これなら、シズクさんが乗ってても平気そうですね」


 馬車が戻ってきて止まる。

 トモヤがにこにこしながら、


「おう、凄いの。これだけ重そうな馬車で、200貫も余裕じゃ」


 マサヒデは頷いて、


「よし。マツさん、もう50貫、試してみましょう」


「はい!」


 どん、と石が乗る。

 下を覗いてみると、若干石が乗っている部分がへこんでいるような?

 しかし、そんな気がしないでもない、という程度だ。良く分からない。

 荷台も車軸も、全然平気そうだ。


「よし、トモヤ! 行け!」


「おうさ!」


 がらがらがら・・・

 もたつくことなく、黒影は歩き出す。


「おお・・・凄いな、250貫も積んで、出だしが全然・・・」


「さすが黒影ちゃんですね!」


「これなら、本当に300貫も引けそうだ。ううむ・・・」


 がらがらと走る馬車を見て、マサヒデは顎に手を当てて唸った。

 馬車も凄いが、それを引っ張る黒影はもっと凄い。

 わはは、とトモヤが笑いながら、ぐるぐると回る。

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