第11話:姫乃澤うるる

 私、姫乃澤うるるは緊張しながらステージに上がった。


 みんなが注目している。


 黒木くん、よくこんな状況でトップバッターでステージに上がったな。


 すごい精神力。しかも、坂本くんとの掛け合いも面白かったし。


 私が自己紹介をしようとしたら、マイクを渡された。


 さっきの黒木くんの時にはマイクが間に合わなかったのかな?


「こんにちは、M高校生徒会長、3年の姫乃澤うるるです」


 しまったーーー!


 みんなの前に立ったことと、久しぶりにマイクを持ったことで慣れ親しんだフレーズをついつい行ってしまった!


「あ、もう卒業したんだった」


 もう、笑ってごまかすしかない!


 もうステージ上で舞い上がってしまってなにを言っているのか分からない。


 そう言えば、昔から私はそうだった。


 みんなの前に立つと脳内物質がドバドバと分泌されるのか、ちょっとした興奮状態になって思ってもないことを言ってしまうんだった。


 まるで私の中の理想の私がしゃべっているみたいに。


 本当の私は思考が追いつかないから、それがどんな意味になるかも分からないこともしばしばだった。


 私の挨拶とか、演説が終わってステージから降りてきたとき周囲の人が盛大な拍手をしてくれることも多かった。


 あの時、私はいったい何を言っていたんだろう。


 そして、今日の自己紹介でも何を言ったんだろう。


 背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


「お疲れさま。さすが生徒会長って感じだった」


「もー、やめてよー。マイク持ったら自然に出ちゃったんだもん」


 ほんとやめて。私なにを言ったの!?


 そうだ、話をそらさなくちゃ!


 えーとえーと、さっき黒木くんが言ってた会社って洗浄機の会社じゃなかった。


 もう辞めちゃったのかな?


 そう言えば、ここ数年、黒木くんがうちに来てくれたことがないような……。


「黒木くんもう、洗浄機の修理やってないんだね」


「まあね」


 ちょっと後ろめたそうに黒木くんが答えた。


 うちの定食屋にしばらく来ていないから後ろめたいんでしょ!


 同級生なんだし、もうちょっと来てくれても良くない!?


「今は、設計の方に進んだんだ。ものを作るのが好きだったみたいで」


 ものづくり!料理を作ってる私と共通点がある!?


「かっこいいね!発明家みたいな?」


「発明家かぁ……」


 黒木くんは少し考えている。


「ある意味『発明家』でいいかもね」


「わぁ!」


 新しいメニューってできそうで、難しい。


 誰も食べたことがないメニューだとお店では誰も頼まないし、よくあるメニューでは既にほかにあって目を引かない。


 どんなのを作っているのか気になる!


「ねえ、黒木くん、どんなの作ってるの?」


「ロボット……かな」


「ロボット!」


 ロボットを作ってるなんて、なんかかっこいい!


 どんな子かな。鉄腕アトムみたいなの?


 それともドラえもんみたいなの?


 鉄腕アトムは身長135センチ、ドラえもんは129.3センチ。


 これは8歳から9歳の男の子の身長に似せてる説があったような……。


 じゃあ、黒木くんのロボットの身長は?


「どんなロボット?背は高いの」


「190センチかな」


 190センチ!思ったより背が高かった!国民全体の0.07%しかいない高身長!きっと、大人の男の人ね。


「背が高いね!イケメン?」


 黒木くんがまた少し考えてから答えてくれた。


「やわらかい印象のイケメンだね」


 190センチとか153センチの私からしたら背が高すぎて怖いくらい。


 きっと満員電車に乗っても上空の美味しい空気を吸ってるんだろうなぁ。


 そうなるとどんな顔しているのか気になる。切れ長の目でクールな感じなのかな。


「いいね!目はどんな感じ?目は!」


「めちゃくちゃ良くて3つある」


「目が3つ!?どゆこと!?」


 目がいいってことは視力がいいってこと!?


 目が3つもあるんだったら、もし目が悪かったらメガネに困っただろうね。


「て、て、手は?」


「9本かな」


 ちょっとどういう状態!?私だとチャーハンを作りながら、フライヤでコロッケ揚げるのが精いっぱい。


 一度にできる料理は2つくらいまで。


 手が9本もあるってことは、4倍くらいの8品一度に作れるってこと!?


「9本!?あ、あ、脚は!?」


「6本だよ」


「6本!?モンスター!?」


 高校時代の私の50メートル走の記録って6秒99が最高だった。


 部活をやっていない女子としては相当速かった。


 ウサインボルトの記録が9秒58と聞いて楽勝で世界一を超えたと思ったら、あっちは100メートルでこっちは50メートルだったのを思い出しちゃった。


 黒木くんのロボットは足が6本あるなら3倍速いってこと!?


 シャアなの!?キャスバルなの!?


 それとも、エドワウかクワトロ・バジーナなのーっ!?


「ははははは……」


 黒木くんがなんだか少し引きつった笑いを浮かべた。


 私も100メートルを2秒台で走る目が3つ、腕が9本、脚が6本のモンスターの話に少し引いていた。


 ダメよ、黒木くんはそのロボットに人生をかけているんだから。


 何も知らない私が引いたりしちゃ……。


「ふふふふふ……」


「ははははは……」


 私と黒木くんの間はなんだか変な空気になってしまった。


「姫乃澤さん?」


 坂本が俺たちの会話に入ってきた。


 ただ、テーブルの向こう側だからそんなにぐいっと入ってきている感じではない。


「んー?黒木くん、なぞなぞ?」


「違うわっ!」


 節目さんのボケ(?)に黒木くんがツッコんだ。間が絶妙だった。お笑い芸人のそれみたい。


「じゃあ、私もなぞなぞ出すね」


「だから違うって言ってるのに……」


 黒木くんの話なんか聞いちゃいない。酔っ払いとはそんなもの。


 彼は少し不満そうだったけど、節目さんの話を聞くあたり、人が良いのだろう。


 

「朝は2本、翌朝は4本。これなーんだ?」


「ん?」


 スフィンクスの謎に似てる?


 たしか、スフィンクスの方は、朝は3本、昼は2本、夕方は3本だったかな。


 その答えは人間で、朝は赤ちゃん時代でハイハイしてるから4本、昼は青年期で二本足で歩くから二本足、夕方は老年期で杖をつくから3本だったはず。


「答えはねぇ、ひ・み・つぅー」


 出題だけして、答えは無いとか……ダメだ。単なる酔っ払いだ。


 たしか、節目さんは部活がクイズ研究会だったっけ。


 高校生クイズにも3年連続で出たガチ勢だったような……。


「うるるちゃん、楽しんでね♪」


「ありがとう」


 多分、マンガやドラマだったら、『どんちゃんやってた』くらいのナレーションで終わるシーンだな、こりゃ。


 でも久しぶりの同級生との時間は楽しかった。

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