第四章 別れの稽古

第21話 見つけた得物・1 ナイフ


 橋から1刻ほど離れた所の、街道休憩所。


 見回すと、朝と同じケバブの屋台がある。

 マサヒデはクレールに銀貨を1枚渡して、


「じゃあ、クレールさん、10人分頼みますね。

 子供っぽく、にこにこして下さい。

 私は少し離れて、後ろで見てますから」


「はい!」


 てくてくとクレールが屋台に歩いて行く。


「こんにちは!」


 屋台の店主がにこにこしながら、


「おう、嬢ちゃん! また来たのかい?」


「はい! みんながすごく美味しかったから、また欲しいって!」


「おお、そうかそうか!」


「10人分下さい! みんな、おかわりが欲しいんですって!」


「おお! そんなに美味かったってか! 嬉しいねえ!

 よーし、ちょっと待ってな」


 さくさくと焼けた肉の表面を削ぎ落とし、ぱらりと生地に野菜を置いて、肉を置いてソースをかけ、丸める。


「はい、出来たよ。1個おまけだ!

 お、嬢ちゃん、よだれが出てるぞ? ははは!」


「え!?」


 クレールが袖で口の端を拭う。


「ははは! そんなに美味かったか! 

 よーし、銅貨30枚の所、28枚にまけてやろう」


「良いんですか?」


「良いんだ良いんだ。さあ、持ってってくれ。落とすなよ」


 クレールが銀貨を1枚出して置く。


「はい、じゃあこれお釣り」


 じゃら、と置かれた銅貨を、大事そうに懐に入れる。

 がさ、と大きな紙袋を渡されて、よいしょ、と抱える。


「気を付けてな!」


「ありがとうございました!」


 よっこら、よっこら、とクレールが歩く姿を、店主がにこにこと見送る。

 マサヒデは離れた所から2人の様子を見て、クレールに近付いた。


「さ、持ちましょう」


 と、紙袋を抱える。

 クレールは笑顔でマサヒデを見上げ、


「1個おまけで、更にまけてもらっちゃいました!」


「ははは! あの店主は、クレールさんが気に入ったみたいですね」


「えへへー。何か騙したみたいで悪かったですねー」


「ふふふ。これも策の内、処世術ですよ」


 と話しながら、馬車の後ろに近付いて、


「お待たせしました。昼餉にしましょう」


 ケバブの包みを馬車の中に差し出すと、剣を見ていたラディがマサヒデを睨み、


「外で食べて下さい! 汚れたらどうするんですか!」


 と、大声を出した。

 皆が驚いて、びく、っと肩をすくめる。


「あ、そうですね・・・すみませんでした・・・」


「全く! 皆さん、外で食べて下さい!」


「はい・・・」


 クロカワと弟子がこわごわ、ゆっくりと降りてくる。

 マサヒデは幾分小さな声で、


「あの、それ見終わったら、ラディさんも・・・」


「・・・」


 ラディが無言でじっと剣を見て、ひょいと奥に投げ捨て、


「ふん・・・」


 と、朝に買った分のケバブの包みを持って降りてきた。


「私達は、朝買った分を食べましょう」


「あ、ああ、そうですね。夜までは持たないでしょうし」


 ラディがマサヒデ達に冷めたケバブを配り、マサヒデはクロカワと弟子に買ってきたばかりのケバブを渡す。

 マサヒデはクロカワの袖をちょい、と引っ張って、馬車の陰に回り、小声で、


「先生、ずっとあんな感じだったんですか?」


「うん・・・ずっと、武器を見ててさ、もう息が詰まりそうで・・・

 話し掛けたら、凄い目で、唾が飛ぶから口を開けるなって。

 僕もそれなりに鍛えたつもりだけど、あんなに威圧されるなんて思わなかったよ。

 あの子、やるね・・・」


「すみません、ラディさん、鑑定してると、完全に別人になるんですよ」


「僕、歩いて行こうかな・・・」


「鑑定さえしてなければ、ただの面白い女の子ですから」


「面白い・・・?」


 2人は馬車の陰から顔を出し、もくもくとケバブを食べるラディを覗き見る。

 今は大丈夫だ。

 マサヒデは頷いて、


「よし、戻りましょう」


 と、マサヒデはクロカワと皆の所に戻った。


「ラディさん、良い物はありましたか?」


「ううん・・・良いかどうか分かりませんが、私では分からない物がひとつ。

 面白い形のナイフです。鉄は良いものですが、どう使う物か」


「ほう?」


 刃物に詳しいラディが分からない物とは、何だろう。

 ラディが口にケバブを押し込んで、もぐもぐしながら手を綺麗に懐紙で拭き、


「もれめしゅ」


 と、手拭いで包まれた物を出し、ぱら、と開ける。

 綺麗な三日月型をしたナイフだ。

 柄頭は丸い輪になっていて、柄は苦無のようだ。

 ほう、と皆がナイフに目を向ける。

