第19話:始まらなかった物語。これから始まる物語
「王子様!?」
あ、しまった!……もう、遅いか。姫乃澤うるるはへなへなと再びテーブルに突っ伏した。
「ぐすん、白状します」
彼女がわざとらしくいじけて見せた。
「はい、聞きます」
姫乃澤うるるがむくりと頭を起こして話し始めた。
「黒木くんは、……その……私の目指す人物像なのです」
「ん?は?どういうこと!?」
姫乃澤うるるの様に完璧なヤツに言われるとイヤミにすら聞こえるんだが。
「最初はやっぱりぴょん吉だった。文句言わず面倒みてあげて、それを誇ったりしないし」
「あう……」
買い被りすぎだ。文句は言ってたし、誇る相手がいなかっただけなんだが……。
「そのうち、目が行くようになって、いつの間にか好きになってた。尊敬?いや、やっぱり恋愛感情かな?今なら分かるかも」
「言ってくれればよかったのに」
「言えないよ。だって恥ずかしかったんだもん」
『だもん』とか言われたよ。かわいいなぁ……。
「久々に会ったら黒木くんって見た目もかっこよくなっててずるい!」
「それを言うなら、きみはあの頃のキラキラのままだ」
「え?」
「君は昔から人気者で 取り巻きがいて、俺はその末席にいるような男だったんだよ」
「そうなのぉ? でも、本当はキラキラでも何でもなくて単なる定食屋の娘だよぉ?」
俺の顔を姫乃澤うるるのかわいい瞳が覗き込んでくる。
「そんなことは知ってるよ。それでも、きみが 好きなんだ」
あれ?俺、いま告白してないか!?妄想の『姫乃澤うるる』じゃなくて本物の『姫乃澤さん』にだ!
いや、ちょっと待て。昔から彼女には彼女に釣り合った彼氏がいると思っていた。
多分、そいつは洋楽が好きでいつも洋楽を聞いてる。全身日焼けで褐色な上に筋肉質で、首に金のチェーンがかかってるようなヤツだ。
名前は……『山崎沢亮賢人』とか『平野下流星』だろうか。仕事は俳優かモデル……
いや、そんなヤツいない!ここは勇気を出すところじゃないだろうか。今こそ!
「黒木くんは……大卒だし?理系だし?ちゃんと社会人で、正社員で……そんな『ラベル』だけじゃなくて、誰も見てなくても誠実だし。真面目だ」
『まじめ』は学生時代は誉め言葉とは感じられない。言い換えると『つまらないヤツ』になりかねない言葉だ。
でも、社会に出てからは誉め言葉に感じるから不思議だ。
「きみには恥ずかしいところばかり見られてるなぁ。不公平だ」
「いやいやいや。俺の方が恥ずかしい感じだから……」
「そんなことないでしょ?1個で良いからその恥ずかしエピソードを話してよ」
「うーん、話すとガチで引かれるんだけどなぁ……」
「それ!それを話してみよう!お互い高校は卒業してるし、お酒も飲んでる!酔っぱらってるから大丈夫!多分、明日には私も黒木くんも覚えてないから大丈夫!」
姫乃澤うるるがその場で座ったまま地団駄を踏んでいる。いや、美人が駄々をこねても微笑ましいだけなんだが……。
でもまあ。たしかに、お互い結構飲んだ。俺もだいぶ酔っぱらってる気がする。じゃあ、いいか。
「俺には彼女がいる。妄想彼女」
「妄想彼女?あれ?私、振られる方向のお話?」
姫乃澤うるるが首を傾げて訊いた。
「いやいや、ちょっと待って。その妄想彼女の名前は『姫乃澤うるる』なんだ」
「ん?ちょっと面白い話になってきた!?」
「俺の高校の時からの妄想上の彼女。一緒に映画に行ったり、本屋に行ったり……例のマンガはその妄想をマンガにしたんだ」
「ほほぉ」
彼女が顎に親指と人差し指を当てて、探偵が証拠を見つけたときのように目を輝かせた。
「まあ、なんの賞も取れなかったけど……」
「ははは」
「さっきみたいに、みんなで内緒で教室で手をつないだり、シャーペンを交換して使ったり……」
「なかなかに萌えるシチュエーションだね。ってことは、私のライバルって『黒木くんの妄想の中の私』?強敵だなぁ、姫乃澤さん外面が異常に良いから」
それだと内面がダメみたいな言い方だけど、それでは生徒会長や、学校のアイドルにまではなれない。彼女の謙遜だろう。
「ん?ちょっと待って。『ライバル』って!?」
慌てて俺は彼女の顔を見た。彼女はウインクしているように見える。単に、眠くて目が閉じてきているのかもしれない。
要するに、どうやら俺たちは別々だったが、同じように相手のことを思って高みを目指していた……と。
ただ、俺にも分かる!言うなら今だ!ここは男がキメるとき!
「あのっ……姫乃澤さん……」
「あの……すいません」
俺が姫乃澤さんに話しかけようとしたのとほぼ同時、テーブル横から若い女性店員が話しかけてきた。
「そろそろ看板で……」
どうやらそろそろ閉店の時間らしい。タイミングよ!現実は、映画やドラマのようにはキマらないらしい。
「じゃあ……」
姫乃澤うるるが自分のカバンから財布を出そうとした。
「まぁ、ここはかっこつけさせてよ」
「いいの?」
「もちろん」
格好をつけてみたものの、ここはいわば3次会。その会計金額はびっくりするほど安かった。本当にかっこついたのか!?
安い居酒屋の入り口を出たのは俺たちが最後だった。話に夢中で時間を忘れてしまっていたようだ。
店の暖簾を右手で持ち上げ外に出た。姫乃澤さんの髪に汚れた暖簾が付かない様に彼女が出てくるまで暖簾は持ち上げたまま。彼女はそれに気づいたのか、小さな声で『ありがと』なんて言われてしまった。もうそれだけでうれしくて……俺はもう、病気だな。
俺たちはお互い自分が抱く理想を追い求めていた。相手のことは置いてけぼりでつっぱしってた。それは若さゆえだったかもしれない。
「大人になって少しだけ周囲を見る余裕が出てきたと思わない?」
姫乃澤さんがウインクしたみたいな表情で訊いた。
「うん」
そうだ、俺たちは自分ばかり見ていた。周囲のことは見ているようで、結局自分のことで精いっぱいだったんだ。
「例えば、隣に美人が立ってたりね」
彼女のいたずらっぽいウインクは今日一番かわいい。
「そうだね、俺の理想のね」
俺も笑顔で返したはずだけど、ぎこちない笑いになってないかな。
夜の照明が少しだけやさしく二人を照らしていた。そして、街の喧騒は、かつて始まらなかったストーリーの仕切り直しをして、これから始まる物語の応援歌のようにも感じられたのだった。
「あっ!」
俺はふいに立ち止まって言った。
「どうしたの?」
彼女が俺の腕を組んだまま訊いた。
「節目瑠璃子のなぞなぞの答えが分かった!答えは『俺たち』じゃ!?」
「なんで?」
「行きは一人だったから足は2本で、帰りは二人だから4本。あ、それだと『翌朝』ではないか。違った。」
「それで合ってるよ?翌朝『4本』で」
彼女のいたずらっぽい顔は中毒性があるみたいだ。この顔も好きになってる。
「お持ち帰りされてくれる?」
「はい。……でも、それ本人に聞くぅ?」
「ははは」
二人の影がどこに消えたのかは、ご想像に任せよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます