第22話 見つけた得物・2 杖


 夕刻になり、マサヒデ達は馬車を停めた。


 野営の準備も簡単なものだ。

 焚き火を作り、クレールに壁と屋根を作ってもらうだけ。

 マサヒデ達は焚き火を囲みながら、ケバブを齧る。


「クロカワ先生、私に何か注意点はありますでしょうか」


「カオルさんは、動きすぎだね。ほんの少し斜(はす)に入身になれば良いんだ。

 相手と自分の正中線を、ほんの少しだけずらせば良いんだよ。

 速いのは良いけど、もっと小さくで良い。

 手も、速く動かすんじゃなく、するっと滑らせるように。

 小手返しだけを練習すると良いよ」


「小手返しだけですか?」


「小手返しは応用がすごくきくんだ。

 倒したい方向に、手を滑らせて行くんだよ。

 片手で出来るようになれば、もう片方の手でぐっさり、ね」


「分かりました」


「私はどうしたら良いの?」


「シズクさんは受け身を練習するだけで良いね。

 重い分、倒された時に、身体の内側にもろに入っちゃうんだ。

 君は倒されても握っちゃえば良いし、極められても力だけで返せるからね。

 コツは、倒される方に身体ごとじゃなく、頭から入ることだよ」


「頭から? 首痛めたりしない?」


「大丈夫だよ。頭から入るようにすると、自然にころんと転がるんだ」


「後ろに倒される時も? 頭から行ったら、首折らない?」


「後ろに倒されると思ったら、猫背でお尻を着いちゃうんだ。

 そうすると、ころーんと転がるよ」


「じゃあ、こう?」


 座ったシズクがごろん、と後ろに転がる。


「もっとぴったり顎を引いて、背中や首が伸びないように。

 猫背になって、背中を伸ばしちゃ駄目。焼いた海老みたいになるんだ。

 君の体重で後頭部を打ったら、致命的だよ」


「こんな・・・」


 ごろーり。


「そうそう。腰から背中、頭まで、まーるく丸まっちゃえば良い。

 それで、倒された時も大分楽になるはずだよ。

 あとは握っちゃうか、はたいちゃえば良いよ」


「そうか! こうか!」


 ごろん、ごろん。

 くす、とクレールが笑う。

 マサヒデも笑いながら、


「ラディさんの方はどうです? 何か良い物がありましたか?」


「良く見ないと分かりませんが、いくつか」


「ほう? どんな物が?」


「刀1振り、剣2振り。

 ほとんどは意匠が派手でも、中身はただの鉄屑です。

 長物はまだ見てません」


「そうですか。じゃあ、その刀は短くしちゃいましょうか。

 カオルさんの得物にしましょう」


「え!? 磨り上げちゃうんですか?」


「磨り上げちゃいましょうよ」


 マサヒデはカオルの方を向いて、


「カオルさん、まともなのは私があげた脇差だけですから。

 もう1本は、そんなに良い物ではないですよね?」


 カオルが困惑した顔で、


「まあ、そうですが・・・」


 マサヒデはラディに向き直り、


「じゃあ、ラディさん。磨り上げお願いしても良いですか?」


「え、え」


「誰の作でも構いません。

 カオルさんに、長さを合せて下さい。

 さすがに国宝級とか、重要保存の上の方となれば別ですけど」


「でも、でも」


「ううむ、基準がないと、判断が難しいですかね?

 じゃあ、ラディさんが見て、売値が金貨200枚以下ならやっちゃって下さい。

 一応、お父上にも見てもらって」


「金貨で、200、以下・・・?」


 それ以上の物が、この山にあるだろうか?

 クロカワも困惑した顔で、


「ねえ、マサヒデ君、それはちょっと勿体なくない?

 そこそこのでも、金貨100枚あれば買えるじゃない」


「先生、カオルさんが上手く使えなければ、意味がないんです。

 私の得物はもうありますから、打太刀はただの飾り物になってしまいます。

 欲しいのは、カオルさんの得物です」


「ええ? でも・・・」


「新しく買うよりは良いですよ。

 それに、良い小太刀があれば、そんな事しなくて良いですから」


「そう・・・」


「剣はアルマダさんにあげましょう。

 ところで、ラディさん、杖はどうなんです?」


「杖は分けてあります。

 私は使いませんし、クレール様に試してもらおうと」


「そうですか。じゃあ、相性が良いのがあったら、とっておきましょう」


 マサヒデはクレールの方を向いて、


「クレールさん、早速試しますか?」


「はい!」


 刀の価値が分かっていないクレールは軽いものだ。

 そもそも、クレールなら金貨1000枚だろうと軽く買えてしまうのだ。

 そんな物が、売りに出ていれば、だが・・・


「じゃあ、運ぶの手伝いますよ」


 よ、とマサヒデが立ち上がり、遅れてラディが立ち上がる。

 ラディが馬車に乗り込んで、マサヒデに杖を1本ずつ渡していく。


「ラディさん、杖って、先の宝石の質次第なんですよね」


「はい」


「質問があるんですが」


「なんでしょう」


「杖じゃなくて、宝飾品にしちゃえば、いくつもつけられるのでは?

