第20話 稽古代・2
引っ張って来た馬車に、シズクと2人で得物を積み込んでいく。
「力んで折らないよう、気を付けて下さいね」
「このくらいで力んだりしないよ。
マサちゃんも、手とか腕とか切ったりしないようにね」
「気を付けます」
と、持ち上げた得物から、からん、とナイフが落ちる。
「おっ! おお・・・っとっと・・・欠けてないかな・・・」
「ほーら、言ったそばから。気を付けなよ?」
「シズクさんは斬れないから良いですよね」
がらり、とシズクが得物を両脇に抱えて馬車に乗せる。
「何言ってるの。もし、魔術の掛かった品とかあったら大変じゃん」
「そうですね。ありそうもないですが」
「ま、抜いてみなきゃねー」
「そうですが、そんなの持ってる方が、簡単に得物を捨てて逃げますかね?」
にやっとシズクが笑って、
「あるある! 金持ち貴族の息子で、適当に武術かじっただけの奴とかさ。
そういう奴なんか、色々持ってそうじゃない?」
「ああ、ありそうかも!」
事実、銃もいくつかあるのだ。
ラディの銃も、銘刀数本分はする。
「だから、良い物見つかるかもしれないよ」
「ですね! しっかり鑑定してもらいましょう!」
「楽しみだね!」
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マサヒデ達が武器を積んでいる頃。
クロカワ、クレール、ラディ、カオルが車座になって、真っ赤な顔のクレールの話に聞き入っていた。カオルだけは、真実を知っている。にやにやしながら、3人の顔を見ている。
「で、試合が終わった後、呆然としていると、マサヒデ様が来たんです」
「ほうほう」
「・・・」
「マサヒデ様は私の前に座って、真っ直ぐ私を見て『私が欲しい』って・・・」
え! と驚いて、クロカワとラディが目を見張る。
「マサヒデ君が、そんな事を言ったの!?」「マサヒデさんが、そんな事を?」
「それで『私の返事を待ってます。次に会った時、名前を聞かせて下さい』って言って・・・振り向いて、出てって・・・すごく、かっこよくて・・・」
「やるねえ、マサヒデ君」「はあ・・・」
「それで、それで、私、ホテルに帰ってから、手紙を出しました。
マサヒデ様は、レストランに来てくれて・・・」
ん? とクロカワが怪訝な顔をした。
田舎町のオリネオでホテル、レストランと言えばひとつしかない。
「え、ホテル? レストラン? ブリ=サンク?」
「はい」
「ええ? あそこ、高いでしょう?」
「いえ、味の割にはすごく安いと思いますけど」
さすが、魔の国で1、2の大貴族、レイシクランは言う事が違う。
「そう・・・いや、そうだよね。で、で?」
「紋付袴で、ぴしっとしてて、すごくかっこよくて・・・
私、嬉しくなって、我慢出来なくなって、マサヒデ様に飛びついちゃって。
ええと、あの・・・そうしたら・・・」
「そうしたら?」「・・・」
ぼ! とクレールが顔を真っ赤に染め、ああ! と顔を両手で隠して、
「顔を見せて下さいって言われて、顔を上げたんです!
そうしたら『私の瞳が輝いて見える。私の瞳がすごく綺麗で、美しい』って!」
「うそおー!?」「そんな事を!?」
驚く2人を見て、カオルは笑いを堪えるのに必死だ。
「もう、私、嬉しくて、恥ずかしくて、くらくらしちゃって・・・
ええと、それで、お食事が終わって、マサヒデ様、もう結婚してるって」
「え!?」
驚いて、クロカワが前のめりになった。
「師匠ですね」
クレールはこく、と頷いて、
「でもでも、私、マサヒデ様なら、第2婦人でも」
クロカワが手を出して、
「ちょちょ、ちょっと待って! マサヒデ君、他にも奥さんがいるの!?」
「はい。オリネオの魔術師協会の、マツ様です」
「ええ!? マツ様!? あの、人の国で最高の魔術師の、あのマツ様!?」
「はい」
クロカワは呆然として、
「・・・何ていうか・・・その、驚いた、ね・・・」
カオルは後ろで口に手を当て、肩を震わせて、笑いを堪えるのに必死だ。
「最初は驚いてしまって、マサヒデ様は、断っても恨みはしませんからって、出て行ったんですけど、私、もう第2婦人で良いって、正妻とか第2とか、そんなのどうでも良いって、走ってマサヒデ様を追いかけて行ったんです」
「うん、うん」「・・・」
「馬車の前にマサヒデ様がいて、私、泣きながらマサヒデ様に跳びついてしまって、そうしたら、マサヒデ様がまた私に『顔を上げて下さい』って・・・」
クレールの顔が真っ赤になって、目が潤んできた。
「私が顔を上げたら『やはり、あなたの瞳は綺麗だ』って言ってくれて・・・
私、お化粧も崩れて、涙がぼろぼろ出て、すごく汚い顔だったんです!
