第2話:彼女は俺の目標で理想

 俺だって憧れなかった訳ではない。


 姫乃澤うるるとはそれだけ人気者なのだ。


 超絶人気者の彼女と陰キャトップの俺が付き合い始めたらクラスの話題になることは間違いない。


 彼女の人気を考えたら学校中の話題にだってなったかもしれない。


 その時、俺は鼻高々だっただろうし、クラスメイトに多少の自慢話をしていたかもしれない。


 謎の謙遜をちらつかせて、その裏で自慢を相手に見せつけるのだ。


 でも、ある時思った。


 この自慢をして俺が悦に浸っている時の姫乃澤うるるの顔は俺の想像の中にはない。


 それどころか、自慢さえできれば、彼女の存在すら必要なかったのだ。


 つまり、俺はヒーローになれたらいいな、とか思う子供と同じ。


 そして、自分一人ではそうなることはできないので、そうなるためのリアリティのあるきっかけを彼女に押し付けているだけだと思った。


 その瞬間、俺が彼女のことを思っているのすら恥ずかしくなったのを覚えている。


 高校は既に卒業していた。


 俺は彼女に釣り合う自分になろうと頑張った。


 もっとも、彼女とは高校卒業と同時に交流がなくなったので、正確には自分の記憶の中の姫乃澤うるる、もしくは、自分の想像の姫乃澤うるるが対象だ。


 彼女に釣り合うこと、彼女の隣にいても恥ずかしくない自分を目指していた。


 その考えは、のちの俺の人生に大きく影響した。


 大学進学は上手く行かず一浪したけれど、諦めなかった。


 彼女の隣にいるヤツは大学ぐらい卒業しているだろうと思って、なんとしても大学には入学する必要があった。


 大学の成績だってそうだ。


 赤点さえとらなければ問題ないと思っている周囲のヤツらとは違い、姫乃澤うるるの彼氏なら成績は上位になっているはずと思い、授業中もちゃんと授業を受けた。


 テスト前は高校の時以上にテスト勉強をしてテストに臨んだ。


 このようなことは、大学を卒業して就職する時にも影響し、下手な仕事はできないとか、下手な会社には就職できないと自分の実力以上の努力をしてきたと思う。


 若干話がそれたが、つまり、彼女は俺の理想であり、目標なのだ。


 ただ、俺は本当の彼女を知らない。


 俺の想像の姫乃澤うるるは俺の想像が作り出した虚像。


 根拠もなく一方的に俺のことを好きでいてくれる想像上の都合のいい彼女。


 そのビジュアルにたまたま見てくれの良い姫乃澤うるるが当てはまっただけ。


 俺と彼女の間にはなにもない。


 高校3年間で会話すら満足にしていないのだから。


 俺と彼女の間に物語はなにも始まらなかったのだ。


 それにしても、同窓会って面白い。


 卒業してすぐの同窓会じゃだめだ。


 今日出席している元同級生の顔は分かるんだ。


 10年経っても分かる。


 面影なんてもんじゃない。


 成長していても同級生の顔は分かる。


 ただ、名前が思い出せない!


 こんなことがあるとは!


 よく見知った顔なのに名前が思い出せないのだ。


 歳を取ってボケてきたらこんな風になるのか!?


 そう言えば、『坂本』だって下の名前が思い出せない。


 そこのヤツも、名前が思い出せない。


『なべや』?『なべやま』だっけ?


 あいつはクラスでは人気のヤツだったからかろうじて名前がおぼろげながら出てくるけど、それでもその程度。


 俺が姫乃澤うるるのことをこれだけはっきり覚えているのは実はすごく意識していたのかもしれない。


「先生遅いね」


 横の席の姫乃澤うるるが間を持て余したのか、俺に話しかけてきた。


「そうだね、確か人身事故とかでJRが遅れてるって言ってたからその影響かも」


「え、そうなんだ。もうちょっと時間があるかもね」


「そうだね」


 正直、彼女と話す時間があるのは嬉しかったが、同時に間が持たないとも思っていた。


 俺の想像の姫乃澤うるるは俺の想像が生み出した想像上の生き物。


 動物園の『キリン』が伝説の想像上の生き物『麒麟』とは全くの別物であるのと同様だ。


 俺は彼女のことを何も知らない。


 そんな彼女と一緒にいるこの空間はご褒美であり、同時に拷問でもあった。


 広い宴会会場は背の低い長テーブルをいくつか付けて席を作っていた。


 人数が多いことから、テーブルの列は長手方向に2列あり、姫乃澤うるるは最も上座の位置にいた。


 彼女の横にはちょっとしたステージが設けられていて、あとのイベントで使われるのかもしれない。


 会がちゃんと始まっていない現在、そんな彼女のところまで来る猛者は男女ともにいない。


 そして、俺はその隣の席。


 必然的に彼女の話し相手は俺しかいない状態。


 だから、高校時代にほとんど話したことがないような俺に話しかけてくれているのだ。


 それは、彼女の本質が天使であり、菩薩であり、良い人だからそうしているだけだろう。


 俺のご褒美と拷問はこのように偶然により構成されていた。

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