使い道 【Bメロ】
1日後。現在、大広間で会議が行われている。周りを見る。医者であるロンド・クワイテッドさん。フード・クオリティー株式会社社長のジェミナ・マイケルさん。その他にも様々な有志がここには集っている。わざわざ海の向こうから来訪してくれた方々だ。目の前にはエディナがスーツ姿で座っており、彼女はジェミナ・マイケルさんの秘書役ということで出席させている。
「顧客の健康と安全を最優先に考え、高品質で安心・安全な食材を提供すること。そして食事は喜びと満足感をもたらすものであるべきです。決してただ生きるためだけの栄養ではありません。品質にこだわった美味しい料理を提供し、顧客に心地よい食体験を提供することを目指します。素材の鮮度、調理技術、独創的なメニュー開発など、食の面でのクオリティも重視します」
私が考えた台詞をそのままエディナに言ってもらった。この場にはレストランを設立することをよく思っていない人物も参加している。
「すみませんが質問よろしいですか。先ほどシロエさんは親会社が倒産した理由について、顧客数の減少。食材の需要低下。経済の不安定化とおっしゃられてましたよね。具体的に教えてください」
「空腹症の流行により、人々は外出や社会活動を制限します。すると顧客数の減少と経済の不安定化を引き起こします。次に食材の需要低下とは、食材の在庫が溜まり品質劣化や供給チェーンに打撃が及ぶことです。これは親会社の倒産の理由となる可能性が十二分にあります」
「……わかりました」
女の人が食い下がる。しかし別のものが今度はジェミナ・マイケルさんに質問をする。
「ですがこの状況で食材費や食材等は十分な数供給できるのでしょうか。まだ空腹症の脅威もまだ完全に収まったとはいえませんよ」
「確かに、空腹症の脅威が残る状況では、食材費や供給には不確実性や課題が残ります。安定的な供給を確保するためにはまだ時間が必要かと」
ジェミナさんのあいまいな回答は餌となるだろう。嚙みつくものも急増するはずだ。だからヘイトをこちらに向けさせ、目を逸らしてもらう。
「なので私に提案があります」
皆が一斉にこちらを向き、私の発言に構えている。しかし私は臆することなく言葉を紡ぐ。
「突然ではありますが、空腹症のワクチンを開発するというのはどうでしょうか」
会議室にいる大勢がどよめいた。十数名の人間が首を横に振るなり眉間にシワを寄せるなどして、拒否反応を示している。ワクチンを作る際には通常、政府や医薬品規制当局からの許可が必要。ワクチンの開発と製造は、厳格な規制と品質基準に従って行われる。
顔を赤くした医者、ロンドさんが反対する。
「気は確かですか……」
「あなたのおっしゃる通り、リスクは避けられません。二年前空腹症ワクチン開発の途中、臨床検査で人を死なせてしまった事実がありますから」
「同じことになったら?」
「……?。すみませんがワクチンを開発していたのは別の団体『WR』だったと記憶しております。……秘書のお方、資料をお配りしてください」
エディナは席を立つと、カバンから紙束を取り出して一枚ずつ手元に置いていく。ロンドさんはそれを見てため息をつく。
「そこに書かれているのは胃酸菌の構造や特性、感染のメカニズムの研究報告。さらにウイルスの遺伝情報やタンパク質の構造の解析です。これは私が一人で研究して辿り着いた結論です。ロンドさん、その中に間違った情報はありますか?」
ロンドさんは手を広げて首を横に振る。胃酸菌のメカニズムは表に出てきていない。コピーすることは不可能だ。
「だけどシロエさん、本当に大丈夫なのですか?」
「感染の可能性についてでしょうか?それについては現在人間が住んでいないマン島を使わせていただこうと思っています」
