ボクハニンゲンヲヤメタイ【Aメロ】
エドナンスは夜勤明け、午前九時に就寝。起きたのは夕方の五時。目を覚ますと[ライン]の通知がスマホの画面に表示されていた。
ポチ――。それは数少ない友人、スミンスからの連絡だった。
「女はやってきているかい?エドナンスう?」
ということで居酒屋に半強制的に連れてこられたエドナンスはスミンスと1か月ぶりの再会を果たす。縦に「トンカツ」という四文字がペイントされたシャツを着たスミンスは、エドナンスよりふたまわり大きく、外国人でありながら営業マンという職種についている。
日本語ペラペラ、シャツの文字の意味もきちんと分かっている。
「とんかつは何で作られていると思う、エドナンスう?ぶたさ。っていう話を議員さんの接待で話したら、ウけんだよエドナンスう」
「仕事辞めたいけどやめられない。ワークがチョーオーバー」
「シャカリキかい?」
「シリアスに話してんだ。真面目にアンサーしてくれよスミンス」
「やめちまえよそんな会社。俺、好きなことは生き物のぬいぐるみを集めることだけど、嫌いなことは人を生物に例える人たちなんだ」
エドナンスは酒を飲みほし、咳払いする。正直話を聞く気になれない。エドナンスは店の壁に取り付けられたメニューを見ながら沈黙を決め込んだ。
「動物だって精一杯生きてる。限られた知能で自然界を生き抜いている。正直俺たち人間よりすげえよ。そんで人間は何故かそんな生き物たちを下にみてる。サルでもできる?じゃああんた、あそこの木、何秒で登れんだ?せめて動物で例えるのを止めようぜって話を議員さんの接待で話したら沈黙だったぜエドナンスう」
その後二人は明日仕事であるにも関わらず、ビールを飲みまくり、べろんべろんに酔っ払う。店を出るころには夜の12時過ぎ。酒に強いエドナンスが、酒に弱いスミンスを支えることとなった。千鳥足でフラフラ。まともに動けない。おまけに酒臭く、エドナンスも少し酔っているので『トンカツ』の四文字が見えるたび、吹き出しそうになってしまう。
「ぶふぉっ……ポークカアツ」
エドナンスの生まれはアメリカ。日本の文化に魅かれ、20の時来航。それから日本語学校に通い、日本語検定を見事取得。点数ギリギリではあったものの、エドナンスは大いに喜んだ。
しかし今、エドナンスは日本語検定に合格したことを少し後悔している。やはり言語の壁は大きく、わざと難しい言葉を使ってくる人もいる。
「おいどこ見てんだ○人! 生まれたてのコジカかよ」
ほらこのように。現在、男にわざとぶつかられ、日本語の刃をぶつけられている。だがどうやら男の怒りの矛先はスミンスに向けられているらしく、エドナンスのほうには目も合わせていない。
『生まれたてのコジカ』の意味を知らないエドナンスはG-グルのボイス検索で生まれたてのコジカと発音。しかし出てきたのは『ほまれたての補充カー』という言葉であった。やはり日本語は独特で発声が難しい。だけどこれでも真剣に話しているんだ。笑わないでくれよ日本人。
スミンスの方が発音得意だ。というか大体エドナンスより上だ。ならスミンスに『生まれたてのコジカ』の意味を聞こう。
と前を向いた瞬間――。
本物の生まれたてのコジカと目が合った。
クリクリのお眼目がかわいらしく、足が震えて上手く歩けないコジカを前にして、エドナンスは鼻をつまんで口を閉じた。
――スミンス助けて! 心の中で叫ぶが、スミンスはもう既に逃げたのか見当たらない。
だけどスミンスのアルコールのにおいがすごい近くでする。え? まえ? うしろ? 上? いない。見当たらない。こんなにおいが近いのにスミンスの姿が見当たらない。そういえば、あの難癖付けてきた男も見当たらない。逃げたようだ。
実家で滅茶苦茶デカいドーベルマンを飼っているため動物恐怖症はないが、感染症は怖い。エドナンスは距離を取るため、一歩下がる。だけどコジカも距離を詰めてくる。
その時、偶然にも、ピンク色のシャツが破れて道端に落ちているのを目先で見てしまう。それはスミンスのとんかつのシャツだった。
「ワッツ?」
そして次に目に映ったのはコジカの前足にシャツの切れ端が引っかかっていることだった。そして次に気付いたことはスミンスのアルコールのにおいがコジカから発せられていることだった。
「ahahahaha!」
次第に壊れていくエドナンスを前に、コジカは表情を変えず、エドナンスをじっと見つめていた。
「ah!ahuuuuu!」
スミンスは人間を辞めたのである。『生まれたてのコジカ』と言われることで、本当に生まれたてのコジカとなった。
このトランスフォーメーションのからくりは昔の童話にあった『ねずみとちゅー』で解説させられてあるし、科学的にも『動物になったよ。やったー現象』として日々研究されており、大学の卒業論文にも使われている。
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