才能の有無 【サビ】


 それからも男は、才能のある人達に絶望を与えてやっていた。これが僕の感じている苦しみだぞ、と言わんばかりに。

 そしてとうとう、そのメカニズムの明かされる日がやってきた。どうやってマ・ショウやよねむらこういちの才能を消し、どうやっていつきに才能を開花させたのか。

 社会に爪痕を残すという偉大な目標のための第二ステップが幕を開けたのだ。男はパソコンを立ち上げ、慣れない手つきでライブ配信を開始。映し出されたのは、男が涙を流しながらコップに涙を貯めている奇怪な状況。先ずは目を疑う情報を流し、客を寄せる。


「ごきげんよう、社会に這いつくばって生きている粗大ゴミども。今日はお前らに、日本が教えてくれなかった秘密を教える。政治家や一部の医療従事者しか知らない極秘情報を」


 言いながら涙をごくんぷは。美味しそうに飲んだ。視聴者は秘密よりも先ず男のしている行動に目が向く。キモ。やば! なんだこいつ? 同時接続数は上下に激しく揺れ動く。興味を示す者。普通にヒく者。捉えた獲物は逃がさない。インパクトを与え、興味本位で見てくる野次馬を呼び寄せる作戦だ。


「先ずは視聴者の疑問を解消させよう。僕は昔から、自分の涙を吞むのが好きでね。涙には、僕が今まで体験してきた絶望、虚しさ、お前らが味わったことのないような成分が入っている。他人にはわからない、孤独がね」


 自分に酔っているだけじゃ? 要するに無敵の人ってことか。コメントが流れゆく。コメントをブロックしたい気持ちもあったが、集客の為に抑える。涙を全部飲み干し「最高だ」と感想を言い終えたのち、マイクに口元を近づけた。


「別に僕は漫画家になりたかったわけではない。よねむらこういち、彼に近付くためには編集者と会う必要があったってだけだ。編集者は僕が嫌いなタイプでね、秀才や天才、凡人とで接し方を変えるタイプだった。僕は彼にも絶望を与えたかったが止むを得ず。よねむらこういちだけにターゲットを絞った。そうして、僕は彼から才能を取り除いた」


 は? え、もしかしてこいつあの犯人なの。 取り除いたってなんだよ! 盛り上がってきた。自然に口角が曲がり、目に輝きが出る。やはり思ったとおりだ。話題の漫画家にターゲットを練ったのは成功。ネットは音楽や漫画等のエンタメが大好物なのだ。


「ちなみに、よねむらこういちのお腹の中は汚かった。まさか彼が喫煙者だったなんてね、意外過ぎる一面だよ」


 爆弾発言投下。流石に同時接続数が伸びる。それに追い打ちをかけるように二枚の写真を配信上に映す。男とよねむらこういちが写っている写真と、彼の臓器の写真。 そろそろ通報される頃合いか。男は上を向いて独り言のようにつぶやいた。


「逆探知は不可能。通報するだけ無駄だ」


 言われる前から110番通報してます。無敵の人ってこんな感じなんだな。野次馬が増える、増える。


「お気づきだと思うが、DEADSTOREのマ・ショウの才能を取り除いたのも僕だ」


 追い打ちをかける発言にコメント欄がさらに荒れだす。長文で暴言を吐く者も少なくはない。男はその瞬間、シャツをまくり上げて自分の腹を見せた。一瞬、流れが止まるコメント欄。それもそのはず、男の体に刻まれた手術跡は、よねむらこういちやマ・ショウにも見られたものだったからだ。ニュースにて報道されていたため、一般人でも手術跡のことを知っているのだ。は? どういうことだよ。 ――察しの悪い奴らだ。男は思いつつ、シャツから手を離した。


「お前らは今色んな感情で僕の配信を見ているに違いない。怒り、戸惑い。しかし、いずれお前らは僕に感謝することとなる。僕はね、お前らに希望を与えるために、生まれてきたんだ」


