第9話:同窓会での自己紹介

 同窓会は乾杯の後、『自己紹介』と近況報告でひとりひとり前方のステージで話した。


 通常の『自己紹介』は、初めて会う人に自分の名前や親しみやすいエピソードなどを言う儀式だが、10年ぶりの同窓会において行われる『自己紹介』の必要性とは、何かと思うかもしれない。


 ……覚えていないのだ。


 名前を!


 しかも、女性は名字が変わってるやつもいる!いよいよ訳が分からない。


 顔は見たことがある。


 間違いなく同級生だったことは分かる。


 今この部屋にいることも含めると100%知っている人だ。


 しかし、名前が出てこない!


 こんなことがあるとは!


 例えば、『坂本』だが、会社にも先輩で『坂本』がいる。


 当然全く関係ない赤の他人だ。


 でも、今の俺にとっての『坂本』は坂本先輩のことであって、日々『坂本先輩、ちょっといいですか?』などと話しかけている。


 口も意識も『坂本』と言えば、会社の『坂本先輩』のことになっていた。


 だから、この同窓会会場でヤツを見てもしばらく名前が出てこなかった。


 俺の中での固有名詞は『同級生』だった。


 あ、そう考えたら、10年ぶりにあったってのに俺の名前や姫乃澤うるるの名前がすぐ出てきた草薙先生ってすごいな。改めて、先生のすごさを思い知らされた。


 特に俺なんか在学中は陰キャまっしぐらって感じで全然目立ってなかったのに。あって2秒で名前が出てくるとか、この先生のすごさを再認識した。


「えー、じゃあ、自己紹介なんですけど……」


 司会は坂本らしい。


 男性の幹事が坂本で、女性幹事が節目瑠々子か。


「くじ引きで席についてもらったから、ステージ側から自己紹介してもらおうかな。一人ずつステージに出てきてね」


 ああ、みんなの前に立つのとか俺苦手。


 昔の俺ならきょどってただろう。


 今では適当に場をしらけさせない程度は話すことができると思うけど、ちょっと様子を見たい。


「えー……じゃあ、レディファーストで……」


 よし、誰か女子が先だな。俺は目立たない自己紹介で逃げよう!


「黒木!」


「はぁ~~!?」


「「「わはははは」」」


 坂本のくだらないジョークで俺は自己紹介のトップバッターにされてしまった。


 俺は坂本に言われるがままにステージに上げられてしまった。


「え~~~、お久しぶりです、黒木です。今はサラリーマンやってます」


 そこまで言ったら俺はステージを降りようとした。こんな目立つ場は今も昔も苦手だ。


「待て待て!質問も受け付けろよ」


 お調子者の坂本だ。


 こいつは……。


「大学はどこに行ったんですかぁ?」


 坂本は確か現役でF大に行ったんだっっけ。俺が現役の時に落ちたの知ってるからな。


 みんなの前で恥をかかせて自分はドヤる気なのかもしれないな。


「一浪してK大に……」


「今はどんな仕事してんの?」


「Dって会社で」


「D~!?大手じゃね!?」


 大手って訳じゃないけど、まあまあ知ってる人がいるかもな。俺も知ってるくらいだし。


「Dで何してんの!?」


「機械設計を……」


「マジ!?お前、理系に進んで仕事してんの!?」


「ま、まぁ……」


 うちの学校は全然レベルは低い方だった。


 大学に進学した生徒は20人に一人だって聞いた。


 1年から2年に進級するとき、理系を希望したのはほんの数人だった。


 俺も希望した一人だけど、受験では落ちたしな。


「すごくない!?やったな、黒木!」


「あ、ああ。ありがとう」


 周囲に同意を求める様に話しかけていく坂本。


 ヤツの意図が分からない。


「あと、もう一個質問いい?」


「え?ああ」


「好きなスタンド使いは誰ですか?」


 こいつは何を聞き始めたんだ。


 俺たちの高校時代だって、ジョジョはジャンプで連載されていた。


 でも、いつも巻末の方でそれほどメジャーなマンガじゃなかった。


 ところが、最近ではアニメ化もされて随分メジャーなコンテンツになっている。


 高校時代だったらあり得ない質問だけど、今ならあり得る質問なのか!?


 それとも、陰キャな俺をオタクだと蔑むための質問か!?


「やっぱり、好きなスタンド使いは空条承太郎です」


「マジか!王道かよ!」


 坂本は座ったまま膝をぴしゃりと叩いた。


 お前、この質問を今日来たクラスメイト全員にするんだろうな!


 変な質問と言うか、坂本の茶々でその後は、俺の自己紹介はなんかグダグダで終わった。


 でも、会場はざわざわして盛り上がってる。


 もしかして、俺って会場を盛り上げるためにだしに使われた?


 不本意な感じで俺は自分の席に戻り静かに座った。


 すぐ横の姫乃澤うるるが『お疲れさま』って言ってくれた。


 俺も『ありがと』ってできるだけ自然に返事をした。


 そう強く意識しないときょどってしまうほどの存在なのだ。


 姫乃澤うるるは俺にとって。


 そして、2番バッターとして姫乃澤うるるがステージに上がった。


「はい、姫乃澤さん!」


 坂本が姫乃澤うるるにマイクを渡した。


 そのマイク、俺の時にはなかったよね!?


 まあ、仮にあったらどぎまぎしたんだろうけど。


(トントン)「あ、あ、あ」


 姫乃澤うるるが受け取ったマイクをトントン叩いて音が入っていることを確認した。


 それだけで十分かわいいとかもはや無敵だ。


「こんにちは、M高校生徒会長、3年の姫乃澤うるるです。あ、もう卒業したんだった」


 てへっと照れ笑いをする姫乃澤うるる。


 めちゃくちゃかわいい。


 そして、会場が大盛り上がりだ。


 それと言うのも、彼女のこの流れるような挨拶は、高校時代に体育館で彼女がしていた挨拶だからだ。


 彼女は3年間生徒会に所属していて、2年、3年と2期も生徒会長を務めるなど、その人気と人望がすごかった。


 全校集会では彼女はいつも生徒会長として挨拶をして、マイクに向かって連絡事項を話していた。


 なるほど、姫乃澤うるるの挨拶にはマイクは必須だったか。


「卒業して今は会社員してます。あと、家業の飲食店を手伝ってます。今日は久しぶりにみんなに会えて嬉しいです♪」


 姫乃澤うるるがニコリとして言った。


「俺も会いたかった!」


「かわいいぞ!」


「うるるちゃんかわいい!」


 会場全体が盛り上がってる。


 俺もだしに使われた甲斐があったかもしれない。


「今日は幹事の坂本くん、節目さん、呼んでくれてほんとうにありがとう。草薙先生、お久しぶりです。みなさんに会えて、今日はなんだか少しだけあの頃の気分になってます」


 あ、俺は幹事とかにお礼言ってなかった。


 さすが周囲への気遣いも忘れない姫乃澤うるる。


 やっぱ、俺とは違う。


「質問いいですか?」


 坂本がまたもや茶々を入れてる。


 ちゃんと好きなスタンド使いを聞くんだろうな!


「結婚してしまいましたか?」


 質問がちゃんとしてるじゃないか!


 俺の時と違う!


「え~、相手が……結婚はしていません」


「じゃあ、付き合ってる人いますか!?」


 単に口説いてるだけじゃないか!坂本!


「ご想像にお任せします」


「ぐわーっ!やっぱり!」


 坂本、お前は何をご想像したんだ。


 言ってみろ。

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