第8話:草薙先生

「姫乃澤さん?」


 隣で少しボーっとした姫乃澤うるるに俺は話しかけてみた。


「あ、黒木くん。ごめん、ちょっと高校の時のこと思い出してた」


「ふーん、そうなんだ。草薙先生が着いたみたいだよ」


「あ、あー。そう。そうなんだ」


 姫乃澤うるるが珍しく少し慌てていた。


 昔のことを思い出していたと言っていたけど、どんなことを思い出していたのか気になるところだった。


 会場の入り口が騒がしくなった。おそらく先生が到着したのだろう。


「や、や、や。お待たせしたね、みんな!」


 草薙先生は3年の時のクラス担任だ。


 とても面倒見がいい先生だ。


 俺も進学の時にすごくお世話になった先生でもある。


 10年ぶりに会えるのはすごく嬉しい。


 当時40代だったと思うので、今は50代か。


 白髪がちらほら見えるけれど、女性なのでその辺りのことを言うのはNGだろう。


 気さくな感じと元気さは変わらない。


 それだけでここに来た甲斐があったというもの。


 草薙先生は到着するとみんなに挨拶をして、ようやく同窓会はスタートしたのだった。


 先生はテーブルのいわゆる『お誕生席』に座った。


 つまり、俺のすぐ横。必然的に話すことになった。


「お、きみは黒木くん!」


「ご無沙汰してます」


「なんか垢ぬけたね」


「いえいえ、今では立派な社畜です」


「ははは、仕事してるだけちゃんとしてるじゃない」


 草薙先生は俺の背中をバンバン叩いて喜んでくれた。


 彼女は身長150センチくらいしかない上に、かなり細身なのにパワフルで豪快だった。


 それでいてどこかサバサバしているので、変なことを考えずに素直に接することができて良い先生だった。


「お、そっちのカワイ子ちゃんは、姫乃澤か!?」


「あ、はい。ご無沙汰してます」


「相変わらずかわいいなぁ」


「恐れ入ります」


 そんな会話が俺越しで行われている。


 席を譲りたいけど、とりあえず席は決まっている。


 なんか居心地が悪いな。


「今はなにしてるんだ?」


「会社員と家業も手伝ってます」


「あー、そうかそうか」


 どうも、草薙先生も姫乃澤うるるの家業は何か知っているみたい。


「今度、店の方にも顔出すよ」


「ありがとうございます。お待ちしてます」


 俺からしたら姫乃澤うるるの家業を知っているので、単に『定食屋に食べに行くよ』って言っているだけなのに、なにかすごい高級なお店に行くような話に聞こえるから不思議だ。


「お!お前は坂本か!」


「はいっ!」


「お前はちゃんと働いてるのか!?」


「俺、これでも公務員っすよ!」


「お前みたいなのが公務員になるとか、もう日本は終わりだな!」


「先生、そりゃないっすよ!」


「「「ははははは」」」


 周囲が爆笑した。


 ちょっとしたコントみたいだな。


 三段落ちになっている部分が作りがいい。


 坂本は公務員になったのか。


 全然イメージないな。


 どうでもいいけど、個人情報が駄々洩れだ。


「お前はぁ……」


 草薙先生が今度は坂本の隣の節目瑠々子の方を指さして言った。


「節目ですよ!ひどいなぁ、私だけ忘れるなんて!」


「ははは、嘘嘘。節目だろ?節目瑠々子。お前もきれいになったなぁ」


「ありがとうございます」


「坂本の横ってことは、お前たち付き合ってるのか?節目は高校の時から坂本のこと……」


「わー!わー!わー!なにも聞こえなーい!」


 急に節目瑠々子が騒ぎ始めた。


 なにかまずい情報が草薙先生から出たのか!?


 俺はすっかり聞き逃していた。


 草薙先生って女性なのに言葉も少し乱暴だし、変な気遣いとかできない感じだけど、不思議と愛されキャラでよく色々な生徒に相談されてたなぁ。


 こういう先生が後になっても記憶に残る良い先生なんだろうな。

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