第4話:厨房での再会
「黒木くんとはアレ以来だね」
「……そうだね」
「私の秘密を知ってるのは、実は黒木くんだけだからね」
「……そうなんだ」
本当に姫乃澤うるるは人がいい。
横で間を持て余している俺を見過ごすことができなくて話しかけてきたのだろう。
しかも、席の位置関係的に話しかけられる相手は俺しかいないから。
向かいの席に坂本はいるけれど、その横の節目瑠々子と話しているのでこっちにはほとんど話しかけてこない。
テーブルが大きめなので、テーブルのこっちとあっちでは話しにくいのも関係しているのかもしれないけど。
それにしても、姫乃澤うるるの言う『アレ』とは、俺が思っている『アレ』と同じだろう。
彼女はもったいぶって『秘密』なんて言っているのでとんでもないことのようだけど、実はなんてことはない。
俺と彼女は高校卒業後にたまたま会ったことがある。
俺が大学を卒業して社会人1年目の時の仕事中のことだ。
俺は厨房機器のメーカーに就職した。
街の定食屋とかに置いてある業務用の冷蔵庫とか、食洗器とか、製氷機とかの会社だ。
そこで俺はメンテナンスの仕事をしていた。
要するに修理屋さん。
電話がかかってきたら、その店に行って壊れた厨房機器を修理する仕事をしていた。
大学は工学部に進んだ俺は機械いじりが好きだった。
電気とか機械とか分かる前から壊れた家電を分解して自分なりに修理を試みたりもしていたほどだ。
初めての会社勤めで慣れないのもあるし、呼ばれて現場に行って出来るだけ早くその機械を修理するというプレッシャーもあった。
……と、言うのも研修はちゃんと受けたものの同じ冷蔵庫でも新しいものと古いものでは構造や部品も違って、なんでも修理できるとは限らないのだ。
もちろん、経験の長い先輩社員ならばなんでも修理できるだろう。
社会人1年目の俺は比較的新しい機械しか修理できず、故障原因が分からないと修理の方向性も思いつけないでいたほどなのだ。
だから、1店1店緊張しながら訪問していた。
さらに、接客だ。
店に訪問した時、俺は機械のオーソリティとして訪問することになる。
なんでも修理できて当たり前。
……少なくとも当時の俺はそう思っていた。
一方、店としては大事な冷凍庫が壊れたら食材がダメになってしまう。
食洗器が壊れたら食器は手洗いになる。
とても、人間では追いつかない。
製氷機が壊れたら近所のコンビニに高い氷を買いに行く必要があるのだ。
つまり、どの機械が壊れても店としては早く直してほしいのだ。
訪問と同時に『冷蔵庫が冷えんでさ、なんが悪いと!?』と聞かれることもあった。
訪問直後に機械もまだ見ていないのに故障診断ができるはずもない。
『すぐ見てみますね』なんて言って間をつないで、俺はとにかく作業に入るようにしていた。
そんなある日、定食屋から洗浄機の修理依頼が来た。
俺としては初めて行く店だ。
正直洗浄機は苦手だった。
お湯を使うので、水漏れしない様に機械はがっちり作ってある上に、重要な部品が水に濡れない様に機械の奥に配置されていた。
どう動いているのか見えにくい機械は、どこに問題があるのか分かりにくく、故障診断が難しいのだ。
当然、修理に時間がかかり、その間忙しい店の厨房で広い範囲を占拠するという精神的な重圧があった。
この店の洗浄機は8年前の機械だった。
俺が研修で使ったものより2タイプ古いもので、モーターがまだ一回り大きくて機械の中が見えにくいタイプ。
故障診断がしにくいのだ。
しかも、症状が『皿を洗っていると途中で止まることがある』というもの。『止まることがある』なのだ。
『毎回止まる』ではない。再現性が低い症状は故障原因が見つかりにくい。
俺は店につくと洗浄機のドアを開けて洗浄を開始した。
業務用の洗浄機の1回の洗浄時間は90秒。
つまり、1分半機械が止まらないか見ているだけ。
これは厨房に居続けるのに十分な重圧だ。
定食屋の狭い厨房の片隅に俺がぼんやり立っているのだから、店としては邪魔にしか思わないだろう。
俺はその時のことを思い出していた。
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