第10話:俺の仕事
「ふー、お疲れ様」
ニコニコしながら姫乃澤うるるが席に戻ってきて俺に笑顔を向けた。
「お疲れさま。さすが生徒会長って感じだった」
「もー、やめてよー。マイク持ったら自然に出ちゃったんだもん」
照れくさそうにする姫乃澤うるる。
もしかしたら少し天然なところがあるのかもしれない。
とりあえず、自己紹介は次の人、その次の人と順番が回って行っている。
これからの人はちょっと緊張している感じが伝わってきているし、終わった俺たちは謎の連帯感が生まれていた。
「黒木くんもう、洗浄機の修理やってないんだね」
「まあね」
会社が変わったことに気づいたらしく、姫乃澤うるるが訊いてきた。
「今は、設計の方に進んだんだ。ものを作るのが好きだったみたいで」
「かっこいいね!発明家みたいな?」
「発明家かぁ……」
機械設計者って子供の時の夢で言ったら『発明家』と言ってもいいのではないだろうか。
もっとも、なにかを作ろうと思ったら、機械だけじゃなくて電気やソフトも必要なんだけど。
ただ、今の俺が考える『発明家』と言えば、特許を取るような新しい機構を考える人かもしれない。
でも、まあいいか。一般の人にそんな細かいことが伝わるとは思えないし。
「ある意味『発明家』でいいかもね」
「わぁ!」
姫乃澤うるるの目が輝く。
「ねえ、黒木くん、どんなの作ってるの?」
思いのほかこの話に興味があったのか、はたまた興味があるふりなのか、そんなに広がると思えない俺のことについて質問してきた。
俺が今 設計しているのはボンダー……半導体の製造装置だ。
いわゆる後工程でチップをボンディングする装置でFAなのだけど……多分、彼女に言っても伝わらないだろう。
俺ももう社会に出てしばらく経つ。
言いたいことを言っていたのは昔の話だ。
対象がどんな人か理解した上でその人に合わせた話し方をしないと、専門用語を並べて話しても伝わらないことは知っている。
例えば、取説、取扱説明書だ。
使う人が一般の人だったら、『コンセントはささっていますか』みたいな基本的なことも書く必要があるだろうし、場合によっては『ネコは電子レンジで乾かさないでください』みたいな、ちょっとあり得ないような注意事項まで書く必要があるだろう。
ところが、対象が工場の整備の人だとしたらもっと実のあることを書かないと馬鹿にされてしまう。
つまり、今の俺の仕事をそのまま姫乃澤うるるに伝えようと思っても、彼女に伝わるわけがない。
彼女に合った言い方をする必要があるんだ。
「ロボット……かな」
「ロボット!」
あれ?言い方を間違えたかな?
FA……ファクトリーオートメーション機器は生産ラインや検査を自動化するシステムの総称だ。
そこで使われている装置はロボットと呼んで間違いないはずだ。
「どんなロボット?背は高いの」
『背』?高さのことだろうか。
ワークが流れる高さを1200ミリにしたから、一番背が高いところは確か、カメラの焦点距離の関係で1900ミリになったって誰かが言ってたな。
「190センチかな」
「背が高いね!イケメン?」
『イケメン』!?FA機器にイケメンってあるのか!?
デザイン的に優れているかって話かな。
普通のFAはコストダウンのために直線的な形状が多い。
アルミフレームを架台に組み立てて、そこにアクリルやポリカ、SS(鉄)の板でカバーしていく。
ザックリ言うと立方体の箱のような形になってしまうのだ。
まあ、今 俺がやっているのはメーカーさんのこだわりなのか、ドアのフレームはRになっていて、ぱっと見やわらかい印象になっている。
イケメンと言えばイケメンだろうか。
「やわらかい印象のイケメンだね」
「いいね!目はどんな感じ?目は!」
『目』!?センサーのことだろうか?
それとも画像処理用のカメラのこと?
今やってるボンダは検査装置も搭載型で、ワークを吐き出す前に検査も全数検査やるんだ。
超近距離、普通、遠距離の三方からボンディング状況とか、チップのずれとかを100分の1秒で検査する。
言うならば、この部分が他社にない優れた部分と言える。
さすがだな姫乃澤うるる。
FAのことが分からなくても、カメラに注目するとか。
「めちゃくちゃ良くて3つある」
「目が3つ!?どゆこと!?」
ふふふ、驚いてるな。検査装置のカメラと言えば普通1機のみ。
それが複数検査を同時に行う機械だから3つも付いているんだ。驚くところが玄人っぽい。すごいな、姫乃澤うるる。
「て、て、手は?」
『手』?手ってアームのこと?
軸数の話か!ワーク用にX軸が1つ、Y軸は2軸あって、Z軸も2軸。
あと、エアブロー用に1軸、カメラ用にX、Y、Zの各1軸あるから……合計9軸かな。
「9本かな」
「9本!?あ、あ、脚は!?」
『脚』……は、アジャスタのことかな?軸数が9軸もあるから、装置全体も重たくなっている、と思ったのかな?重量用アジャスタって地味に高いもんな。
それが多いと機械のコストも上がるから高い機械かどうか聞いてるんだろうな。
ちゃんと軽量化したので、アジャスタは6本に収まってる。
搬送の時にもちゃんとフォークリフトの爪が入りやすいように等間隔に配置できたんだ。
結構自慢のレイアウト。
その辺りも聞いてくれたのか。
さすが、姫乃澤うるる。
「6本だよ」
「6本!?モンスター!?」
まあ、業界で言えばボンディングだけじゃなくて、検査も一緒にやってしまう装置だ。
モンスター級とも言えなくない。
さすが姫乃澤うるる。
色々物知りだ。
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