 コメントを見れば見せられない暴言の数々。しかし男はひるまない。


「夢に破れ、したくもない仕事に命を削る。才能のあるやつらから打ちひしがれ、絶望の毎日を送る。悔しくないのか? 俺に才能がもしあればと悔やんだことはないか。神様を恨んだことはないか」


 そして続けて言った。


「そんな奴らに朗報だ。……才能は、ここにある」


 そう言った直後、男は冷凍庫を開けて、何かを取り出した。これはなんだ? 疑問のコメントが流れゆく。それはまるでラムネのような色で、ぐらいのサイズの球。


「これはよねむらこういちの才能器【さいのうき】だ。この臓器を他人に移植すれば、その人は漫画家の才能に開花することが出来る」


 人間は誰しもが才能を抱いている訳ではない。中には、何の才能も与えられなかった不幸人が存在する。その不幸人のおなかの中には、あるべき臓器が存在しないのだ。それが才能器。ピンボールほどのサイズの、球体。

 この臓器こそ、世界が隠していた秘密。バラすと死刑。政治家や外科医にはそう伝えられている。

 男は天才から才能器を取り上げて、それを凡人に移植していたのである。


 才能器は膵臓の下にある、丸い形をした臓器だ。総括するとコレがあると天才で、コレがないと凡人ということだ。


「本題はここからだ。才能が何ひとつないと感じている人、才能器が欲しくないか。人生が変わるぞ。才能器が欲しいなら僕のチャンネルを登録して、メンバーに加入しろ。メンバー限定でメールを送り、指示に従うんだ。それじゃあ、待っているよ」


 ブツ――。ライブ配信が終わると同時に、チャンネル登録とメンバー加入がうなぎ上りに上がったのは言うまでもない。


 * * *


 才能は偉大だ。おかげでケーサツの目をかいくぐり、色んな人に才能を移植することが出来たのだから。詐欺師の才能、コミュニケーション能力、僕の仲間たちはケーサツの穴を突くのが本当にうまいと感じた。

 才能移植手術は本当にたくさんの応募が来た。先ずはメールを読み、涙腺がしびれたやつは候補に入れ、最終候補に健常者か障がい者かを見た。もちろん、障がい者である方を採用した。できることよりもできないことの方が多い。なら何かひとつでも出来ること増やしてあげた方がいいだろう。

 最後に言っておきたい。お前らは無敵の人という言葉を簡単に使いすぎだ。その言葉は、日本を悪い方向へと導く呪いの言葉だぞ。


 ――文――無敵の人――。


 * * *


 ここはとある、にチャンスレ。


 名無しさん「移植手術してきたからどんなんだったか教えるわ」


 名無しさん「俺応募してたのになんか落とされたんだけど」


 名無しさん「警察なにしてんだよ。早く捕まえろこいつ」


 名無しさん「助かる人もいるのが事実」


 名無しさん「口臭が息バリア〔清涼菓子の名前〕だったのがひとつ。でもなんか混じってた」


 名無しさん「バリアできてなくて草」


 名無しさん「ていうか、俺思ったんだが、アイツ配信で汚い腹見せてきたよな。あれ何の意味があんの?俺あれのせいで食欲なくなったんだけど」


 名無しさん「自分も才能移植手術しましたアピールだろ。外科医の才能器でも入れてるんじゃない。それよりも医療関係とか、総理のツイート欄見てみろよ。普段ツイートしない層も切れてるぞ」


 名無しさん「でもおかしくね。あいつ自身は誰に才能移植してもらったんだろうな」


 名無しさん「他の外科医が手を貸したのか?」


 名無しさん「おいどうやら政府やら医療従事者は影でバンバン移植手術してたらしいぞ。明るみになって炎上どころじゃなくなっている」


 名無しさん「噓だろ……」


 名無しさん「普通にありえん。デモに交じってくるわ今から」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る