第15話:言い出せなかったウサギ
私、姫乃澤うるるにはずっと後ろめたい思いをしていたことがあった。それが「ウサギ」のことだった。それは高校1年のある日の公園でのこと……。
「はぁ!?ウサギを!?拾ったぁ!?」
ウサギを抱きかかえて職員室にいる私。目の前には草薙先生が机の椅子に座っている。
「なになに?ウサギってそこら辺をぴょんぴょん跳ねてるものなの!?」
「跳ねてたって言うより、公園の隅でうずくなって震えてました」
「まぁ、ウサギってストレスに弱いからねぇ。んーと、ネザーランド・ドワーフか。しかもメスかぁ」
草薙先生が私の抱きかかえているウサギを見て言った。
「メスはいけないんですか?」
「いけないことはないけど、ネザーはメスの方が気性が荒いって言われてる。ちゃんと世話をしないと懐かないんだよ」
「そうなんですか……」
すごくかわいいのに、ちょっとした欠点で全体が否定されているみたいで少し悲しかった。
「あと、ウサギはきれい好きだからトイレをきれいにしておかないと、そこかしこでウンコするんだ。室内で飼ってたら家じゅうウンコだらけになる」
「へ、へえ……」
うちは飲食店だから、そんな動物はとても飼えない。そうでなくても、うちは家計が厳しいので動物を飼うなんてお父さんにも相談できない。
「しかも、ネザーは暑さ寒さに弱くて基本……よし!屋外で飼おう!」
「え?」
草薙先生がなにかを言いかけて、途中で急にやめた。なにか思いついたみたいだ。
「なまえはなんにする?」
「え?私がつけていいんですか?」
「もちろんだ。拾って来たのはお前だ。学校の中庭で飼うから毎日見に来たらいい」
「ありがとうございます!」
本当は飼う場所、エサのこと、お世話のこと、色々相談させてもらわないといけないと思ったのに、あまりに草薙先生が自信もって『任せておけ』なんて言うから、甘えてしまった。
「じゃあ、『ぴょん吉』で」
「ド根性ありそうだな。よし、『ぴょん吉』に決定だ」
「よろしくお願いします!」
拾ってしまったウサギをどうしようと思ったのが先だったので、なんとか飼ってもらえそうだったので私は安心してしまっていた。
そして、そのあとの草薙先生の言葉を聞き逃していた。いや、耳には聞こえていたけど、意味を理解したのはずいぶん後だった。
「じゃあ、失礼します」
「ああ」
私が職員室を出るのと入れ違いに一人の男子生徒が職員室に入って行った。それ自体はよくあること。だから私はスルーしてしまった。
「お!黒木!良いところに来た!」
「良いところって、先生が呼んだんじゃないですか」
……そして、学校の校庭でぴょん吉が飼われていたのに気づいたのはそれから約1か月後のことだった。
使われていなかった飼育小屋が整備され、干し草や巣穴が準備されていた。
『誰か』が飼育してくれている。私としては動物園の動物を見るみたいに思い出したときにウサギを見に行くようになった。それが拾った私の責任とばかりに。
でも、何か月もしてから当然そのウサギの面倒を見てくれている人がいることに気が付いた。それまでお世話しているのを見たことがなく、全然気が回っていなかったのだ。
ある日、昼休みにウサギ小屋に行くとそこにいたのはクラスメイトの黒木くんだった。
「ぴょん吉、今日も世話に来てやったからな。お前はほんとに懐かないな」
そんなことを言いながら、手慣れた感じで干し草を集めていく。ものの数分でウサギ小屋はきれいになった。私は失念していた。
生き物が生活しているということは、食事もするし、排せつもする。草だって散らばる。それを誰かが世話しないとそこは荒れていく一方なのだ。いつもきれいだったので失念していた。
ホントに動物園の動物を見る感覚だった。動物園のゾウの檻の中で水飲み場が整備されていることを誰が見るだろう。動物園のサル山の中でエサ場がきれいになっていることを誰が気付くだろう。私は週に2~3回ウサギを見に来て安心していた。
でも、気づかない間に世話をしてくれている人がいたのだ。
しかも、あとで気づいたことに、生物部は部員が一人。それが黒木くん。雨の日も風の日も毎日一人でお世話してくれていた。私は今更過ぎて申し訳なさ過ぎて、お詫びもお礼も言えなかった。
それは大人になった今ならいえるかもしれない。でも、高校1年生の私には恥ずかしくてできなかった。
それから、毎日お世話してくれている黒木くんの存在が気になるようになった。誰も見ていないのに日々努力する黒木くん。誰もほめてくれないのに……。
これだ!私は、こんな人になりたい!
お世話の件は失敗したから、私は私なりにできることをしよう。例えば、生徒会に入って生物部の予算を多めに取るとか!エサの調達先を探してくるとか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます