才能の有無【Aメロ】


 呼吸が荒い。声が出ない。あごや唇が震える。首を横に何度も振る。恐怖に陥った時の外的なシグナルをすべて達成。挙句の果てに床へと倒れて、ゾンビのように這いつくばって逃げようとする。

 無敵の人は満面の笑みで、そんな哀れな青年を見ていた。


「気分が良くない、でも今から気分が良くなる」

「は、へ……」

「大丈夫だから。君の考えているようなことはしない」


 必死に逃げているため、なんて言っているのか全く聞こえていない。ただ逃げることしか考えられない。逃げる。逃げる。逃げ続ける。


 ――よし、かなり距離を突き放した。と思った瞬間、ガチャン――。後ろで何かが落ちる音がした。振り向く。そこには小型の機械があった。そしてそれをGPSだと確信するのに時間はかからなかった。


「君とぶつかったときに付けたんだ。直観だったね、こいつは鈍感だから気付かないだろうって。功を為したね。ねえ、よねむらこういち君。後ろ」

「え?」


 振り向いた時にはもう遅かった。別の誰かに袋を頭から被せられ、息ができなくなる。


「ん、ん、んー」

「殺すなよ。あのさ、よねむらこういち君。別に僕は君を取って食おうってわけじゃない。でも今から言う事を絶対に守ってほしい。ヒトツ、僕に今からされることを口外しないこと。そしてもうヒトツは、絶望すること。このフタツを守ってくれないと、殺すから」


 痙攣するように頭を振る青年。今から何をされるのか。考えもできな『以下略』


 後日、よねむらこういちの最新作。『グランドバンデ』が連載。しかし人が変わったように、作品のセンス、作画のクオリティーが低下しており、わずか1か月で連載がストップ。

 精神科の先生によると、よねむらこういちの精神には何も異常はなかったという。が、よねむらこういちのおなかあたりに手術跡があったという。赤ずきんに出てくるオオカミのような、もしくは折りたたみスマホの折り畳み線のような。


 * * *


 無敵の人には大きな目標があった。


 それはこの社会に大きな爪痕を残すこと。


 以外何もない。家族も、友人も、恋人もいない。才能なんてもってのほか。あるわけがない。努力も才能とはいえない。そんな男を生み出したのはこの社会だ。格差社会は無敵の人を生み出すための重要な土台。そこに『疎外感』などの調味料を足していけば、いつしか無敵の人が出来上がる。男はいつも言っている。


「無敵の人たちを作り出したのは君たちなのに、自分たちで作ったものを非難するなんて、変なことするよな。自虐かな」

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