才能の有無 【Bメロ『1』】


 ここはライブハウス。新たな才能を発掘するための『エッグスター』が開催されている。

 ジャン、ジャカジャカジャン!ギターを弾き終わり、反笑いになりながら審査員の方々を見た。無表情だった。

 あ、あ、あ、と震えた。手ごたえはあったのに、この自分の才能は届いていないのか。

 審査員が真顔で話し出す。いわれなくても分かっている。やっぱり才能がないのか。自分は選ばれし人間じゃない。目玉が飛び出そうのをぐっとこらえて瞬きした。頭の中がぐちゃぐちゃだ。何処をみていいか分からない。脳みそが停止する。

 やはり自分はバグ。失敗作だ。


 かいのいつき、28歳。夢が砕け散った瞬間だった。


  ドサ――。審査員に強制的にライブハウスから投げ出され、路地裏にギターケースを投げ捨てた。そんないつきの不可解な行動を避けるように、通行人は距離を離して歩き始める。

 ポチャン――。格差社会という大きな鍋に『疎外感』という食材が落ちた。


「残念ながらお子さんはアスペルガー障害かと……」


 頭の中に昔の思い出が。医者からの失敗作のお告げが脳裏を往復した。


 家に帰ると見慣れない封筒が挟まっていることに気づく。開けてみると、いつきの好きなバンド『DEADSTORE』のライブ抽選に当たったことの通知だった。さっきとは違う意味で目を見開く。目をこすってもう一度見た。ああ、まだ諦めてはいけないのかもしれない。


 二ヶ月後、いつきはそのライブ会場に足を運んでいた。人の数が多い。こんなに人多かったっけ。いつきはそう思った。

 人、人、人。ザワザワと何やら話している。「楽しみだね」やら「デッドストアバンザイ」などと言っている人がいる。しかしいつきはザワザワではなく、ソワソワしていた。

 物欲しそうな眼差しで周りを見る。金髪、変な色の髪の毛、いつきの艶のない髪とはまるで違った。深い溜め息をついて「今日でライブに行くのはやめよう」と決意して――。

 人と目を合わせないように下ばかりを見るようにした。

 そしてようやく。『DEADSTORE』のメンバーが入場してきた。ドラム、ギター、ボーカルの順に壇上に上がると、キーンというマイクのハウリングが響く。

 作詞作曲、アルバムイラスト、ほぼ自分で行っているという『DEADSTORE』のボーカル、マ・ショウ。本名は所沢諭吉。名前はひらがなで、ゆきち、と読む。こんな名前負けしていない名前があるのか。ヤバ過ぎるだろ、マ・ショウ。

 今日はどんな歌を披露してくれるのだろうか。やはり定番の『ユートピアランド』か。それともいつきが個人的に好きな『R−18チョコレート』だろうか。独創性の溢れる歌詞で大衆に媚びを売らない。独自路線でインディーズを突き進む期待の星。期待が高まる。


「今日は皆さんに、お知らせがあります」


 開口一番にマ・ショウはそう告げた。「フー!フー!」と周りが騒ぐ。こんな感じのバンドだったっけ? いつきは心のなかでそう思う。


「俺達は9月13日。ニューシングルを発表し、メジャーデビューします。今日は先ずそのニューシングルの、キャッチザ・ドリーム、という曲を初披露させていただきます」


 はっきりとした口調でマ・ショウは言い切った。断固たる決意が胸の中にあるようだった。

 チャンチャンチャンチャン――。スネアが叩かれて曲が始まる。イントロは今までのようなローテンポの感じではなく、アップテンポだった。イントロが終わり、エーメロに。マ・ショウは口を開く。


「誰もみたことのない世界。遠く離れているけれど、その道は必ず続いている。人に笑われたとしても、君の夢は……」

「すみません、すみません、すみません」


 いつきはそこからのフレーズを聞かず、逃げるようにライブハウスから退室した。他の人はかなり変な目でいつきを見ていた。それはそうなるだろう。メジャーデビュー直前のお祭りライブを途中で抜け出すなんて普通じゃない。


 でも耐えられなかった。奴らと同じ中に居ることが。


 我に返った時、いつきの眼前には捨てられたレシートが風で吹き荒ぶ路地裏の景色に変わっていた。

『DEADSTORE』は変わってしまっていた。独創性? 大衆に媚びを売らない? 違う。陳腐な歌詞。大衆向けに媚びを売る金欲しがりに姿を変えた。

 いつからだ。いつきは『DEADSTORE 路線変更』と検索にかけようとした所で手を止めた。虚しくなるだけだろう。こんな事をした所で。じゃあ何をすればいい。どうすればいい。

 いつきは大声を出そうと喉に力を込めて――。


「運の悪さっていう才能があるとしたら、君はその才能に溢れているね」

「ダ……」

「うん、僕、君のこと好きだよ」


 唐突だった。気付いたとき既に横にいて、声をかけられていた。いかにも不健康な痩せた骨骨しい体をしていて目の下には隈が。腕に糸が縫われている。少しグロテスクだ。


「僕は昔、病院で働いていたんだ。執刀医って分かる? 最初は自分には才能があると思いこんでさ。でも違った。同じ病気の手術をアイツは簡単に成功させ、僕は失敗して患者を殺した。努力した年月はどう考えても僕のほうが上だった。その時ちゃんと分かったよ、努力しても……才能と凡人には徹底的な差があるってことを」


 いつきは逃げることなく、男の自分語りを聞いていた。ふと思い直して。


「あっ、えーと、誰ですか?」

「世間一般では無敵の人って呼ばれてるらしい。分かんないけど。でも僕その言葉嫌いなんだよ。ネットスラングかなんだか知んないけど、僕たちの絶望を無敵という言葉で片付けないでもらいたい。そうは思わない?」

「えっと……」

「否定しない、にげない、ってことはそういうことだ。で、ここからが本題だ」


 男はぐっと顔を引き寄せて、いつきの全身を見回して言った。


「君、マ・ショウって知ってる?」


 * * *


 来る者拒まず、去るもの追わず。それがマ・ショウのスタンス。ファンに対しても、女性に対しても。余裕を持ち、相手のいい部分にばかり目を向ける。生活スタイルにこだわりがあり、仕事がデキる。弱者男性の対義語。

 それが新生DEADSTOREのボーカル。マ・ショウ、所沢諭吉だ。


「うぇーい、おつかれー」


 二次会を終え、マ・ショウは高級そうな店を出た。他メンバーとはここで解散。ここからはマ・ショウ一人の陽キャルーティン。イ○スタ、バー。マ・ショウは一人の時間も大切にする。

 だからこそロックオンするのも簡単なのだ。

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