始まらなかった物語
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
第1話:同窓会
「今日、姫乃澤うるるさんが来るらしいぜ!」
「まじかよ!?学園のマドンナが卒業してどうなったか見たいな!」
そう、姫乃澤うるると言えば、俺の高校時代の学校のヒロイン的存在。
俺たちは高校を卒業して約10年が経過していた。
今日は卒業後初めての同窓会。
誰の気まぐれだったのかは知らない。
何のタイミングだったのかも分からない。
でも、卒業して初めて俺たちクラスメイトは集まったのだ。
俺は静かに昔の同級生の会話を横から聞くとなしに聞いていた。
「姫乃澤さんって、今でいうギャルって感じじゃなかった?ほら、ちょっとお化粧してたっていうか」
「分かる!ケバいのとは違ってほんのちょーーーっとだけのメイクだったよな。ナチュラルメイクって言うの?かわいいのは間違いなかったからみんな憧れたよなぁ」
「俺も好きだったわぁ」
「それで成績が良くて生徒会長だろ?モテるよなぁ」
「高嶺の花感がすごかった」
そんな会話が耳に届いていたものの、俺の視線は壁に貼られたお勧めメニューに向けられていた。
別にその料理が食べたかったわけじゃない。
周囲に話す相手がいないから、視線を誰とも交わらせなかっただけだ。
だから、見ているのは手元のスマホのニュースアプリでもよかった。
左手に持ったスマホはJRが人身事故で遅れていることを知らせてきている。
ただ、この同窓会と言う場で一人スマホを見ているというのは、いかにも「構ってください」と言っているようで逆に恥ずかしかった。
極力スマホは見ずに壁などを見て、なんとなくその場に馴染んでいるように振舞った。
話題の姫乃澤うるると俺は3年間同じクラスで隣の席になったこともある。
これがマンガやラノベだったら陰キャの俺とヒロインの物語が始まるはずだろう。
でも、俺と彼女の間には何もなかった。
別に幼馴染でもないし、偶然 親同士が結婚してなった義妹でもない。
本当に何もなかったのだ。
これは、俺の『始まらなかった物語』。
現実はマンガやラノベとは違うのだ。
俺はそのことをよーく知っている。
さて、店について少し触れておきたい。
ここは地元の何でもない中華屋。
中華屋と言っても街のラーメン屋とはちょっと違う。
少し良い値段の料理が出てくるような中華屋だ。
宴会場があって、キャパは100人ほど。
中華屋なのに畳で、床には背の低い長テーブルが置かれている。
テーブルの上にはお箸と取り皿、そしてビール用のコップが並んでいる。
外には大駐車場が完備されているが、立地的には比較的駅から近く、酒を飲む人のことも考慮した店となっている。
つまり、幹事はここで昔の同級生が集まって酒を飲んでどんちゃんやろうという腹積もりなのだろう。
高校時代の思い出なんて数えるほどしかない。
俺はいわゆる陰キャだっただろう。
髪も長かったし、メガネもかけていた。
散髪は美容師と話すのが苦痛で出来るだけ髪を切りに行かなかった結果だし、メガネは値段で選んだ物でそれにかっこよさを求めたことなんてなかった。
陰キャのテンプレの様にマンガとラノベが大好きで、当時の俺は漫画家を目指していた。
自転車通学だった俺は学校が終わると急いで家に帰ってマンガを描いていた。
家と学校の距離が約10kmあったことも俺が早く家に帰りたくさせる要因の一つだったと言ってもいいだろう。
「あれ?お前、ブラツリ?」
昔の同級生は俺の存在に気づいたらしい。めんどくさい。
「ブラツリってなっつ!」
『ブラツリ』とは、ブラックツリーの略、俺の名前が黒木だから。高校時代にはよくあるくだらないあだ名だ。
「髪切った?」
タモリか!