でも、優しく、そーっと背中を抱いてくれたんです!
私、嬉しくて、大声を上げて、マサヒデ様に抱きついて泣きました・・・
すごく、すごく泣きました。嬉しくて・・・」
「そうかあ・・・」「・・・」
「あの時のマサヒデ様の顔、今でも忘れられません。
暗かったけど、月明かりでしっかり見えました。
真剣で、真っ直ぐで、すごく優しい目で私を見てくれて・・・」
クレールにつられて、クロカワとラディの目も潤む。
「そうか、うん、そうかあ・・・」
「ぐす・・・」
ラディが眼鏡を外し、ローブの袖で目を押さえる。
「それから、色々ありましたけど、今の私、すごく幸せなんです。
マサヒデ様は、あと100年も生きられないけど・・・
私、すごく幸せなんです・・・」
「うん、うん・・・」「はい・・・」
クロカワはクレールの手を取って、
「クレールさん、今日、久しぶりにマサヒデ君と立ち会って、分かったんだ。
今のまま成長していけば、マサヒデ君、すぐにカゲミツ様を超える剣聖になる。
でも、今のままなら、だよ。
きっと、クレールさんと結婚したから、あんなに強くなったんだね。
だから、クレールさんがいないと、剣聖にはなれないよ。
マサヒデ君を、しっかり支えてあげてね。よろしく頼むよ」
「はい」
真剣な顔で、泣きながら、クレールが頷いた。
ラディも、溢れる涙を拭う。
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クレールの話でじーんとしている所で、がらがらと馬車が近付いてきた。
「お待たせしました。思いの外、手間取ってしまって・・・」
クレールとラディがぼろぼろと涙を溢し、袖で目を拭っている。
クロカワも腕を組んで、潤んだ目を上に向けている。
カオルは後ろで眉をしかめている。
「あの、先生、どうしました?」
クロカワが潤んだ目をマサヒデに向け、
「マサヒデ君。良い妻を迎えられたね」
「ああ、はい・・・」
クレールが大感動の話にして、2人はあてられてしまったのだろう。
「クレールさんを、大事にするんだよ」
「勿論です」
「うん・・・良し、行こうか! 乗せてもらうよ」
さ! とクロカワが立ち上がり、荷物を持って馬車に乗った。
続いて、クロカワの弟子も乗る。
「さ、クレールさん。ラディさん。先生をお待たせしてはいけませんから」
「ぐしゅ、はい・・・」
「はい、はい・・・」
涙を拭き、2人が馬車に乗る。
おや。カオルの顔が渋い。
「カオルさん? 何か?」
「・・・クレール様との見合いの時、見つかった事を思い出しまして・・・」
「ははは!」
「むっ」
きり、とカオルの不機嫌な目がマサヒデを睨むが、マサヒデは笑って、
「もう、今のカオルさんは、あの頃のカオルさんの数段上ですよ。
そんな事、気にしないで下さい」
「は・・・」
「行きましょう。さあ、白百合に乗って」
「は」
マサヒデも御者台に乗って、ぱしん、と鞭を入れるが・・・
「うん?」
「バァフゥーッ!」
黒影が踏ん張っている。
「どうした、黒影?」
ぱしん! 動かない。
さすがに、これだけの荷物を積んだら、黒影でも重いか・・・
馬車の中に振り向いて、
「シズクさん。ちょっと降りてもらえます?」
「はいよー」
シズクが降りた所で、もう一度、ぱしん。
がらっ・・・がらがらがら・・・
「よーし!」
「ちょっと! マサちゃん!?」
慌ててシズクが横を歩き出す。
「すみません! 荷物が重すぎて! 歩いて下さい!」
「ええ!?」
「遅いから良いでしょう!?」
「もう! ひとつ貸しだぞ!」
「ははは! 黒影、シズクさんに借りが出来ちゃったな!」
「マサちゃんに貸し!」
「ははは!」
不機嫌な顔をしていたカオルが、くす、と笑った。
馬車の中では、ラディが品定めを始めている。
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