第6話:熱々の定食

 ご飯もみそ汁も豚みそもとにかく熱いので急いで食べることはできない。


 ふーふーしながら一口一口食べ進める。


 あっついけど、うまい!


 人気なのが理解できた。


 味噌と言いながら複雑な味付け。


 俺がこれを家で再現しようとしても材料すら思いつかない。


「黒木くん、おいしそうに食べるなぁ。なんか嬉しい」


「う、うまいです。ほんとにうまい!」


「にいちゃん、うーちゃんの先輩?」


 今度は大将に話しかけられた。


『うーちゃん』はうるるのことだろうか。


「同級生だよ、高校の。同じクラスだったの」


 姫乃澤うるるが大将の方に顔を向けて答えた。


 なぜか嬉しそうに答えていた。


 予期せず高校時代の同級生に会えて懐かしかったのか?


「ほう。そりゃ、サービスせんとな!」


 俺はとにかく一刻も早くこの場を去りたかった。


 修理伝票は書いた。


 でも、まだ大将からサインももらってない。


 修理代の支払い条件も聞いてない。


 あと、この『豚みそ』の料金は払った方がいいのだろうか。


 なんとなくごちそうしてもらった気がするけど、明確に言われてないのに料金を払わないのも気が引ける。


「ごちそうさまっ」


 俺は食べた。


 とにかく急いで食べた。


 ごはんなんかそこそこしか噛んでないかも。


「お!完食!嬉しいなぁ」


 姫乃澤うるるが嬉しそうに目を細めた。


 美人の顔がくしゃっと微笑みに変わる。


 一段とかわいい!


「にいちゃん、サインとかある?」


「あ、はい。この伝票に!」


「修理代いくら?」


「8500円です!」


 大将は当たり前に伝票にサインをしてくれて、修理代をレジから取り出して過不足なくカウンターに置いてくれた。


「ありがとうございます。あの、定食代……」


「いいって!早く直してもらって助かったし、うーちゃんの同級生から金は取れないよ」


 大将がキシシと笑う。


 俺は何と言っていいのか分からないでいた。


 いや、どう反応したのが正しいのか分からないでいた。


「あの……美味しかったです。ごちそうさまです」


「また来てね!」


「まいど!」


 姫乃澤うるると大将に送り出されてしまった。


 修理代もしっかりもらったし、定食はごちそうになってしまった。


 なんか俺の負けのような気がした。


 また今度はお客として食べに行こうと思った。


 そして、色々あったから違和感に気づけないでいたのだけど、車に戻ってから姫乃澤うるるが定食屋の娘と言うのが少し違和感だった。


 彼女は高校では、どちらかというと上品でお嬢様と言う雰囲気だったし、周囲の人間はお嬢様だと思って接していた。


 家に帰れば西洋風の洋館の家で詩集でも読んでいるようなイメージでいた。


 ところが、さっきはエプロンに三角巾の定食屋の娘だった。


 お父さんはズボンの裾がダブルになっているようなスーツの細身の紳士を想像していたのに、恰幅のいい定食屋の大将だった。


 ヒゲも日常的にはやしてる感じの豪快な人だった。


 イメージのギャップに俺は困惑したのを覚えている。


「黒木くん、豚みそ美味しかった?」


 姫乃澤うるるが手に指を添えてこそこそ声で俺に聞いた。


 その声で俺は我に返った。


 少し昔のことを思い出していたけど、俺は同窓会に来ていたんだった。


 今日の姫乃澤うるるは、定食屋の娘とは思えないようなスマートな姿だった。


 サラサラのサテン生地のシャツにヒダが多めのスカート。


 短すぎないし、長すぎない感じ。


 俺のイメージする『お嬢様』って感じの彼女が目の前にいた。


「うん、うまかったよ」


「そう。良かった」


 姫乃澤うるるが目を細めて微笑んだ。あの時の俺が豚みそを美味しいと言った時みたいに。


 実際、豚みそはうまかった。


 あの味が忘れられなくて、俺はあの後 何度かあの店に言った程だ。


 別に姫乃澤うるるに会いたかった訳ではない!断じて違う!


 純粋に豚みそが美味しかったからだ。


 俺の記憶が確かなら、全部で5回店には行って、そのうち3回は店に姫乃澤うるるがいた。


 ちょうど忙しい時間に行ってしまったから、話しかけられたのは2回で、その両方ともあいさつ程度。


 1回はさりげなく明太子の小鉢をサービスしてくれた。


 俺は高校での姫乃澤うるるとは違う、彼女の裏の顔を知っていると小さな優越感を感じていた。


 一見、完璧に見えた彼女にも裏の顔があり、みんなのイメージ通りではない部分もあることを知っているのだ。


 それでも、彼女が定食屋の娘だと知っても俺にとっては彼女は理想であり、俺の中の彼女の価値は全然落ちていなかった。


 それどころか、自分だけが知っている点があることで親近感がわき、更に価値が上がったほどだ。

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