まあ、散髪に行くのが面倒だから短めに切ってるな。
あと、耳の辺りに髪の毛が当たるとモジョモジョするからツーブロック。
高校時代は禁止されていた髪型だ。
昔は身綺麗にするのが面倒だった。
最近では、手入れがされていない方が目立つので、目立たない様に最低限は気を使っている。俺も社会人になったってことだろうか。
そんなことを考えていたら、件の女子が登場したらしい。
玄関側から男女の悲鳴にも似た歓喜の声が聞こえる。
どう考えても姫乃澤うるるが登場したのだろう。
「姫乃澤さん!くじ引き引いて引いて♪」
「くじ引き?」
「うん、今日の席はくじ引きで決まるの」
「そうなんだ。じゃあ……」
姫乃澤うるるに説明しているのは幹事の一人である節目瑠々子だ。
何となくその場を仕切っているというか、困っている人がいたら助け舟を出すような世話焼きの女子だったか。
今日は幹事の一人らしい。
そして、節目瑠々子の説明通り、俺もこの店に入るときに入り口でくじを引いた。
俺の番号は『13』番。
クラスメイトが全部で33人だったと思うので、上の方でも下の方でもない、実につまらない番号だ。
「はい!ラッキーセブンの14番!」
あれ、俺もくじをひいたときに言われたな。
ラッキーセブンは『7』のはず。
明らかなおやじギャグだと思う。
節目瑠々子の思考はオヤジ化しているのではないだろうか。
それともおっさんが多い職場で働いていて、徐々に洗脳と言うか、浸食されてきているとか……。
くじは手作りだったけど、既製品みたいなクオリティがあった。
節目瑠璃子が作ったのか。
なかなかに器用だな。
そう言えば、彼女は高校時代に必修クラブで工作クラブに入ってたな。
うちの高校には、希望制の部活とは別に必ず入る必要がある「必修クラブ」と言うのがあった。
当時は当たり前と思っていたけど、割と珍しい文化だと卒業してから知ったなぁ。
「こんにちはー、お久しぶりですー」
「きゃー!うるるちゃん久々~!」
姫乃澤うるるが両手でバイバイのように手を振り、周囲に挨拶をしながらこちらにやってくる。
俺の番号は『13』番。
そして、聞こえてきた姫乃澤うるるの番号は『14』番。
普通なら聞き流すところが、節目瑠々子のおやじギャグのせいで番号がしっかり頭に残ってしまった。
姫乃澤うるるが俺の隣の席に座る。
「あれ、黒木くん?お久しぶり~♪」
「ども」
俺は前髪を少し触りながら答えた。
「髪切った?」
タモリか!
こいつらはどいつもこいつも……。
この程度ならば今の俺なら返すことができる。
高校時代ってのは、なんであんなになんでもかんでも恥ずかしかったのか。
あれは自意識の問題なのだろうか。
そして、今は色々諦めたからなのか、割と落ち着いて対処できる。
あいさつ程度はちゃんとできるのだ。
社会において挨拶できない人間は仲間に入れてもらえず、そのコミュニティで孤立してしまう。
学校ならばボッチもアリだった。
でも、社会において孤立することは、ほとんどの場合その仕事の継続ができないことを示している。
俺だってそれなりに社会性を身に付けたと思っている。
「いつ以来だっけ?もしかしてアレ以来?」
「……そうかも」
「なになに?アレってなに?」
調子がいい坂本が俺たちの会話に割って入ってきた。
同時に俺の肩に腕をまわして組んできた。
高校時代だったら嫌と感じただろう。
でも、あれから約10年。
今ならなんか悪い気がしないから不思議だ。
高校時代の同級生ってことで、嬉しさすら感じている。
こんなことで人は時間経過とともに価値観が変わるのだと思った。
先生の到着が遅れているから会のスタートも少し遅れるらしく、多少間延びした時間ができていた。
広めの宴会会場はそれぞれの人間の話声でざわざわしていた。
それでいて席は決まっているのでそこから大きく逸脱して移動する人間はまだいない。
そうでなければ、姫乃澤うるるの周りは男どもで黒山の人だかりになっていただろう。
いや、人山の黒だかり?
いや、どっちでもいいか。
とにかく、今も昔も姫乃澤うるるは人気者で、いつも話題の中心だった。
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