第17話:現代風の交換日記
「今風に紙じゃなくてLINEで」
「え!?」
「やろうよ。交換日記」
「え、あ、うん……」
姫乃澤うるるがスマホを取り出して、LINEのQRコードを表示させる操作をしていた。俺も吸い込まれるようにスマホを取り出していた。
……結果、姫乃澤うるるとアカウント交換してしまった。
彼女が一発目のスタンプを送ってきた。「シュタッ」と言う音共にウサギのキャラクターが『よろしくお願いします』と頭を下げているスタンプがタイムライン上に表示された。
俺は色々迷ったけど、気の利いたスタンプなんて持っていないので文字で『よろしく』と返した。
チラリと姫乃澤うるるの方を見たら、彼女が微笑んでいた。俺は彼女に惚れたのは何度目だろう。人は同じ人を何度も好きになることなんてあるんだろうか。
「ねね、他にはないの?」
「他?」
「そう、主人公と幼馴染ちゃんがしたこと」
さっきのマンガのストーリーの続きらしい。
「メモの相手が幼馴染ってバレる前は、学園祭のプラネタリウムで真っ暗な中、手をつなぐシーンがある。相手が見えたら幼馴染って分かっちゃうから真っ暗なシチュエーション」
「なるほど」
俺がテーブルのコップ近くに手を置いていると、姫乃澤うるるが肘くらいの位置の袖を軽くぴっぱった。
俺の腕はダラリと落ちてソファの上に。そしたら、彼女の細い指がするりと俺の手に掌の中に滑り込んできた。
思わず彼女の方を見てしまったが、彼女は何食わぬ顔でテーブルの上に曲の本を見ている。俺とつないだ手の反対側の手でページをめくったりしている。
当然周囲の人間は気づいていない。薄暗いカラオケボックスの部屋の中、隣同士になった俺と姫乃澤うるるは誰にも気づかれない様に手をつないでいた。
俺の心拍数はカンストしていた。もし俺がおじいちゃんだったら、こめかみ当たりの血管が破裂して噴水になっていたかもしれない。姫乃澤うるるが、おそらくぽかんとして情けなく口を開けたままだったであろう俺の顔を見て一瞬だけニコッと笑顔を向けた。
俺のマンガの主人公はこんなの経験したことがなかっただろう。こんなに心にガツンと来るんだ。『キュン』とかそんな生易しいもんじゃない。『ズキューン』とか『デュガーン』とかだ。
今だけは、俺は荒木飛呂彦にも擬音で負けない自信がある。『ぎゃるるるばぁー』を超える擬音を思いつきそうだ。
「他にはないの」
彼女が少しいたずらっぽい顔で言った。
「他には……」
「あ、その前に……」
俺がその他のエピソードを話そうとしたタイミングで、姫乃澤うるるが止めた。みんな久々にあって羽目を外しすぎてだいぶ酔いが回っている人もいる。
そして、独身者は昔の憧れや好きだった人に声をかけ始める感じで合コンの様相を呈してきた。
「(こそっ)俺、姫乃澤さんに告白しようかな……」
「マジかよ」
少し離れた席から小声の相談が聞こえてきた。本人には聞こえているのかとちらりと姫乃澤うるるの方に視線を送ってみた。彼女は分かりやすく視線をそらした。どうもそのリアクションから聞こえているし、困っているらしい。
「だいぶ酔ってるし、もう少しみんなで酒飲んでから勢いで!」
「それな!」
いや、全部本人に聞こえてるからな。しかも、バブル時代のおっさんみたいな口説き方すんなよ。
「黒木くんには……お持ち帰りしてもらおうかな」
「はあ!?」
姫乃澤うるるが俺の腕にするりと腕を絡めてきた。何も知らない人が見たらカップルの様に見えるかもしれない。
そして、俺たちはその場で立ち上がった。一見俺が引っ張っているように見えるが、俺が彼女に引っ張らされている状態だ。
ここまで来たら俺の「役目」も分かる。俺は彼女を助けるためにこの部屋から連れ出す必要があるのだ。そうでないと、実に断りにくい集団告白タイムが始まってしまうのだ。
「じゃあ、俺たちこれで……」
俺が周囲の誰とはなしに言うと、横の姫乃澤うるるがニコニコしながら軽く会釈した。そして、俺たちがカラオケボックスの個室を出て、ドアを閉めた数秒後のことだった。
「「「ええーーーっ!?」」」
……そうなるよな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます