才能の有無 【アウトロ】


 いつきはベンチに座りながら、遊具を見回していた。ブランコ、滑り台、鉄棒。よく昔ひとりで遊んでいたな、といつきは思い出にふける。

 ふと思いたって横に立てかけてあるギターケースからギターを取り出した。それは『エッグスター』の時使っていた物ではなく、それより数十万するギター。普通ならば買おうと思わない代物。買えたのは間違いなくあの男のおかげ。マ・ショウの才能器を移植してもらったおかげだ。


「他の人のがよかった?」


 あの時と同じ。男はいつの間にか隣りに座っていた。


「複雑です。あの、本当に……ありがとうございます」

「あー、いーいー」


 路地裏で初めてあったとき、自分は何で逃げようとしなかったのだろうか。いつきは男の方を向いた。

 でも男はいつきの方を見ようとしない。一体どこを見ているのだろうか。遊具でも、空でもない。無を見ているようだった。


「いつき君、才能を手に入れて世界はどう変わった? 具体的に言うと手術前と手術後でどう違う?」

「まるで健常者にでもなった気分です。才能ひとつでこんなに変わるんですね。俺に対しての接し方が全然前と違う」

「障がい者ってのはさ、才能が無いと叩かれ、才能があると褒め称えられる生き物だよな。健常者と比べ物にならないくらい、才能の有無が大きい」

「才能あるないでハエと犬ぐらい違いますよね。嫌われてんですかね」

「当たり前だろ。才能のない失敗作なんて誰も欲しがらない」

「あ、えっと、あの、そういえば聞こうと思っていたんです」


 露骨な話題逸らしに、男は背筋をピーンとした。いつきは自分の腹、手術跡をさすりながら聞いた。


「あなたの才能器は誰のなんですか?医者のだってことは分かるんですが……」

「いや、外科医じゃない。そもそも才能移植手術は、結構簡単だよ。才能が無くても出来る」

「じゃあ……」

「秘密だよ秘密。僕にはどんな才能が有るんだろうか。楽しみになってきたね」


 いつきは頭の中で男の才能を想像した。考えているいつきをよそに、男はまた話を元に戻した。


「それでさっきの話の続きなんだけどさ、本当に良かったと思っている。いつき君に持つべきものが持てて」

「はい……」

「ん?どうした?浮かない顔だね」


 いつきの作り笑いが歪んだ。発言しようと口を開けたが、結局口を閉じた。言うべきか、言わないべきか。いつきの頭の中に天秤が生まれる。


「なに、言っていいよ」

「今度はこう言われるようになりました。一部の人からですけど」

「なんて?」

「お前あれだろ。最近話題の才能移植手術しただろって。偏見を持たれるようになりました」


 いつきの言葉を聞いた瞬間、男の頬がピクリとはねた。おもむろにスマホを取り出して「1 1 0」と入力。耳に当てた。


「はい〔以下略〕どうされました?」

「すいません。僕を逮捕してください。ふた山公園にいますので」


 * * *


 男はあっけなく逮捕された。罪状は日本社会が隠している秘密を勝手に世間に公開したことへの罪。それと拉致、略奪、誘拐罪。数々の罪が降りかかる。

 男が逮捕されたと情報が出た瞬間、人によって反応がバラバラ。DEADSTOREのファンやよねむらこういちのファンは『報われる』と心から安堵し、才能が欲しかった人たちは逆に落胆した。

 男は独房に捕らわれ、法廷の日まで刑務官の視界に捉われていた。男が何の才能を体に宿しているか分からないからだ。もしないとは思うが、脱獄や悪知恵の才能だったら。

 手術跡がある以上、念には念をと警察関係は考え、四六時中監視するという策戦を立てたのだろう。


 そして法廷当日。男は手錠を掛けられたまま、裁判官の目の前に立たされた。実はこの法廷、傍聴席に座る誰かが無許可で配信中。ダークウェブ上で狂気の盛り上がりを見せていた。

 裁判官は男を仏頂面で見つめ、やがて決まり文句を口から発した。


「被告人、罪状」

「それよりもいいですか裁判長。総理公認無敵の人の作り方。格差社会という鍋にいろんな人を一緒にぶち込み、何とかハラスメント、人間関係のトラブルをスパイスとして投入。さすれば夢とか希望とかいう言葉にいら立ちを覚える人間の出来上がり。生に何の関心も抱かないアンデッドが生まれる。だけど世界、特に日本はそんなアンデッドの増殖を抑制しようと動く気配がない。つーまーり、この星は、そんな無敵の人を作るための生産工場に成り下がってんだよ。そうですよね裁判長」


 そう言って男は裁判官に向かって中指を立てた。


「はいお前らのせいでまた一人生まれた。アツアツほかほかの焼きたてが」


 さすがの裁判長も目を見開き、「止めさせなさい!」と周りに発言。多数の警察官が男を取り囲み、中指を止めさせようと男の腕を下に押し付ける。

 男は震えていた。


 社会に大きな爪痕を残すという目標が達成できて。


 直後。大きな破裂音とともに男の腹が木っ端みじんに吹き飛んだ。密着していた警察官にも爆発の被害が及び、重篤な怪我を引き起こした。


 * * *


 後日、男、無敵の人の鑑識結果。

 男の体から才能器は発見されなかった。しかし。その代わりに金属の破片が男の体から見つかった。

 更に男の部屋からは、金属の破片と同じようなピンボールのような爆発物が複数見つかる。つまり、この男は才能を持っているように見せかけるために、意図的に手術の跡を残し、代わりに同じくらいの大きさの爆弾を仕込んでいたのだ。これにより、人々の注意を才能に引きつけ、他のことに注意が向かないようにし、法廷で大きな混乱を引き起こすことに成功した。

 * * *


 男が死んでから数時間後、DOUTUBEに一本の動画が投稿された。おそらく警察に捕まる前、撮ったものだろう。


「実は無敵の人にならないためのダムはもうひとつある。分かっているとは思うが、それは才能だ。才能があるかないかで無敵の人になる確率はかなり減る。夢を追えるからだ。才能が無いやつは夢に追い出され、お前には荷が重いと偏見の塊をぶつけられる。はあ、本当に残酷なもんだよな。無敵の人になれと、遠回しに言われているようなものだ。だから僕は幸せ者で、しかも才能のある奴らを拉致し、絶望を与えた。それに伴って才能器も増えた。一石二鳥だった」


「僕は夢を見せてあげたかった。夢に殺されてしまった人達に。だから配信して顔を晒してまで、才能移植という行動に出た」


「でも何度も手術して気付いたよ。あ、これ、終わりないやつだって。こんなに社会に敗れて、無敵の人一歩手前の人がいたんだって分かった。それと、今度は才能移植したんだろってバカにされる人が出てくることにもうすうす気づき始めていた」


「僕はこの動画で君たちの考えが変わるとは思っていない。人間は今まで通り無敵の人を作り続けるだろうから」


「だから僕は神様に言いたい。天は二物を与えず? 天は二物を与え、逆に一物も与えられていない者がゴロゴロいる。だから神様、世界中の人々に分け隔てなく才能を与えてください。そしたら、この世界は今より平和になると思う」


 しかし何年たっても、才能が全員に与えられることはなく、男が社会に付けた大きな爪痕も完全に塞がり、彼を話題に出す人はひとりもいなくなった。

 


 


 

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