 杖にいくつも埋め込んでも良いと思いますが」


「攻撃魔術なんかは、石に集中するのが大事なんです。

 いくつも付けると、集中が散ってしまいます。

 刀も、3本も4本も一緒に握ってたら、振りづらいですよね」


「確かにそうですね。石に集中すると、威力が上がるような感じですか?」


「威力が上がるとか、使う魔力が減るとかはないです。

 飛ぶ速度が変わるとかもありません。

 言葉では上手く表現出来ませんが・・・何と言うか、すっと出やすい感じです」


「身に合った刀を振るような感じですか?」


「そんな感じです」


「なるほど。そうなるんですね」


 かたん、かたん、とマサヒデの腕に杖が置かれていく。


「刀と違うのは、苦手な魔術の補助にも使えるということです」


「ああ! 苦手な人でも、火が出やすくなる、水が出やすくなる、みたいな?」


「そうです」


「それって、宝石の種類によって異なる感じですか?」


「その人のイメージ次第です。

 例えば、ルビーは赤いから、火が出やすい、と感じている人は火が出やすく。

 逆に、火が吸い込まれるようなイメージがあると、負の効果になります」


「へえ・・・面白いですね」


「この効果が、質で変わるのです」


「要は、思い込みみたいなものですか?」


「ぶっちゃけて言うとそうです。

 でも、それは刀でも同じです。

 贋作でも本物だと思い込んでいると、やけに斬れるとか」


「ああ、それ聞いた事ありますね」


「出やすいという効果は、確実にあります。

 どういう宝石か知らなくても、違いは出ます。

 私も以前疑問に思って、実際に宝石を隠して試した事があります。

 何本も試しましたが、間違いなく効果は出ました」


「なるほど。では、持ち手部分は?」


「魔術の掛かった品とかでなければ、特に関係ないです。

 使う人が集中しやすい形かどうか。それだけです」


「じゃあ大きい杖ほどとか、豪華な杖ほどって変わりはないんですね」


「私は、大きい杖は先の宝石に集中しづらいです」


「確かに、大きい杖では、先に着いた宝石に集中しづらそうですね」


「私が治癒魔術を使うのに杖を使わないのは、そういう所が理由です。

 手を置いて触った方が、何と言うか・・・分かりやすいから、ですね」


「分かりやすい?」


「宝石に集中したら、治す相手の身体を集中して感じられません。

 かえって邪魔です。ですので、私は杖は不要です。

 攻撃魔術は元々苦手ですから、少し出た程度では、そう変わりませんし」


「なるほど・・・では、持ち手なんかなしにして、直に宝石を握ってしまえば?」


「宝石は小さいです」


「ああ、簡単に落としてしまいますね」


「はい」


「では、手に握る部分だけというのはどうでしょう?

 そこに埋め込めば、小さくて済みますし」


「直に触ると石が汚れて曇りますし、細かい瑕も付きます。

 握っているうちに、宝石が穴から外れて落ちてしまったりとか。

 あまり小さいと、落としたのに気付かない、などという事もあるでしょう。

 ある程度は、大きさがあった方が良いかと」


「難しいですね」


 かたん、と杖が置かれ、


「下の方にもっと埋もれていると思いますが、とりあえずこれで最後です」


「ううむ、これでも結構ありますね。じゃあ運びましょう」


「はい」


 からん、からん、と音を立てながら、マサヒデがゆっくり杖を運ぶ。

 ラディも小脇に抱えて運ぶ。


「よ、い・・・しょ・・・」


 山が崩れないように、慎重に身体を落として、地面に下ろす。

 ラディもゆっくり腰を落として、杖を下ろした。


「ふう、結構ありましたね。

 じゃあ、クレールさん、好きに試してみて下さい。

 良さそうな石と柄を選んで、付け替えてしまいましょう。

 とりあえず、合うか、合わないか、くらいで分けて、後で厳選しましょう」


「はい!」


「あ、そうだ。クレールさん、質問良いですか?」


「なんでしょう?」


「クレールさんの杖の先についてるのは、なんて宝石なんですか?」


「アメジストですよ」


「なんでアメジストなんですか?」


「お父様が、アメジストは死霊術がすごく強くなるって教えてくれたんです!

 最初はダイヤモンドでしたが、私は死霊術が得意ですから変えたんです!

 見て下さい、この綺麗な紫色! いかにも死霊術って感じしますよね!」


 ふふん、とクレールが自慢気に自分の杖を出す。

 『いかにも死霊術って感じ』と、確かに言った。

 やはり思い込みなのか。


「この石に変えたら、すごく死霊術が強くなったんですよ!

 人とその石との相性によって、何倍にも、時には10倍も強くなるんですよ!

 大きさもありますが、カットも大事だそうです!」


 おお、と何も知らない皆が、感心した声を上げる。

 マサヒデも感心した顔をしながら、隣に立つラディを肘で小さくつつき、


(10倍もって言いましたよ。強くなったって言いましたよ。

 これって、やっぱり思い込みなんですか?)


(イメージです)


(思い込みですよね?)


(イメージです。魔術はイメージが大事なんです)


 ラディは気不味い顔をして目を逸した。

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