マン島は、アイルランド海に位置する島でイギリスでもなければ独立国でもない、イギリス王室族領という特殊な地位を持つ島だった。アイルランド海の中央に位置し、アイルランド島の北西約32キロメートルにあり、面積は約572平方キロメートル。北部と南部には山々が広がり、海岸線には美しい砂浜や岩場がある。しかし胃酸菌が人類を脅かすと、そこに住む人々は逃げるように島を去っていった。マン島に胃酸菌が持ち込まれ、島中に感染が広まったと言い伝えられている。
陰謀論も渦巻いているらしいが、私にはあまり理解ができない。
「危険性があるのはもちろん承知してます。ですがこの凝り固まった食生活をかえなくてはなりません。食には美味しさだけではなく、美容、健康面も含まれています。トマトを加熱すると栄養素が変化し、リコピンという物質が増殖されます。リコピンは老化や生活習慣病の原因となる活性酸素を取り除く働きをされ、一部の病気になりにくくなるのです。空腹症はもちろん恐ろしい病気です。しかしそれ以上に人間を脅かす病気は数多く存在するのです」
会議は無事に終わりを告げ、後の会食も順調に進んだ。社長の右腕だともてはやされながらも、私は皆さんが食事するところを見ていた。
今回提供したのはイタリア料理。前菜としてカプレーゼ、メインコースとしてラザニア。簡易的な料理ばかりではあったが、昔を少しでも思い出してもらいたく実施した。これこそが人間のあるべき姿だと懐かしんだり、気持ちを新たにしていた面々も多く、会食の効果はかなりあった。人間は一人で食事をするより、複数で喋りながら食事をする方が副交感神経を刺激され消化が良くなるというデータも出ている。
ですが私にはまだやるべきことがある。ワクチンを作るための人員確保、マン島のプライバシー保護管理、やるべきことは多い。エディナと一緒に途中で退室し、外へ出るための廊下を渡る。
「なんでシロエは空腹症のワクチンを開発したいと思うの?」
エディナの声が後方から響き、私は首だけ振り返る。
「どうしたのですか。何度もお伝えしたはずですが」
「ねえ、本当は、お父さんのため……じゃないの」
エディナが歩みを止め、私の衣服の袖をつかんでくる。
「父がどうして出てくるのでしょうか。父が関係あるのでしょうか。父が深く関わっているのでしょうか。エディナはどうして父が関係あると思ったのでしょうか」
「……なんでもない」
エディナは一瞬額に手を触れて少し猫背気味で歩き出す。
「それに父の話はzuom会議でのみ発言を許すと決まっているはずです。『勝手な真似はよしてくださいよ』私の父ならそう言うはずです」
「勝手な真似……っ」
再度父のことを話そうとするエディナに、人差し指を立てて咎める。口を閉じ、今度は早足で歩き出す。
「先に帰る。zuomもなしで」
そう言って私の前から姿を消した。
ちょうどよいのでカプレーゼの話をしましょう。
カプレーゼは、イタリア料理であり、シンプルながら美味しいサラダ。主な材料はトマト、モッツァレラチーズ、バジル、オリーブオイル、塩、そして時には黒胡椒。以下に、カプレーゼの特徴と作り方を説明する。トマトをスライス。新鮮で熟したトマトを選び、厚さ約1センチの輪切りに。モッツァレラチーズもトマトと同じくらいの厚さにスライス。バジルの葉を摘んで洗い、必要に応じて大きな葉を半分にちぎる。盛り付ける器にトマトとモッツァレラチーズを交互に重ねる。バジルの葉も挟み込んで重ねる。オリーブオイルをふんわりとかけ、塩と黒胡椒で味を調える。シンプルな味わいを楽しむため、オリーブオイルと塩は控えめに加える。
盛り付けたカプレーゼは冷蔵庫で数分間冷やし、食べる直前に取り出す。
ワクチンを作るにも病院関係者の協力は必須。ロンドさんを説得することに成功して本当に良かったと思っている。材料のピースがもう少しでそろいそうだ。
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