使い道 【イントロ】
薄暗い階段の奥深く、牢屋があって、その中に人が囚われている。犯罪を起こしたわけではないが、もはや犯罪を起こしたといっても過言ではない。あの危険極まりないウイルスを、この国アイルランドに持ち込もうとしたのだから。
「なあ、おい何でもする。ここから出してくれ」
「もし私があなたを出してあげたとして、それから?このウイルスを治療する方法は今のところ何もないのですよ」
空腹のサイレンが男の腹から鳴る。男は血相を変え、鉄格子をつかむ。
「なんでもいい、虫でもいい。食ったら話してやるよ」
「食事を与えたとして、また空腹になれば死ぬのです。食費は馬鹿になりませんので」
「ざけんなあ!」
「1つ質問をしてもよろしいでしょうか。『仮定として貴方が感染症にかかっていない状態』とします。その時、今すぐに食べられる食用コオロギ。そして調理の過程が必要となるパエリア。どちらが食べたいですか?勿論パエリアの一番美味しい部分とされる『ソカラート』も頂いてもらいます」
「は……?それつまり、食えるってこと?」
「いいえ、出来かねます。これはただの質問ですので」
「……はあおまえぶち56してやろうかあ!お前の家族全員呪ってやる。呪って呪って呪いまくって後悔させてやる。お前も空腹症でえええ」
最後まで言えなかった。腹から胃液が大量にあふれ出し、その胃液が心臓部分に当たったことによって、彼の生命活動が停止したようだ。
「ではこれにて質問。及びカウンセリングを終了させていただきます。ありがとうございました。皆様、後片付けをお願いします」
防護服を脱いで、体に纏わりついたウイルスを除去した後、玄関外で駐車している車に乗り込んだ。すでに二組の男女が私を待っている。横に座る少女はぬいぐるみをいじりながら訊いた。
「……シロエさん、感染者はなんと答えてたんですか?」
「答えてくれませんでした」
「そっか……怒ってた?」
クマの着ぐるみから顔を半分だけ出して泣きそうな顔をする少女、フレン。ぬいぐるみをいじることも忘れ、どこか遠くを見つめている。
「私は彼を煽ったつもりはありませんが、もしかすると何かが癪に障った可能性はあります」
「シロエさんの質問が上手く伝わってなかったかもしれないね」
の太い運転手の咳払いがきこえてくる。これはとある合図だ。
「この話は終わりにしましょう。運転手さん、目的地までの所要時間はおおよそどのくらいですか?」
「10分程度ですかね」
運転手には必要最低限のことしか喋らないように義務付けている。フレンが疑問を抱く。
「エディナちゃんと
「はい。明日の会議に向けて最終確認をする予定です。空腹症を根絶させ、この世界から『本当の食文化』を取り戻す。うやむやにした状態では何も変わりませんから」
「そっか……」
13年前、人間社会に「空腹症」と呼ばれる病気が現れた。空腹症に感染すると、お腹の空き具合が異常になり、体内で起こる胃液の活動が制御を失ってしまい、最終的に自身の体を溶かされてしまう。
世界が混乱状態になった。戦争にまで発展した。互いの国が食料を奪い合い、殺し合う。次第に料理という文化が無くなり、手頃な非常食が各国で作られた。それはただ空腹を満たすためだけの物。何度もかんだ後のガムのように味はない。
三大欲求の1つである食欲は、空腹症のせいで、ただ生きるためだけの生命線と化したのだ。それに対抗するために生み出されたのが私たち[ゼロシックス]の組織。空腹症にかかわることすべてをまかされている。
目的地である建物が顔を出してきた。私はフレンにさよならをして、車から降りる準備をする。
「エディナさんによろしくね」
フレンは口角を上げて私の青い目をじっと見つめてくる。
「分かりました。こちらもフレンが元気だったと伝えておきます」
空腹症が根絶され、本来の食文化が取り戻されること。それが私の望みであり、ゴール地点。その為には明日の合同会議を成功させることが最重要任務となる。
※エディナ視点
私はゼロシックスのメンバー、エディナ。シロエと共に空腹症の調査を進めている一人。
いま、適当なたんぱく質を買って家に帰っている途中。袋に入っているのは虫、いわゆる昆虫食だ。ちゃんとした料理を食べたいけれど、レストランなんて周りに1つもないし、本当に食へのこだわりが人から抜け落ちている気がする。
でも何年か前よりは全然いい。前はゴミ箱に大量の食用虫が入っていてお好きにどうぞみたいな感じだった。
家へと帰り、二階にあがる。むき出しにしているミステリー小説を本棚にしまい込んで、パソコンを起動してzuomのアプリを開く。
そういえば新しいメンバーに子供のフレンをシロエが採用した。私は反対したけど、ダメだった。
取り敢えず会議が始まったらそのことを聞こう。うん、そうしよう。
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