使い道 【Aメロ】



 車を出た私は地味な茶色の建物の中へと入っていく。ここが作戦会議室。情報が外部に漏れないようにカーテンは常時閉めてあり、壁は防音建材で作られている。無駄なものは一切なく、パソコンと周辺機器のみ。盗聴器対策のためだ。

 

 パソコンを起動させzuomのアプリを開き、エディナとの通信を待つ。やり取りは声ではなく、キーボードで行う。


「エディナさん、作戦を振り返りましょうか」


 数分後エディナはやってきた。三つ編みツインテールが特徴的な金髪の少女だ。本題に入ろうとするとエディナが話を遮る。


「その前に質問してもいい?フレンと会った?」


「はい、会いました。彼女にはいずれ新たなパートナーとして加えるつもりです。彼女自身もそれを望んでおられますから」


「フレンはまだ子供。あんな悪夢のような病気に関わらせるのはどうかしてる」


「そうですね。ですがフレンは……」


「……もう分かりました。会議をはじめましょう」


 エディナは眼鏡を付けて明日の会議資料を捲る。


「明日執り行われるのは『フード・クオリティー株式会社』がどういった会社なのか。どのような理念を抱いているのか。その説明がされると」


 フード・クオリティ株式会社は、グローバルな規模を持とうとしているフードサービス企業。二年後には全国展開する予定だ。

 

「はい。飲食店はほとんどが倒産し、つぶれ、数も数えるほどしか残っておりません。しかし10年たち空腹症が落ち着いてきた今、飲食店を復活させる絶好のチャンス。希望の兆しとなりえるかもしれません」


「でもここで本当にを発表していいの?」


「むしろ明日がねらい目なのです。明日を外せばゴールは遠のきます。旬の野菜は、旬でない時期のものに比べビタミンが約2倍あります。この計画の旬は明日だけ、ここしかありえません」


 私の姿が画面にぼんやりと映る。白い髪から覗く眩しく青く光る目、首に掛かっている青いタオルには星模様がいくつもデザインされている。


「今から作戦をお伝えします。エディナさん、よろしいですか」


「分かってる」


 ※エディナ視点

 

 シロエとのzuom会議を終え、パソコンをシャットダウンしてデータを削除する。暗闇の画面にはセーターを着た眼鏡姿の私が映っていた。


「そう……」


 独り言を言って眼鏡をはずす。そこには水中の中のようなぼやけた世界が広がっていた。

 私は常々考える。みんなの視力がもともとこれくらいだったらいいのになあと。人は見かけで判断する生き物。顔で、体格で、遠くから相手を観察して、馬が合わないと感じたらそもそも接しない。

 だけどそれじゃ何も始まらない。互いに見つめあってそれから、結果が出てくるし、笑いが生まれる。

 シロエのように食材でたとえ話をすることはむずかしいけれど、視力による弊害もあるって話。視力が弱いから強がって持論を述べているだけかもしれない。多分そう。


 机で山積みになっているミステリー小説を開く。閉じる。小さなため息をひとつついて、また開く。少し読んでまた閉じる。


 ミステリー小説お決まりのどんでん返しの展開だ。読者をあっと驚かせる技法を用い、愉悦に浸る。頭が柔らかい人の特権。


 ごめんなさい。これも強がり。自分に持っていないものに嫉妬する人間特有の感情。

 私はのどを潤すため、自室のドアを開けて一階に水を取りに行く。飲み物に関しては腹を満たすだけの経口ドリンクや炭酸水などがあり、果実系のジュースはほぼ消えたんだっけ。


 一階に降りると叔母さんが写真を見つめて泣いていた。写真には小さい男の子と若い女性が映っている。私は水を取り行けず、また自室へと閉じこもった。


 私も泣きたくなってきた。私も空腹症にすべてを破壊された一人。だめだ。明日の会議のおさらいしなくちゃいけないのに。

 

 ああ、喉が渇いた。

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