 マサヒデはまた怒鳴られないよう、口の前に手を当てて、


「変わった形ですね」


「ええ。見た事がありません」


 マサヒデが顔を近付ける。


「この柄の形からして、苦無の一種に見えます・・・が・・・

 しかし、それにしては全くつや消しされてないですね。

 刃は曲刀のような・・・うむ、鋭い。

 カオルさんは知っていますか?」


 カオルは頷いて、


「それはカランビットナイフですね。

 忍にも全く同じ形の武器があり『曲がり苦無』と呼ばれます。

 普通の苦無とは違って、完全に殺傷用に作られた物です。暗器に近い物ですね」


「ほう?」


「私はあまり得意ではないのですが・・・」


 と、ラディの手からカランビットナイフを取り、柄頭の丸い輪に人差し指を通す。


「このように、指を通して逆手に握りますね。

 これで、簡単に取られたり、落とす事もありません」


「ふむ」


「ラディさん、手を伸ばして下さい」


「はい」


 ラディが手を伸ばした瞬間、外側から「ぱし!」と腕を取り、手首に刃を当てる。


「う!?」


「このように使います。ラディさん、着込みの手甲がありますから、平気ですよ。

 で、曲刀のようになっていますから・・・」


 くるう・・・と、ナイフの刃が回る。


「こうやって、回して手首を斬ります」


 くい、と身体を肘に押し付ける。


「こうすると、自然と手首が内側に戻って、ナイフに押し付けられますね。

 左手で私を外に押したら、ナイフが手首に入ります。

 逆に引っ張ろうにも、肘が極まってしまいます。もう逃げられませんよ」


 す、と上に上げる。


「回す余裕が出来なくても、このように刃先でも斬れますね。

 勿論、腕を取られた時、慌ててラディさんが腕を動かせば・・・分かりますね。

 そして・・・」


 人差し指でナイフをくるりと回し、ぱ! と刃先を首に当てる。


「回して、逆手から順手にして・・・こう・・・」


 ラディの首の皮の上を、ナイフがゆっくりと回っていく。

 さー・・・とラディの顔から血の気が引いていく。

 見ている皆も、息が詰まりそうだ。


 カオルはラディの首から手を離し、すー・・・と刃の上を指を滑らせながら、


「見ての通り、刃が曲刀のように曲がっておりますので、軽い力で深く斬れます」


 とん、と人差し指を通した柄頭の輪を指で叩き、


「先程も言いましたが、指を通しておりますので、簡単に取られる事もありません。

 では、ラディさん。そのままそこで、動かないで下さい」


「はい・・・」


 カオルが少し離れ、ラディに歩いて行く。


「このように、通りすがりに」


 ふ! とラディの首の横を刃が通った。


「・・・」


 こくん、とラディの喉が鳴る。


「逆手に持っていますし、刃も小さいので、気を付ければ正面からは見えません。

 普通に正面から歩いて行き、すれ違いざまに始末出来ます。

 ふふふ・・・2、3間ほど血を吹き出しながら、ばたりと」


 クロカワの額に脂汗が浮かぶ。


「へ、へえ・・・始末出来るんだ・・・」


 カオルは懐から手拭いを出して、くるくるとナイフを包んだ。


「我々のように着込みを着ていれば、首さえ気を付ければ怖い物ではありません。

 クロカワ先生は着込みを着ておられませんから、お気を付け下さいませ」


「う、うん。分かったよ・・・」


「使いこなせる者は、そういないと思いますが・・・

 ご主人様、こちら、練習用に頂いてもよろしいですか?」


「ええ・・・構いませんよ」


 カオルはかちかちになったラディを見て笑い、


「ふふふ。そう怖い物ではありませんよ。

 斬られた! と思ったら、すぐ治癒すれば何の問題もありません。

 そう深く突き込める物ではありませんし、意識もなく即死はあまりありません。

 あまり、ですが」


「あの・・・頸動脈を斬られて、治癒する余裕が・・・」


「ラディさんなら、数秒の余裕があれば十分でしょう」


「数秒・・・」


 それは即死では?

 馬車の周りが、しーん・・・と静まり返ってしまった。

 ごくん、とクレールがケバブを飲み込む音がする。


「あ、あのさ、カオル。私は大丈夫だよね?」


「こんなナイフでは、シズクさんは斬れませんよ。

 どんなに頑張っても、皮1枚。

 出血させることも難しいでしょう」


「ふう・・・私、鬼族に生まれて良かったあー」


 カオルはにやりと笑い、


「ラディさん。早速、良い物がありましたね」


「は、はい」

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