第14話:噂の真相

「ねね。それよりさ、黒木くんに一度聞いてみたいことがあったの」


 姫乃澤うるるは少しいたずらっぽい顔をした。姫乃澤うるるからの質問ってなんだろう。学校でキラキラトップの彼女が地味地味トップの俺にする質問って……。


「ウサギって寂しいと死ぬのって本当?」

「は?」


 彼女は天然なのか?あまりにも予想外の質問に俺は間抜けな声が出てしまった。


「黒木くんって高校の時生物部だったでしょ?」

「まあ」


 そう、俺は授業が終わったらすぐに家に帰っていたが、生物部には入っていた。学校の生物部と言ったらどんなことをしているかと言えば、ウサギを飼っていたのだ。


 ウサギに限らないが、生き物なので毎日世話が必要だ。校庭の中庭の一角にあるウサギ飼育小屋に俺は毎日通った。


 それこそ、土日祝日、夏休みも冬休みも。今考えれば相当なブラック部活だった。エサをやらないといけないし、部屋の掃除もしてやらないといけない。


 自分の部屋なんてほとんど掃除しないのに、ウサギの部屋は毎日掃除していた。頭に来るのはそのウサギの名前が『ぴょん吉』だったこと。ド根性ガエルかと!


 誰が付けたか知らないが、もっといい名前があっただろう!部活の顧問は草薙先生。なぜ、古文の教科担任が生物部の顧問をしている!?


 そして、なぜ誰もこれにツッコミを入れなかったのか!?そんな大変なウサギの世話だったからか、部費は潤沢にあった。


 しかも、当初苦労したエサの確保を誰かがやってくれた。多分、草薙先生だな。高校近くの商店街の飲食店から捨てられる野菜、ハーブ、果物、穀物などをもらってくれた。干し草もどこからか調達してくれていた。


 それでも世話は大変だったのだから、プラマイゼロにはならないと今なら草薙先生に言ってやりたい!


 あれから10年。誰も覚えていないであろう、俺が生物部だったという話とウサギの世話をしていたという話を思い出したのだろう。姫乃澤うるるの記憶力すごいな。


「でで、どうなの?ウサギって寂しいと死んじゃうって本当?」


 姫乃澤うるるは揶揄う感じでもなく、興味本位でもなく、本当に知りたかっただけみたいだ。今どきネットでもなんでも調べようと思ったら調べることはできそうなもんだけどな。


「まあ、半分本当で、半分は嘘ってとこかな」

「え?どういうこと?」


 姫乃澤うるるがビール瓶の注ぎ口をこちらに向けてきた。『お酌するよ』ってことだろう。


 美人のお酌でビールが飲めるなんて、これはお金を払ってもいい案件だ。それも、姫乃澤うるるクラスだったらどれほど高額になるのか……。


「ウサギはすごくデリケートな動物なんだ」


 少し緊張しつつコップを斜めに傾けて姫乃澤うるるの前に出すと、彼女はビールをいい塩梅程度注いでくれた。


「ストレスに弱いから寂しいと自分の毛をかじってハゲを作ることがあるんだよ」

「うわぁ」


「だから、寂しくて、それがストレスだと急死することがあるんだ」

「わぁ、じゃあ、ある意味本当なんだね!育てるの大変だったね!」


 彼女は俺のことを労ってくれているようだった。高校時代ではそんな人は一人もいなかった。地味に自分の世界と言うか、こだわりの世界の中だけでぴょん吉を育て続けたのだ。


 最後は後輩に引き継いだけど、それまではずっと元気で大きな病気もさせなかったのは俺の中の誇りだ。


「結局、ぴょん吉は何歳まで生きたの?」


 若干の違和感を感じつつも、何歳まで生きたのか俺も知らないので答えられなかった。


「ぴょん吉は3年前まで生きてたよ。多分、8歳くらいじゃないかな。間違いなく寿命だったと思うよ」


 ひょいと横から草薙先生が顔を出していった。先生はいろんな生徒のところを回っているみたいだ。本当なら、生徒の方が先生のところに行くべきなんだろうけど、草薙先生の方がフットワークが軽いのでほいほい次に行っているようだ。


 それにしても、横からちょっと聞いてその質問に回答できるとか、先生凄いな。


「良かった……。ずっと気になってたから、今日はそれが聞けただけでも来てよかった。ありがとう、黒木くん」


 姫乃澤うるるは喜んでいるようだった。たかがウサギのことをすごく気にしていたということか。どこまで心が清いのか。


 その上、元生徒会長として生徒を代表してお礼を言ってくれた……のだろうか。


「黒木~、良いこと教えてやろうか」


 再び草薙先生がグラス片手に俺に話しかけてきた。こういう時はお酌が社交辞令だろう。俺はビール瓶を先生に向けた。


 ちなみに、ビール瓶のラベルは上にして先生に見えるようにしている。


「お!黒木も社会人になったんだなぁ」


 彼女が嬉しそうに目を細めてグラスを差し出した。お酌の時にラベルを上に向けるというのは実は謎マナーだ。ラベルなんてどこを向けても失礼になんて当たらない。


 ところが、『ラベルが上でないと』と考える人がいる以上、社会人になったら目上や上司にはそうせざるを得ない。『部長様』、『課長様』などと役職に敬称をつけるのも同様だ。日本語として間違っていてもそうじゃないと『失礼だ』と感じる人がいる以上、間違っていてもそうしている人が多い。


 ちなみに、この『ラベルが上』という謎マナーだが、大学の医学部が関係しているという説がある。薬品の瓶には手書きのラベルが貼られている。


 それを上にしておかないと、滴った薬品がラベルの文字が消えてしまうから、ラベルは上にするというのがあるそうだ。それは医学部じゃないから聞いた話だけど。


 この医学部の学生が飲み会でもクセでビール瓶のラベルを上に向けたというのが始まりだと言われている。都市伝説だけど。


「ぴょん吉を拾ってきて名前を付けたのは……」

「わー!わー!わー!」


 先生が話している最中に姫乃澤うるるが騒ぎ始めた。どうしたというのだろうか。


「せ、先生!あっちで坂本くんが呼んでましたよ!」

「お?そうなのか?じゃあ……」


 いつの間に坂本が先生を呼んだんだ!?先生は行ってしまった。もっとぴょん吉のことを聞きたかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る